第七話 魔法会へのお誘い2*
翌日は特に問題なく平和に授業が終わっていった。大食堂で昼食を食べた後、私たちはファルコン組に戻って、昼休みを楽しんでいた。ふと、私の口からあくびが出た。
「かふっ」
「今日はなんだか眠そうだね?」
隣の席のジュリアスが訊いてきた。朝からあくびを連発していたせいかもしれない。
「うん……。昨日は古代魔法学でいつ当てられても困らないように、暗記をしてたの……」
目をこすって前を向くと、机の前に澄恋が立っていた。
「へえ、香姫にしちゃ偉いね」
「昨日は色々あって、セシル先輩に魔法会の勧誘されて断れなかったから……」
私がそこそこに説明すると、事情がつかめなかったらしく、澄恋とジュリアスは顔を見合わせた。
「香姫!」
元気な声がして振り返ると、アリヴィナが目をキラキラさせながらやってきた。
「アリヴィナさん」
「あのさ、魔法会のパンフレット見た?」
アリヴィナの手には、魔法会のパンフレットがある。
私はとっくにごみ箱に捨ててしまったのに、アリヴィナは持っていたのか。
「ううん。入る気ないから見てないよ」
あの後、やっぱり私は断ろうと心に決めたのだ。あのリリーシャがまたいで通るぐらいなのだから、ろくなものじゃないのは確かだ。
なのに、アリヴィナは言い放った。
「一緒に入らないか?」
「ええっ!? な、なんで?」
「ほら、ここ読んでよ。有名パティシエのお菓子がタダで食べ放題に、学内で有名な先生や優等生に勉強を教えてもらえるんだって! こんな機会なんてめったにないぜ!」
「ふ、ふーん……」
読んでなかったが、結構まともな内容らしい。私はうっかり迷ってしまった。
「あっ、香姫、勉強は嫌だけどお菓子は良いなぁって思ったでしょ」
「うっ」
「香姫さんは正直だね?」
「ううっ」
澄恋とジュリアスにすっかり性格を把握されてしまっているようだ。私は、二人に恨めしそうな目を向けるのだった。
その時、わざとらしげな咳ばらいが聞こえた。マクファーソン先生の真似をしているのは、アミアン・ガーサイドだった。
「俺は反対だね!」
アリヴィナは、舌打ちした。
「なんだよ、アミアン!」
「魔法会なんて、ろくなもんじゃないって聞いたぜ。放課後の時間こき使われるって。お菓子や勉強どころじゃないって!」
「で、でもよ……」
アリヴィナはそれを聞いて心が揺らいでいるようだった。完全に取りやめないアリヴィナにガーサイドも舌打ちする。
「リリーシャを見て見ろよ! 賢いからアイツは入らないだろ!」
「呼んだかしら!」
リリーシャは長い金髪のストレートを手で払った。
「おお、リリーシャ」
心強い助っ人に、ガーサイドは喜んでいる。
「だって、私は勉強も一人でできるもの! お菓子なんて、クェンティンが居なかったら美味しくないわ! 私とクェンティンの仲を引き裂く魔法会なんて不利益なのよ!」
「だから、入るべきじゃないって! 俺と、魔法の特訓しようぜ!」
「う、うーん……」
二人の力説にアリヴィナは困っている。どうやら、二人の説得にもかかわらず、心が動いていないらしい。アリヴィナは私の方に助けを求めようとした。
その時、私とアリヴィナの間に割り込むように手が伸びてきた。その手は思い切り、机を叩いた。私たちは瞠目して、その手の持ち主を見上げた。
「香姫さん!」
それはイザベラだった。
「な、何?」
イザベラは顎を上げて歯がゆそうに睨んでいる。近頃、私はすっかりイザベラの事が苦手になっていた。
「ディーナ・アロースミス先輩が呼んでいますわよ!」
その事を伝えるのも嫌だ。なんで私がこんなことを? という心の声を体現しているようだ。
でも、アロースミス先輩が私に会いに……?
「魔法会の事かなぁ?」
「そうかもな。私の事は呼んでなかった?」
アリヴィナは笑顔で聞いたが、イザベラはぎろりと睨んだ。
「特に呼んでませんでしたわ!」
「あっそう?」
イザベラはツンとしたまま自分の席に帰って行った。友達のメリル・カヴァドールと一緒に毒を吐いている。
アリヴィナは特に気にした様子はない。イザベラの事を悪く言うこともない。アリヴィナが人を悪く言うことがあるとしたら、それはよっぽどの事なのだ。
「じゃあ、私、行ってくるね」私は立ち上がって、机の中に椅子を入れた。
「私が魔法会に入りたいことも伝えてくれないかな?」と、アリヴィナ。
「うん、伝えておくね!」
私が教室から出て行く間、イザベラは遠くから面白くなさそうに私の方を睨んでいた。
廊下に出ると、アロースミス先輩が待ち構えていた。
「アロースミス先輩、何ですか?」
「うふふ、ちょっと、気分転換に屋上でお話ししましょう?」
「ここじゃダメなんですか?」
「昨日、貴方がパンフレットを受け取ってくれたってカーティスが言ってたの。入ってくれる気があるんでしょう? 是非、屋上で話がしたいわ!」
説明か。私はともかく、アリヴィナのために聞いておいてあげよう。
「はい、分かりました」
アロースミス先輩は、どことなくご機嫌だ。上品な先輩の後に続いて、屋上へ続く階段を上がっていく。
屋上のドアを開けると初秋の涼しい風が吹き込んできた。
屋上から街並みが一望できる。生徒たちの楽しい声が風に乗って届く。
ふと、後ろでドアの閉まる音がした。
「アロースミス先輩、お話って?」
「可視編成!」
振り返った途端、私はアロースミス先輩に魔法をかけられてしまった。
「え……せんぱ……い……」
ギョッとしたのは一瞬で、私はあっさりと眠りの中に落ちて行った。崩れ落ちて、私の頬に冷たいコンクリートの床が馴染んでいく。
寝不足だった私に、眠りの魔法は効果てきめんだったのだ。