第三話 魔法学の準備室にて
魔法学の教室の隣にある部屋。そこが魔法学の準備室だ。
ノックすると、中から「どうぞ」と声がしたので、ドアを開けた。
「失礼します」
魔法学の準備室では、本や資料が山積みだった。足の踏み場もないぐらいだ。
それでも、机の上はデータキューブだけで整然としている。
キョロキョロしていると、シャード先生が微笑んだ。
「まあ、その椅子にでも座ってくれ。ドゥルセ・オレでも出そう」
私は、デスクから回転椅子を引き出して、高さを調節してから座った。
見慣れない椅子に、回転させたり、足をぶらぶらさせて遊んでしまう。
先ほどから、甘くて香ばしい匂いがしている。シャード先生はマグカップを持ってきた。鍋に泡立ててふわふわになった飲み物をそこに注いだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
私は恐る恐るそれに口を付けた。ふわふわの口触りの良い甘いミルクに、ナッツを焦がした様な香ばしいキャラメル色の液体。それが相俟って口の中でハーモニーを奏でている。
「あ、おいしい!」
「それは良かった」
シャード先生はにっこりと笑った。もしかすると、私がここに来ることを楽しみにしてくれていたのかもしれない。
私も、父親の職場に来たような、楽しい気分になった。
「それで、昨日の事件のことなんだが」
私はハッと我に返った。未解決の問題の事を思いだしたのだ。
「仮面のシャンベリーの事ですよね?」
「やっぱりか! また巻き込まれたのか!」
ああっ! また、シャード先生に心配をかけてしまった! これ以上、シャード先生がやつれないといいけど!
「すみません……! 実はですね」
私は、アリヴィナの事や、仮面のシャンベリーの事を、事細かに説明した。
「狙われているのは、アリヴィナ・ロイドか。それなら、私もアリヴィナの事を用心して見ていよう。でも、鳥居も用心しなさい。相手は、正体不明の妖魔なんだから、能力がバレると、後々厄介だ」
「はい、分かってます」
私も十分用心しているつもりだけど、こないだは口を滑らせそうになってしまった。危機一髪だった。
「本当に今回は、前にも増してバレないように用心しなさい。何かが変なんだ」
「変って? もしかして、軍警のことですか……?」
「ああ。ベルナデット校長先生からの連絡が、先生方に行きわたったことは確かだ。でも、軍警には連絡が届いてないのか、巡回にも来てくれない」
「やっぱり! 私も澄恋君やジュリアス君たちとその事について話していたんです!」
軍警が動かないことはやはり変だ。ニセモノだと思って相手にしていないのだろうか。それでも、グレンは本物だと警告していた。それにこの胃の中がもやもやするような不安感は何だろう。
「おかしいと思って、私も軍警に連絡したんだ。けれども、結果は同じだった」
これで、ベルナデット校長先生の疑いは晴れたが、謎が残る。
「何かが変だ。鳥居も用心に用心を重ねなさい」
「は、はい」
私は、ドゥルセ・オレを飲む。甘くて幸せな気分はかき消され、緊張感と苦さだけが口の中で残った。
「あっ、そうだ! シャード先生は、魔法会ってご存知ですか?」
「魔法会? ああ、放課後の活動の事か」
やはり、シャード先生が知らないわけがないのだ。思い切って相談しようと口を開いた。
「実は、賢者の腕輪が暴走したのを、魔法会に入っている上級生に見られてしまって、それから私はあの人たちに勧誘されて。あと、リリーシャさんも……」
「そうか。では、私の名前を出すといい」
あっさりとした答えが返ってきた。
「シャード先生の名前を?」
可視編成を使うより簡単だ。簡単すぎて思わず尋ね返してしまった。
「私が入るなと言っていたと伝えれば、手出しができなくなるだろう。リリーシャにも伝えておいてくれ」
「はい! ありがとうございます!」
やっぱり、シャード先生はすごい! こんなに簡単に問題を解決してくれた!
私は一つの悩みから解放されて、気分が高揚していた。
楽しい気分でドゥルセ・オレをごくごくと飲み干した。ナッツの香ばしさと、甘いキャラメルミルクのような香りに包まれて、再び幸せな気分になったのだった。