第二話 アリヴィナと妖魔と疑惑
魔法学校の生徒はいつも隣接している大食堂で食事を済ませる。教会のような外観の大食堂だ。中は広々とした開放感のある窓が青空を映し出している。私は、パンプディングのような料理と、様々な味のビーンズのスープを選んだ。そして、空いた席を探していた。
千人は収容できるこの大食堂も食事時は混雑してにぎやかだ。テーブルも大体は埋まってしまっている。
すると、向こうの席で手を振る二人組を見つけた。私は、喜んで駆け寄って行った。
「澄恋君、ジュリアス君、おはよう!」
「香姫、おはよう」
「香姫さん、おはよう。遅かったんだね?」
澄恋とジュリアスは、先に食事を摂ったらしく料理が空になっている。私を待っていてくれたんだろうか。私はジュリアスの横の席に座った。
「医務室に寄ってきたから遅くなったの……それよりも、気づいた?」
「軍警がいないこと?」
「うん、そう!」
さすが、澄恋だ。私の言いたいことを一発で当てた。
ジュリアスも、考え込んでいる。
「確かに変だよね? ベルナデット校長先生は軍警に連絡してくれたんだっけ?」
「多分ね! 違うとしたら、ベルナデット校長先生もグルなんじゃないか?」
澄恋のとんでもない推理に私は笑った。澄恋も本気で言ってないことは明らかだ。ほんの冗談で言ったに違いない。
「景山君、そんなこと言っていたら、先生たちに叱られるよ?」
ジュリアスもクスクスと笑っている。どういう心境の変化か、この二人は仲良くなったようだ。二人とも魔法もできるし、頭も同じぐらい良いので、もしかしたら馬が合うのかもしれない。
「じゃあ、ジュリアス君はどう思うの?」と、私は訊いた。
「最初から仮面のシャンベリーっていう妖魔はいないんじゃないかな?」
澄恋は、ジュリアスの推理にうなずいた。
「なるほどね、学園七不思議だの何だのって言っているからね」
「なるほど~。誰かの嫌がらせだったら、軍警もそんなに動かないってことなのかなぁ」
ただの生徒のイタズラと、凶悪犯の妖魔が現れるのとじゃ、軍警の対応も違うということか。
でも、私たちの推理を否定するものがいた。
「いや、昨日の騒ぎになった妖魔は、仮面のシャンベリーだよ」
同じクラスメイトのジェイク・グレンだ。
グレンの言うことなら信用が置ける。なんせ、こっそりと妖魔の居場所のあっせんの仕事をしているぐらいだから。
グレンは食事が済んだらしく手ぶらだ。
早く食べないと! 私は朝食を掻き込んだ。
「グレン君、おはよう。それって、どういうことかな?」
私が食べている横でジュリアスが訊いた。
グレンにくっついて、アリヴィナとガーサイドが食べ終わった食器片手にやってきた。
「なんか、面白そうな話してんじゃん」
「おはよう、ガーサイド君、アリヴィナさん」と、私。
「おはよー。昨日はあれから変わりなかった?」
アリヴィナも昨日の事を気にしているようだ。ジュリアスは肩をすくめた。
「なーんにも?」
「全然。全然ついでに軍警も動いてないよ」と、澄恋。
「あ、そう言えばそうだよなー……」と、ガーサイド。
「仮面のシャンベリーって本当にいるのかな?」
ジュリアスが訊いた。結局はその問題点に帰ってくる。
「うん、いるね。二億ルビーの賞金首『仮面のシャンベリー』……ほらね?」
グレンは、自分のポケットを探ってデータキューブを取り出した。それを可視編成で開いて、妖魔一覧のページを見せたのだ。
「まじで……?」
アリヴィナとガーサイドはその軍警のページをじっと見ている。
昨日は、暗闇で分かりにくかったが、ページの中の仮面のシャンベリーは私や澄恋と同じ黒髪だった。そう言えば、以前アリヴィナが――。
私の考えにかぶせるように、グレンは言った。
「更には、出現場所は、昨日はカレイドへキサ魔法学校になってる。多分、昨日君たちが会ったって言う、仮面のシャンベリーは本物なんじゃないかな」
「ふ、ふーん……」
仮面のシャンベリーは本物なのか。
「アリヴィナ、大丈夫か?」
横からガーサイドが珍しく深刻に訊いている。
「ああ、大丈夫」
私は、グレンのデータキューブをフリックして妖魔一覧のページを見た。
黒髪の妖魔は他にもたくさんいる。
一概には言えない。
アリヴィナの妹を殺した異国の妖魔が、たまたま黒髪だった仮面のシャンベリーだとは、断定できない。
「気のせいだよ。黒髪の妖魔なんて、沢山いるじゃん」
アリヴィナの声は明るかった。
二人はあんなに正義の妖魔だって憧れていたのに……。
やっぱり、私は彼女の事が心配になる。
食事の時間はあっという間に過ぎた。教室に向かうべく廊下を歩いていると、シャード先生が前から歩いてきた。
「鳥居、景山、シェイファー、おはよう」
「シャード先生、おはようございます」
私たちはそれぞれにシャード先生に挨拶した。
シャード先生は渋い顔をして、私をちらりと見た。
「鳥居、話があるから、魔法学の準備室に来なさい」
「あ、はい」
私だけお呼びのようだ。
ということは、またシャード先生は私が巻き込まれたと心配しているに違いない。
「仮面のシャンベリーの事じゃないかな」と、澄恋。
「多分ね」
「アリヴィナさんの事も報告した方がいいかもね?」
「うん、分かってる。じゃあ、後でね」
私は、澄恋とジュリアスと別れて、魔法学の準備室に向かうのだった。