第一話 護衛人と涕泣(ていきゅう)
ここは女子寮の私の部屋だ。遮光カーテンがほの赤く光を溜めている。そろそろ、朝が来たようだ。私は目を覚まして、目をこすった。
私は、ベッドから上体を起こして、あくびを一つ。アレクシス王子から貰ったこのふかふかのベッドは、やたら寝心地がよく、寝過ごしてしまいそうになるぐらいだ。
「そうだ! あれからどうなったんだろう!」
私は自分の部屋のカーテンを開けて窓の外を見た。昨日は、妖魔の仮面のシャンベリーが魔法学校に現れたのだ。彼は七不思議とは全く違う凶悪な妖魔だった。その証拠に、何の罪もないアリヴィナたちを攻撃してきた。
あの後、私と、澄恋、ジュリアス、アリヴィナ、ガーサイドは、校長室に報告に行った。
ベルナデット校長先生は、緊急事態だとすぐに動いてくれた。
「まあ! それは大変だこと! すぐに、軍警に連絡を入れるわね! 先生方にも警戒してもらわなくちゃ!」
カレイドへキサ魔法学校のベルナデット校長先生は年老いた女の先生だけど、この魔法学校のトップだけあって、一番頼りになる先生らしい。初めてこの魔法学校に来たときも、温かい言葉をかけてくださった。言葉で言うなら、陽だまりのような印象を受ける先生だ。
ベルナデット校長先生のお蔭で、昨日の夜は枕を高くして眠れた。だから、カーテンを開けて窓の外を見た時も、てっきり軍警が刑事ドラマのような警備態勢でうろうろしていると想像していたのに。
「あ、あれ……?」
けれども、窓の外に軍警の姿は見当たらない。校庭は静まり返っている。
もしかして、仮面のシャンベリーは捕まったのだろうか?
それとも……?
時計を確認する。まだ、朝の六時だ。でも、気になるのを放っておけない。
とりあえず、医務室に直行することにした。
まだ、六時だからか、校舎の中は静まり返っていた。おかしなことに、軍警は一人もいない。一体、昨日の間に何があったのだろう?
もしかして、校長先生は動いてくれなかった……? ううん。校長先生がしないはずがないじゃないか。ちゃんと軍警に連絡してくれたはずだ。
気が付くと、私は医務室の前まで来ていた。中で話し声がしている。
もしかしたら、澄恋やジュリアスが来ているのかもしれない。気分が高揚して、私はそのまま医務室のドアを開けた。医務室のドアの鍵は簡単に開いた。
「失礼します!」
部屋の中に入ると、ハッとした様子で、アレクシス王子と、護衛人の一人と目が合った。ウィンザーもこちらを見て固まっている。
アレクシス王子たちは、朝から医務室に来ていたらしい。一体何の用で? その疑問ももっともだが、私は更におかしなことに気づいてしまった。
「えっ!?」
いつも微笑んでいるアレクシス王子から笑みが消えていた。そして、見慣れない護衛人らしき人が涙を流していた。
護衛人にしては気の弱そうな感じの青年だ。彼は、ウィンザーと同い年ぐらいの二十歳ほどに見える。
アレクシス王子にとがめられでもしたのだろうか。それでも、十五歳のアレクシス王子に叱られて泣くのは変な気がする。
「アレクシス様が泣かしたの……?」
ずっと黙って見ているのも変だと思い、気が付いたらそんなことを口にしていた。
しかし、これを聞いて一番焦ったのは、何故かウィンザーだった。
「ち、違うんです! 香姫様! アレクシス様に非は全然ないのです!」
「じゃあ、なんで、護衛人さんは泣いているの?」
「そ、それはですね!」
「ウィンザー」
答えようとしたウィンザーをアレクシス王子が止めた。ウィンザーはそれでも、私の誤解を何とかしようと思ったらしい。
「と、とにかく、アレクシス様の痴情のもつれとかではないですから!」
「チジョウのモツレ?」
アレクシス王子は疲れたように嘆息した。
「ウィンザー何を言っているんですか。当たり前でしょう。とにかく、ウィンザーは事情をややこしくしないでください」
「は、はい……」
ウィンザーは大人しく後ろに下がった。ちょっと元気が無くなったので可哀想な気もする。アレクシス王子は、微笑みを浮かべ直した。
「今日は、仮面のシャンベリーが香姫さんたちを襲ったというので、魔法学校の様子を見に来たんです。香姫さんに何ともなくて安心しました」
「は、はぁ」
「でも、少しややこしいことになってしまっているようで……」
アレクシス王子は、チラリと私の手元を見た。
えっ、何?
私は手元を見て、右手にジュリアスの腕輪と賢者の腕輪がはまっていることに気づいた。
「そう言うことですので、全然問題はありません。香姫さんは少しもちっとも何も全然心配しなくて大丈夫ですので」
「えっ!? そんな言い方されたら、滅茶苦茶心配になるよ!」
それでも、アレクシス王子は心配させないようにするためか、にっこり私に微笑んだ。
「全然、大丈夫ですからね」
アレクシス王子は百万ドルの微笑みを見せた。
ううっ! まぶしいっ!
アレクシス王子の渾身の一撃に私は目を焼かれて固まった!
すると、アレクシス王子は私が安心したと勘違いしたようだ。
「帰りますよ、ウィンザー、アシュレイ」
「はい、かしこまりました」
「は、はいっ」
私が我に返った時には、アレクシス王子は瞬間移動の魔法でウィンザーとアシュレイを連れて帰って行くところだった。
「えっ!? ええーっ!?」
右往左往しても遅い。アレクシス王子はさっさと帰ってしまった。私の手元を見たということは――。
十中八九、アシュレイという護衛人が泣いていたのは、べっこうでできているこの『賢者の腕輪』が原因だろう。
「なんか、ものすごい不安だよ!? 本当にこの腕輪大丈夫なの!?」
私は医務室に一人取り残され、強烈な不安感と戦う羽目になるのだった。