第十六話 データキューブのキーホルダー*
夜が深々と更けていく。窓の外には大きな月が浮かんでいる。見たこともないくらいの無数の星が煌めいている。
けれども、私は憂鬱だった。女子寮の自分の部屋に帰っても、気分が塞いで仕方がない。明日の放課後は、医務室でジュリアスが待っている。
「明日は、ジュリアス君と勉強か……」
ジュリアスの意地悪な顔が、脳裏でにやりと笑った。でも、ジュリアスは私を助けに来てくれたし、嫌な人ではない……はずだ。
宿題も何もできないので、データキューブを手のひらの上で転がして遊んでいた。とにかく、データキューブを開けるところまでは、ジュリアスに手伝ってもらおう。データキューブさえ魔法で開けるようになれば、後は自力で出来るようになるかもしれない。
「これさえ開けることができれば!」
私は、勉強机に向き合ってデータキューブを力任せにこじ開けようとした。けれども、そんなことで開くわけがない。そんなに簡単に開くなら、魔法なんていらないはずだ。
ふと、リリーシャの勉強机の引き出しが目に留まる。私の知らないリリーシャはどんなことに興味を持っていたのか。引き出しを開ければ、リリーシャの人となりや生活の片鱗が一望できるんじゃないのか。
けれど、私の良心が苛まれた。……ダメだ。他人のものを勝手に見てはダメだ。でも、一旦気になると好奇心がむくむくと膨れだす。
「何が入ってるんだろう……あれ? でも、待って?」
もし、リリーシャが何者かに殺されたとしたら、何か手がかりが……。私は衝動に突き動かされ、片っ端から引き出しを開けて行った。女の子らしいメイク道具や鏡、ペンダントに、雑貨などが引き出しに所狭しと入っている。
けれど、それだけだ。ほんとうにそれだけ?
「あれ? このキーホルダー」
このキーホルダーには、鍵が付いていなかった。でも、それは別に変じゃない。変わっていると思ったのは、そのキーホルダーのアクセサリーが、データキューブだったからだ。それも飴玉ぐらいの小さなデータキューブだ。勿論それは開いていない。
一体、これは……?
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それから私は、翌日の放課後まで、無事過ごすことができた。アリヴィナもガーサイドも普通に私と接してくれたし、記憶喪失ということで、温かい目で見守ってくれているようだ。
その日の授業中の事だ。
私は、データキューブを開けずに、黒板に書かれている文章を落胆したまま目で追っていた。勿論、キーホルダーの方ではなく、普通の大きさのデータキューブの方だ。
ジュリアスには、『データキューブも開けないの?』と、からかわれるのを覚悟していたが、それに気づいた彼はさりげなく魔法でそれを開いてくれた。
だが、データキューブに記入するのも、プラスチックのようなペンから魔法を注ぎながら記入しなければならないらしい。そのことを知って、愕然となった。
途方に暮れている私の代わりに、どういうわけだか知らないが、ジュリアスが記入してくれたのだ。
授業が終わると、私にデータキューブを畳んで渡してくれた。
「ありがとう、ジュリアス君」
だが、ジュリアスは一言も二言も多いのだ。
「気にしなくていいよ。本ッッッ当に気にしなくていいから」
ジュリアスは私の反応を見てにこにこしている。
「じゃあ、ほんっとうにぜっんぜん気にしないから。ありがとう」
負けじとお礼の言葉を口にすると、ジュリアスはクスクスと笑っていた。
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その光景を遠巻きに見ていたクェンティンは、憂鬱そうにため息を吐いていた。
アリヴィナも香姫とジュリアスを見ていた。気の毒に思ったらしく、クェンティンの傍までやってきた。
「まあ、元気だしなよ」
アリヴィナは、声をかけずにはいられなかったようだ。それが、何の慰めにもならないことも彼女には分かっていたらしい。
クェンティンは、ジュリアスを睨んでいた。
「ジュリアス・シェイファーが笑っていられるのも今のうちだ。俺は、リリーシャの記憶を取り戻すことに全力を尽くす! そうなったら絶対に、リリーシャはまた俺の所に返ってくる!」
クェンティンのリリーシャへの愛の深さは底なしだ。
これが、のちにやっかいな事件に発展する始まりだったのかもしれない。