第十六話 香姫と腕輪*
クラスメイト達は満開の桜の花に歓声をあげている。
「何ということだ!」
マクファーソン先生は、瞳を揺らして信じられないものを見る目つきになった。クラスメイトの声が耳の中で浮いたように聞こえる。私は極度の緊張にさらされて心臓が破裂しそうに鳴っている。
「あの……私……!」
口が震えて言い訳が出てこない。賢者の腕輪の事を素直に告白しようか。でもそうすると、腕輪の出所が問題になる。こんな国宝級の高価な腕輪を私が持っているだなんて不自然すぎる。そうなると、アレクシス王子との関係を告白しなくなって、更には私が可視使いであることまで――! そうなったら後はドミノ倒しだ。
そんな私の肩に手が乗った。
「香姫は、前々からこの古代魔法の稽古をしていたんです! 古代魔法学で答えれた呪文もこれだし、ね!」
「そう! 前々から、みんなを驚かそうと思ってね?」
澄恋とジュリアスが私にウインクした。
流石、澄恋とジュリアスだ。私は、地獄に落ちてきた一本のクモの糸をつかんだ。
「そ、そうなんです!」
顔を上げて頷いて見せると、クラスメイト達は信用したようだ。私は一斉に羨望のまなざしにさらされ、胃が縮んだ。
「でも、すごいわ! 植物の成長を早めるなんて、並大抵の事じゃできないわ!」
「香姫は、魔法の才能があるんじゃないの?」
リリーシャとクェンティンは素直に驚いている。
「そういえば、鳥居は前に古代魔法を使ってたことが……」
「アミアン、本当なの!?」
「あ、ああ」
ガーサイドは昔の事を記憶から引っ張ってきた。なんで、あのことを引っ張り出してくるんだろう!
アリヴィナとリリーシャの眼が光るのが分かった。
嫌な予感がする。このままだと私……!
「鳥居君……」
マクファーソン先生に問われて、私はそちらに顔を向けた。すると、マクファーソン先生の疑問に満ちた目が、私の右腕に留まっている。賢者の腕輪に。
まずい! 皆の前で、この腕輪の事に注目されたくない!
「あの、マクファーソン先生! 私、魔法を使いすぎて気分が悪いので、医務室に行っても良いですか! お願いします! 私!」
「あ、ああ、構わんよ」
捲し立てて懇願すると、マクファーソン先生は気圧される形で返事した。マクファーソン先生は私とアレクシス王子の経緯を知っている。だから事情をくんでくれたのかもしれない。
「マクファーソン先生! あれのどこが気分悪いんですの!」
イザベラが怒鳴っている。面倒になる前に、私は背を向けて走り出した。全力疾走だ。
チャイムが鳴っている。私は立ち止まって、息を切らした。
腹立たしさが募り、私は賢者の腕輪をもう片方の手で力任せに叩く。
「えい! えい!」
「痛いではないか!」
ディオマンドがやっと喋ったので、私の眼は可視状態になる。腕輪は可視でしか見えない光で輝いていた。
「やっと、喋ったわね! トラブルメーカーの賢者さん!」
「フン! お主が力を隠しているから、私が引き出してやろうと考えていたのだ! お主は可視使い。私は賢者。二人の力を合わせれば、世界征服も夢ではないではないか!」
私は力任せに腕輪を叩いた。
「私は世界征服なんてしたくない! お願いだから目立つことをしないで!」
「香姫さん……?」
毛色の違う声が聞こえて、私はギクリとなった。
ぎこちなく振り返ると、イザベラが居た。
「香姫さん、誰と話しているんですの……?」
「ご、ゴメン、疲れてるのかも……! すぐに、医務室に行くから……!」
まさか、聴かれていたのだろうか。
「え、ええ……私も少し休んだ方がいいと思いますわ……」
どうやら、私の腕輪の事も可視使いの事もバレてないらしい。私は肺に溜まっていた息を吐き出した。
「じゃあ、休んでくるね……!」
そして、私は医務室に向かう。振り返ると、イザベラがしつこく私の方を見ていた。
「……っ」
私は視線を振り切るように走り去った。イザベラの視線が松脂のように私にこびりついている気がして、生きた心地がしなかった。




