第十五話 抜き打ちテストの異変!?
次の授業は『魔法演習』の授業だ。ファルコン組の面々はグラウンドに出た。グラウンドを囲むように、枯れ葉の付いた桜の木々が植えられてある。時折、風が砂を巻き上げている。私たちは立っているマクファーソン先生を囲むように、体育座りをしている。
チャイムが鳴り、授業の時を告げた。マクファーソン先生が生徒たちを見渡して、声を上げる。
「では、抜き打ちテストを行う!」
やはり、ビートン先生の言った通りに抜き打ちテストはあった。クラスメイト達はブーイングしている。しかし、マクファーソン先生がテストを止めるはずもない。
「ビートン先生の言った通りだったね?」
「う、うん」
私はジュリアスの言葉にうなずいた。何故、ビートン先生がマクファーソン先生の授業の内容を知っているのかは謎だ。ビートン先生が抜き打ちテストの事を教えてくれたが、急に魔法を使うことが上手くなるはずもない。ただ、心構えができた程度だ。それでも、気分的にはマシなのか。
抜き打ちテストは、いつも通りの手順だった。マクファーソン先生が、魔物の影を作り出して、それを生徒が魔法で打ち消して行くというもののようだ。
「今回は、レベルを一段階上げる。少し難しいものになっているので、心するように」
「はぁい!」生徒たちは一様に返事をした。
「可視編成!」
マクファーソン先生が、魔法で魔物の影を作り出す。
今回は、こんにゃくみたいな物に逆三角の眼が二つ付いた魔物の影だった。しかし、レベルが一つ上ということで、魔物は私の背と両手を開いた大きさぐらいはある。でも、影なので、私たちに襲ってくることもないし、魔物が苦しむこともないのだ。
「では、リリーシャ・ローランド!」
「はい!」
マクファーソン先生に呼ばれて、リリーシャが立ち上がった。
リリーシャはどんな魔法を使うのかと、クラスメイト達はみんなそろったように注目している。
リリーシャは進み出ると、声高らかに呪文を放った。
「不可視編成!」
優等生の彼女らしく、不可視編成で消してしまった。不可視編成でマクファーソン先生が作った影を消せるということ。それは、リリーシャの魔力がマクファーソン先生よりも上ということを表している。
「やるな、リリーシャ……」
「あ、ああ……そうだね」
ガーサイドとアリヴィナはますますリリーシャをライバル視してうなっている。
「次、アリヴィナ・ロイド!」
「はい!」
アリヴィナは深呼吸して、呪文を放った。
「不可視編成!……って消えないか、くっそー」
アリヴィナはリリーシャの真似をして不可視編成を使ったが、リリーシャには及ばなかった。不可視編成では消せなかったのだ。
「可視編成!」
アリヴィナは、仕方なく普通の可視編成を使って、炎で影を打ち消した。アリヴィナのように、一発命中で打ち消すなんて、普通の生徒はできないだろう。
マクファーソン先生は、満足そうにうなずいた。
「よろしい! 無理に不可視編成を使わなくても、ロイドは、魔法の使い方が秀逸なので、みんなもお手本にするように!」
「ありがとうございます!」
マクファーソン先生に褒められて、アリヴィナは顔を紅潮させた。クラスメイト達もアリヴィナの魔法の鮮やかな手順を認めて拍手している。さすが、アリヴィナさんだ。リリーシャとライバルの座を争っているだけある。
イザベラが面白くなさそうにリリーシャとアリヴィナを睨んでいる。イザベラが拍手しなかったので、私は彼女の分も思い切り拍手した。
「次――」
「可視編成!」
ガーサイド、グレンや、クェンティンは、可視編成の攻撃魔法で魔物の影を打ち消した。相変わらず、みんなは魔法に長けていて、文句のつけようがない。マクファーソン先生も満足そうにうなずきながら、データキューブの画面に丸を付けている。
「次、ジュリアス・シェイファー!」
「はい」
ジュリアスは、前に進み出ると呪文を放った。
「可視編成!」
ジュリアスは、微笑みながら呪文を唱えた。衝撃波を受けて、魔物の影は雲散霧消した。でも、笑いながら攻撃するだなんて、どこまでサドなんだ。男子は私と同じ気持ちだったらしく、一歩引いた目でジュリアスを見ている。一方の女子たちは黄色い声を上げていた。特に、イザベラが。
「次、転校生の景山澄恋!」
「はい」
澄恋は、魔物に向き合い、呪文を唱えた。
「可視編成!」
てっきり澄恋なら、不可視編成を唱えるのだと思っていた。
ずっと前に澄恋がジュリアスだった時に、不可視編成を唱えて消して、生徒たちから絶賛されていたのに。
「澄恋君、どうして?」澄恋は、私の問いの意図するところが分かったようだ。
「僕は髪の毛の色から異世界から来たのもろバレだろ? これ以上目立って目を付けられたくないんだ」
「えー……?」
澄恋が縮んでからの、私の行いを省みた。誰かに見られてもおかしくない場所で澄恋を若くするという難解な魔法を使い、更に、ビートン先生の授業で、超難問の答えをすべて黒板に書いた。どう考えても、私は目立ちすぎだ。私は恐る恐る澄恋に訊いた。
「も、もしかして澄恋君は、私が目立ちすぎたので気を付けようと思ったの……?」
「よく分かってるね!」
ううっ、澄恋の意地悪は健在だった……。それを傍観していたジュリアスが割り込んできた。
「景山君は意地悪だよね? 香姫さんがかわいそう。僕だったらそんなことしないからね?」
「あはは、部外者は黙っててくれないかな!」
澄恋は青筋立てて、ジュリアスと火花を散らしている。
ええー!? なんで、こうなるの!?
「ふ、二人とも……!」
私が、止めようとしたが遅かった。「うぉっほん!」というマクファーソン先生の咳ばらいが聞こえた。
「テストはまだ済んでいないぞ! 静かにするように!」
結局、怒られてしまった。でも、ジュリアスと澄恋は火花を散らしたまま、にらみ合いを続けている。
「次、イザベラ・ハモンド!」
「はい」
イザベラは、魔物に向き合い、呪文を唱えた。
「可視編成!」
魔物は水の矢に打ち抜かれて、一発で消滅した。
「うむ、合格! なかなか筋が良いぞ!」
「ありがとうございます!」
イザベラはマクファーソン先生にお礼を言ってから、みんなを見渡した。イザベラの友達のメリル・カヴァドールたちが拍手している。イザベラは気の強そうなお嬢様と言った風なので、それに弱い男子たちも熱視線を送っている。イザベラは私を見つけて、フフンと顎を上げて私を見ている。
「次、鳥居香姫!」
「うっ、はい……」
呼ばれて私は立ち上がった。前に進み出ている私に、ひそひそ声が聞こえてくる。
「香姫さん、ちゃんとできるのかしら?」
「鳥居さん、調子いいからできるんじゃない? できすぎて、古代魔法の『枯れ木に花を咲かせる魔法』を使って、桜を満開にしたりしてね!」
「あはは、それウケますわ~!」
喋っているのはイザベラとカヴァドール辺りだ。ツボに入ったらしく、大笑いしている。
ははは……。できるんなら本当に、桜の花を満開にしてみたいよ……。
「静かに!」
マクファーソン先生がとがめると、辺りはまた静まった。
「か、可視編成!」
辺りは静まり返った。
何も起きない……。うそ~、前より酷くなってる!?
私は自分の不甲斐なさにため息を吐いた。
「これなら、桜の木に花を咲かせた方が良かった……」
うっかり、そう呟いてしまった。
『願いを叶えてしんぜよう!』
「えっ!?」
ディオマンドの声が聞こえてきて、私は疑問を持ってしまった。再び私の眼は可視状態になる。
「えっ!?」
賢者の腕輪に目をやって、吃驚した。腕輪は、可視でしか見えない光で輝いていた。
ふわりと、私の賢者の腕輪をしている右手が持ち上がる。
ディオマンドは呪文を唱え始めた。
『ウショ アミス アカスオ アナヒニ ケラック! ウショ アミスア カスオア ナヒニケ ラック! エラニニ アッキ クナモヤン アホン アルカス!』
桜の木が輝く。急速な早回しで桜の木々の枝が伸び、つぼみを付ける。
私の右手が横に薙いだ。すると、ポップコーンがはじけるように、校庭の端の木から桜のつぼみが奥に向かってものすごい勢いで開いていく。
「な、何ですのこれ!?」
イザベラが声を上げた。マクファーソン先生は唖然として私を見ている。
「香姫! 大丈夫か?」
「香姫さん! 何ともない?」
澄恋とジュリアスは立ち上がって私に駆け寄るが、それは何のごまかしにもならない。
「……っ!」
私はあまりのことに言葉も出ない。
「鳥居さんが、古代魔法を使ったの!?」
「うそー!?」
「本当に桜の木を満開にするなんて!」
クラスメイトのどよめきを聞きながら、血の気が失せていく。
ついにみんなの前でやらかしてしまった……!
成す術もなく、私は暴走した賢者の腕輪をもう片方の手で握りしめるのだった。