第十三話 古代魔法学の屋内授業*
どうして上級生二人に私の名前を知られているのかなんて、分かるはずもない。チャイムが鳴ったので、私はそのまま古代魔法学の授業を受けることになった。今日は、野外授業ではなく、古代魔法学の教室での授業だ。
「じゃあ、席について~。授業を始めますよ」
古代魔法学のアンディ・ビートン先生が手を叩いた。生徒たちは素早く着席する。
ああ、始まったと私はため息を吐いた。
「香姫、どうしたの? 元気がないね」
「う、ううん。何でもないよ」
澄恋に尋ねられて、私は曖昧に笑った。すると、鋭い視線が飛んできた。
「鳥居さん、私語はつつしんでください!」
ビートン先生にぴしゃりと注意された。澄恋も瞠目している。澄恋にしてみれば、どうして私だけ注意されるのかと疑問に思ったに違いない。
ジュリアスはこのことを知っているので、静かにビートン先生を睨んでいる。だが、ジュリアスのその軽蔑した眼にビートン先生が気付いた。
「シェイファー君、なんですか? その目は……」
「ジュリアス君! 何でもないんです! すみません、ビートン先生!」
みんなが私に同情的な視線を投げかけている。
私は、古代魔法学の授業が超苦手だった。
誤解のないように弁解するなら、古代魔法学は大好きだ。可視編成と違って呪文も発音も難解であるから、色々なことができる。発音できなくても、夢がある。古代魔法の呪文を眺めているだけでも好きなのだが、問題はこの担当教師なのだ。
私は、アンディ・ビートン先生にとんでもない迷惑をかけたことが三回ほどある。教師の座を脅かされたビートン先生は、あれから私を目の敵にしている。迷惑をかけただけなら目を付けられなかったのかもしれない。私は口答えして言い返してしまったのだ。
それからというもの、ビートン先生にことあるごとに授業で当てられる。しまったと思った時には後の祭りだった。ビートン先生は魔法黒板に問題を書くと、トゲのある目で私を眺めた。
「では、鳥居さん。前に出てきて、この問題をやってください」
「わ、分かりません……」
「では、ロイドさんとローランドさん、前に出て問題を解いて」
「は、はい……」
アリヴィナとリリーシャは黒板に古代魔法の呪文を綴った。勿論、彼女たちが不正解なはずもなく、ビートン先生はこれ見よがしに拍手をしている。
「すばらしいですね! では、鳥居さん。次の問題を前に出てきて解いてください」
ビートン先生の私への攻撃が始まった。私ができない問題を他の生徒が解いて、ビートン先生がほめたたえる。その授業が延々と続くのだ。比べられて私は劣等感を感じずにはいられない。
これに怒ったのは、澄恋だった。サッと手を上げた。
「ビートン先生!」
「君は、転校生の景山君でしたね。何か?」
「どうして香姫ばかり当てるのですか? これは、特定の生徒へのいじめじゃないんですか!」
澄恋が、ズバリと指摘すると、他の生徒たちも声を上げ始めた。
「そうよ、私も思っていたわ!」リリーシャやアリヴィナが声を上げると、他の生徒たちも続いた。
「だよね! 出来の良い子と鳥居さんを比べるなんて、やり方が――」
「妙な言いがかりは止めてもらおうか!」
教室の中が水を打ったように静まり返った。顔を上げると、ビートン先生は顔を真っ赤にして怒っていた。
「鳥居さんは、古代魔法学がすごく苦手らしいので、私が気に懸けてあげているんですよ! 予習をちゃんとして来れば、こんなことにはならなかったはずです! 鳥居さん、違いますか?」
これには、リリーシャもアリヴィナも反論できずに、私を同情的に見ている。予習してくればこんなことにならなかったはず。確かに、筋が通っている。
「……ビートン先生の言うとおりです」
私は泣きそうになりながら、うな垂れた。
けれども、古代魔法の呪文は何千通りもある。しかも、長ったらしい意味不明な呪文だ。その呪文を一言一句間違えずに書くことなんて、私にはできない!
「香姫さん! ちゃんと反論した方が!」
ジュリアスが忠告してきたが、私は反論できなかった。これ以上目を付けられたら、私は――。現状をどう打開すればいいのか分からない。
「……では、こうしましょう。次の問題が解けたら、私が貴方を気に懸けることを止めましょう」
私は打たれたように顔を上げた。
「えっ! 本当ですか!」
ビートン先生は、魔法黒板に問題を書いた。途端に、教室の中がざわめきで満たされる。私は、黒板の問題を見て青ざめていた。ビートン先生が書いた問題は超難解だった。枯れ木に花を咲かせる古代魔法の呪文を答えよ……?
「分かるわけないわ!」リリーシャが絶望したように頭を振った。
「これって、高等部の三年生が習う問題じゃないの!」
「そうみたいだぜ! おいおい!」
アリヴィナとガーサイドが同情して私を見ている。
リリーシャやアリヴィナでも分からない問題を、私が分かるわけがないのだった。
ビートン先生が私に魔法ペンを差し出す。
「どうしました? 早く解いてください?」
「はい……」
できることだけはしてみようと思い、私は魔法黒板の前に魔法ペンを持って立った。
待てよ。この問題を可視できないだろうか。私は、自分の能力の事を思った。
この問題の答えは何?
私は疑問を持って、魔法黒板を見る。と、その時、私はある異変に気づいた。
えっ!? 賢者の腕輪が光ってる!?
賢者の腕輪は可視しなくては見えない光で先ほどから輝いていたみたいだ。
「っ!」
ふわりと、私の右腕が持ち上がった。魔法ペンがすらすらと動いて、魔法黒板に何かを綴っていく。
ビートン先生が唖然として口を半開きにしていた。
「で、できました……」
気が付いたときには、私は超難問な古代魔法の呪文をすべて魔法黒板に書き記していたのだった。




