第十二話 魔法会へのお誘い
それから、二時間目の休み時間の事だった。次の授業は古代魔法学だ。古代魔法学の教室に移動したときに、やけに廊下が騒がしいことに気づいた。激しく応酬している声がこちらまで聞こえてくる。
「どうしたんだろう」
「さあ?」
澄恋の問いに答えられるはずもなく、私は首を傾げた。
「リリーシャさんが上級生に声をかけられているんだよ」
と、クラスメイトのジェイク・グレンが教えてくれた。
「いい加減にしなさいよ! アンタたち!」
それにしてはリリーシャは喧嘩腰のような気がするけど……。
「リリーシャさんが? 一体何の用で?」
ジュリアスがグレンに訊いている。
「魔法会への勧誘だよ」と、グレン。
「魔法会?」
良く見える場所に移動すると、リリーシャが上級生二人組にしつこく迫られていた。
リリーシャ・ローランドとは私は妙な出会い方をした。それも解決して、今は普通のクラスメイトになっている。私が『可視使い』のことをリリーシャは知らない。
そして、リリーシャは、この魔法学校の優等生。私は、この魔法学校の劣等生。一般的にはそう言う風になっている。
「しつこいわね! 私は、魔法会なんかには入らないわ!」
リリーシャはイライラしながら突っぱねている。あの勧誘に弱いリリーシャが? 珍しいこともあるもんだ。
「そんなこといわないで、話だけでも聞いてよ!」
「リリーシャさんは、魔法力が素晴らしいから、魔法会にふさわしいと思うのよ!」
「しつこーい!」
私は「あ!」と声を上げた。上級生二人には見覚えがあった。
「香姫、どうしたんだ?」と、澄恋が訊いた。
「あの人たち、昨日廊下ですれ違った上級生だよ……」
「えっ? あ、本当だね?」ジュリアスもその事に気づいた。
グレンが、データキューブを操作する。
「女の方は『ディーナ・アロースミス』高等部の三年生で、魔法会の副会長。で、男の方が、『カーティス・セシル』高等部の二年生。魔法会の会長だよ」
「グレン君、なんでも詳しいんだね」
「いやぁ、そうかな~」
グレンを褒めると彼は照れた。グレンが、こんなことにも詳しいとは思わなかった。
廊下の騒がしい声はまだ続いている。
「じゃあ、また来るわね。リリーシャさん」
「来なくていいから!」
ディーナとカーティスは帰って行くようだ。リリーシャはぐったりしている。
「リリーシャ、大丈夫?」
「クェンティン~! 聞いて! あの人たちしつこいの!」
古代魔法学の教室に入って、彼氏のクェンティンに抱き付いて愚痴をこぼしている。
人気者のリリーシャは大変だなぁ。傍観している私もぐったりしてきそうだ。
一通り同情した私は、グレンたちの方に視線を戻した。
「グレン君、魔法会って一体なんなのか知っているかな?」
グレンが物知りだと分かったので、ジュリアスが尋ねていた。
「う~ん……」
グレンは唸って、手持無沙汰にデータキューブを操作している。
「ウワサしか聞いたことないけど、放課後の活動の一種みたいなもんじゃないかな?」
私は首を傾げて考える。
「放課後の活動? 部活みたいなもんかなぁ……そう言えば、この魔法学校じゃ部活みたいなのあんまりないよね?」
魔法部ではなく、魔法会か。
「魔法会の他にもあるよ。俺が知っている限りでは、『魔力同好会』に『魔女会』、『ほうきの集い』……。でも、そんなサロンみたいなお誘いが来るのは、リリーシャやアリヴィナみたいな魔法に長けた優秀な人たちだけだよ」
「ふ、ふーん……」私は、気圧された形で相槌を打った。
実力の世界なのかな。良く知らないけど。
「でもどうして、リリーシャさんは入らないのかな?」
「クェンティンとデートできる時間が少なくなるからじゃないの?」と、澄恋。
「なるほど~」
クェンティンとの時間を大切にするリリーシャらしいといえばそうだ。
澄恋は半眼でリリーシャとクェンティンのラブラブを眺めている。やっぱり、澄恋はリリーシャの事が……。じっと澄恋を見ていると、彼が気付いた。そして、意地悪そうに微笑んできた。
「香姫、どうしたの?」
「べ、別に! 何でもないよ?」
誤魔化すように、私は古代魔法学の教室の中に入ろうとした。
「鳥居香姫さん!」
「えっ!?」
誰に呼ばれたのか一瞬わからずに、私の視線は辺りをさまよった。
しかし、振り返って驚いた。上級生の男の方――カーティス・セシルと目が合ったのだ。私を呼んでいたのはセシル先輩!?
「な、何で私の名前……!」
セシル先輩はクスッと笑って、その問いには答えなかった。
「鳥居香姫さん。またね!」
ディーナ・アロースミスも私に声をかけた。そして、二人は帰って行った。
「な、なんなの……?」
私の心臓は、不意打ちを食らって高鳴っていた。
知らない上級生二人が、何故私の名前を知っているのか。そんな難問に私が答えられるはずがない。それも、リリーシャのような実力者しか相手にしてない魔法会の人なのに。
「な、なんで、あの人たち、教えてもないのに私の名前を知ってるのかなぁ?」
答えを求めると、ジュリアスやグレンは肩をすくめていた。ただ一人、澄恋だけが難しい顔で考え込んでいたのだった。




