第十一話 転校生……?*
腕輪の事が気になって、昨日の夜から流れる時間がやけにゆっくりに感じていた。無事に朝を迎えた私は、教室に入ってもそわそわしている。
ジェラルディン・シャード先生に『賢者の腕輪』の事を相談しようと思っていた。『べっこうの腕輪』ではなく『賢者の腕輪』と呼ぶことにしたのも、あの事件があったから。
ともかく、シャード先生は、私がこの異世界に来てから、何かと親身になって相談に乗ってくれる先生だ。彼を頼るしかない。今のところ、賢者の腕輪は大人しいが……。
チャイムが鳴って、やっとシャード先生がファルコン組の教室に入ってきた。そして、ショートホームルームが始まった。
シャード先生は教壇に立ち、生徒たちを見渡した。私が、シャード先生に意味深に見つめられた。なんだろう? 私は瞬きした。
「今日は、新しいクラスメイトを紹介する」
新しいクラスメイト? また転校生なのか?
「入ってきなさい」
「はい」
「っ!?」
ドアが開いて、可愛い系の男子が入ってきた。
入ってきた転校生を見て、私は吃驚して腰を抜かしそうになった。
彼は、軽く一礼した。
「景山澄恋です。よろしく」
昨日、ぶかぶかな魔法研究所の制服を着ていた澄恋だが、今はちょうど良いサイズの魔法学校のローブと制服に身を包んでいる。
澄恋は、私を見つけてにっこりとほほ笑んだ。
ええっ!? 澄恋が同じクラスに!?
何度夢見たのか分からない妄想が現実に……!
隣のジュリアスも驚いていた。
澄恋は、してやったりの顔で微笑んだ。不敵に口元を吊り上げる澄恋を、ジュリアスはじっと睨んでいた。
「鳥居さんと同じ異国の人だー!」
「なんか可愛い!」
生徒たちは、転校生の澄恋を見ておしゃべりに花を咲かせている。特に、女子たちは澄恋にハートの視線を送っている。
澄恋はどこでもモテる。可愛くなってもモテるだなんて。景山澄恋、恐るべし。
「席は、鳥居の後ろにでも座って貰おうか?」
「はい」
「さて――」
シャード先生はそのまま話を再開している。そして何事もなく、ショートホームルームは終わった。
シャード先生にお説教されるのかと一瞬焦った。やっぱり、シャード先生に相談するのは止めておこう。そう決心した時、チャイムが鳴った。
「では、ショートホームルームを終わる。あと、鳥居には話があるので放課後残っておくように」
「えっ!?」
シャード先生はこちらを見て、ニヤリと笑った。そういえば、元の姿の澄恋をシャード先生は知っていたような……? すでに、事件の詳細を澄恋から聞いたのだろうか、それともシャード先生は何でもお見通しなのか。どうやら、シャード先生に隠し事をすることはできない事だけは理解した。
「ううっ、分かりました」
私は白旗を上げて降参するのだった。
「香姫」
休み時間になった途端、後ろの席の澄恋が声をかけてきた。澄恋は笑顔を浮かべてご機嫌だ。
「まさか、香姫と同じクラスで授業を受けることになるとはね」
「びっくりしたよ! もしかして、男子寮で寝泊まりするの?」
「そういうこと。シャード先生にお願いして、もう荷物を運び終わっているからね」
何時の間に……!
「で、でも、魔法研究所は?」
「アレクシスの許可をもらったから大丈夫だよ」
「ふ、ふーん」
澄恋はアレクシスを呼び捨てにした。王子と付けない限り、アレクシスはありふれた名前だ。周りにバレないようにする私への配慮か。
「澄恋君、ちょっといい?」
一通り、私と話し終えた澄恋は、女子たちに捕まって質問攻めになっていた。私はすっかり蚊帳の外に追い出された。
しかし、何を話していたのかは知らないが、この休み時間以降、澄恋に女子が群がることはなくなった。そして女子は、物言いたげな顔で遠巻きに眺めるのみとなった。
澄恋はモテるのが嫌だったのだろうか。しかし、一体何を話したのやら……。
------------------------- 第161部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
第十二話 魔法会へのお誘い
【本文】
それから、二時間目の休み時間の事だった。次の授業は古代魔法学だ。古代魔法学の教室に移動したときに、やけに廊下が騒がしいことに気づいた。激しく応酬している声がこちらまで聞こえてくる。
「どうしたんだろう」
「さあ?」
澄恋の問いに答えられるはずもなく、私は首を傾げた。
「リリーシャさんが上級生に声をかけられているんだよ」
と、クラスメイトのジェイク・グレンが教えてくれた。
「いい加減にしなさいよ! アンタたち!」
それにしてはリリーシャは喧嘩腰のような気がするけど……。
「リリーシャさんが? 一体何の用で?」
ジュリアスがグレンに訊いている。
「魔法会への勧誘だよ」と、グレン。
「魔法会?」
良く見える場所に移動すると、リリーシャが上級生二人組にしつこく迫られていた。
リリーシャ・ローランドとは私は妙な出会い方をした。それも解決して、今は普通のクラスメイトになっている。私が『可視使い』のことをリリーシャは知らない。
そして、リリーシャは、この魔法学校の優等生。私は、この魔法学校の劣等生。一般的にはそう言う風になっている。
「しつこいわね! 私は、魔法会なんかには入らないわ!」
リリーシャはイライラしながら突っぱねている。あの勧誘に弱いリリーシャが? 珍しいこともあるもんだ。
「そんなこといわないで、話だけでも聞いてよ!」
「リリーシャさんは、魔法力が素晴らしいから、魔法会にふさわしいと思うのよ!」
「しつこーい!」
私は「あ!」と声を上げた。上級生二人には見覚えがあった。
「香姫、どうしたんだ?」と、澄恋が訊いた。
「あの人たち、昨日廊下ですれ違った上級生だよ……」
「えっ? あ、本当だね?」ジュリアスもその事に気づいた。
グレンが、データキューブを操作する。
「女の方は『ディーナ・アロースミス』高等部の三年生で、魔法会の副会長。で、男の方が、『カーティス・セシル』高等部の二年生。魔法会の会長だよ」
「グレン君、なんでも詳しいんだね」
「いやぁ、そうかな~」
グレンを褒めると彼は照れた。グレンが、こんなことにも詳しいとは思わなかった。
廊下の騒がしい声はまだ続いている。
「じゃあ、また来るわね。リリーシャさん」
「来なくていいから!」
ディーナとカーティスは帰って行くようだ。リリーシャはぐったりしている。
「リリーシャ、大丈夫?」
「クェンティン~! 聞いて! あの人たちしつこいの!」
古代魔法学の教室に入って、彼氏のクェンティンに抱き付いて愚痴をこぼしている。
人気者のリリーシャは大変だなぁ。傍観している私もぐったりしてきそうだ。
一通り同情した私は、グレンたちの方に視線を戻した。
「グレン君、魔法会って一体なんなのか知っているかな?」
グレンが物知りだと分かったので、ジュリアスが尋ねていた。
「う~ん……」
グレンは唸って、手持無沙汰にデータキューブを操作している。
「ウワサしか聞いたことないけど、放課後の活動の一種みたいなもんじゃないかな?」
私は首を傾げて考える。
「放課後の活動? 部活みたいなもんかなぁ……そう言えば、この魔法学校じゃ部活みたいなのあんまりないよね?」
魔法部ではなく、魔法会か。
「魔法会の他にもあるよ。俺が知っている限りでは、『魔力同好会』に『魔女会』、『ほうきの集い』……。でも、そんなサロンみたいなお誘いが来るのは、リリーシャやアリヴィナみたいな魔法に長けた優秀な人たちだけだよ」
「ふ、ふーん……」私は、気圧された形で相槌を打った。
実力の世界なのかな。良く知らないけど。
「でもどうして、リリーシャさんは入らないのかな?」
「クェンティンとデートできる時間が少なくなるからじゃないの?」と、澄恋。
「なるほど~」
クェンティンとの時間を大切にするリリーシャらしいといえばそうだ。
澄恋は半眼でリリーシャとクェンティンのラブラブを眺めている。やっぱり、澄恋はリリーシャの事が……。じっと澄恋を見ていると、彼が気付いた。そして、意地悪そうに微笑んできた。
「香姫、どうしたの?」
「べ、別に! 何でもないよ?」
誤魔化すように、私は古代魔法学の教室の中に入ろうとした。
「鳥居香姫さん!」
「えっ!?」
誰に呼ばれたのか一瞬わからずに、私の視線は辺りをさまよった。
しかし、振り返って驚いた。上級生の男の方――カーティス・セシルと目が合ったのだ。私を呼んでいたのはセシル先輩!?
「な、何で私の名前……!」
セシル先輩はクスッと笑って、その問いには答えなかった。
「鳥居香姫さん。またね!」
ディーナ・アロースミスも私に声をかけた。そして、二人は帰って行った。
「な、なんなの……?」
私の心臓は、不意打ちを食らって高鳴っていた。
知らない上級生二人が、何故私の名前を知っているのか。そんな難問に私が答えられるはずがない。それも、リリーシャのような実力者しか相手にしてない魔法会の人なのに。
「な、なんで、あの人たち、教えてもないのに私の名前を知ってるのかなぁ?」
答えを求めると、ジュリアスやグレンは肩をすくめていた。ただ一人、澄恋だけが難しい顔で考え込んでいたのだった。




