第十話 上級生二人*
アレクシス王子がまったく意に介しなかったので、私たちはしつこく医務室に留まって考えを巡らしていた。肝心な腕輪はうんともすんとも言わないし……。
澄恋が、外を見て嘆息した。
「とにかく、アレクシス様が腕輪に魔法もかけずに帰ったんだから、大丈夫ってことじゃないかな」
「う、うん……」
「何、その物言いたげな顔は……」
「なんか……澄恋君、小さくなりすぎじゃない? 十三歳ぐらいに見えるよ……」
「いや、十六歳ぐらいだと思うよ。この後、成長期が来て、一気に背が伸びたからね」
ということは、その後に私は澄恋と出会ったのか。私が出会った時は澄恋はすでに格好良いお兄さんだったのだから。今は縮んじゃって可愛い男の子になっているけど。
複雑そうな私をどう思ったのか、ジュリアスが声をかけてきた。
「とにかく、もう腕輪は大丈夫ってことだよね? 香姫さん、ご飯食べに行こう?」
何故か、ジュリアスはご機嫌だった。私の腕を取って、食堂へと促そうとする。
「えっ、でも、澄恋君が……」
ご飯の気分じゃない。一刻も早く澄恋を元に戻したいのに。
「気にしないで。また、身長は伸びるだろうし。それに、僕はやることがあるから、二人で先に食べてて」
澄恋は笑っている。澄恋がさほど気にしていないみたいで私は安堵していた。
「うん、そうするね? 行こう、香姫さん?」
「う、うん……」
ジュリアスはすごく嬉しそう。私は医務室に澄恋を残して、ジュリアスと廊下に出た。
ドアが閉まるまで、澄恋はずっとジュリアスを見ていた。ジュリアスは澄恋を見て黒く微笑んでいた。どうして二人は仲が悪いのか。そんなことわかるはずもなかった。
「香姫さん、マクファーソン先生やシャード先生に魔法をかけてもらったらいいと思うんだけど」
「それ、良い考えかも! あ、でも、澄恋君と同じで先生たちも縮んじゃうかも」
「そうだね……良い考えだと思ったんだけどなぁ……」
向こうから綺麗な歌声が聞こえてきて、私とジュリアスは喋るのを止めた。向こうから男女の二人が歩いてくる。やけに高い身長だ。小さくなる前の澄恋ぐらいはある。
私は、女の人の歌に聞き惚れて暫く歩みを止めた。二人はこちらを通り過ぎようとした。すると、歌が止んで、女の人がこちらに微笑みかけた。
「こんにちは!」
「こっ、こんにちは……!」
私は吃驚して瞬きした。先生以外の、それも澄恋以外の、年上の人から声をかけられるなんて、この異世界に来てから初めてだったので驚いたのだ。
私は焦って一礼すると、そこからジュリアスと足早に去った。
「ジュリアス君、さっきの人って上級生かな?」
「高等部の先輩じゃないかな? 同じような制服着てたからね?」
「うん! 素敵な先輩だったね! なんか優しそうだった!」
ジュリアスがクスクスと笑っている。
「香姫さん、優しそうだからって、ホイホイついて行っちゃだめだよ?」
「そのくらい分かってるよ~」
「そうかなぁ? 年上のお兄さんがお菓子くれたら付いて行きそうなイメージがあるけど」
私はガンと衝撃を受けて固まった。小さな子供じゃあるまいし。それに、最近の子供だってもっとしっかりしている。
「ジュリアス君、私を何だと……!」
「ゴメンゴメン」
ジュリアスは楽しそうに笑っている。まさかジュリアスにからかわれるとは思わなかった。
とにかく、腕輪がもう暴走しないように祈るのみだ。
私は、ジュリアスと駄弁に花を咲かせていたので、上級生の二人が話していることに気づかなかった。いつの間にか歌声は止んで、上級生の二人がずっとこちらを見ていたことも――。