第五話 クリスタル先生の予言
その次の日のことだった。いつものように、私は、今日の時間割どおり授業に出席していた。
一時間目はジェラルド・シャード先生の『魔法学』の授業。二時間目はアントニア・ボール先生の『魔法生物学』の授業。三時間目と四時間目はバルド・マクファーソン先生の『魔法演習』の授業だった。
そして、五時間目が、『占い学』の授業だ。女子なら占いに一度はハマるのではないか。事実、女子の間でも占い学が大好きという生徒は多い。
私も、以前は占い学の授業が大好きだった。当たるのも八卦、外れるのも八卦、というが、私もそれを楽しんでいた。
しかしあるときから、占い学担当教師の『クリスティン・クリスタル先生』が苦手になった。クリスタル先生は、目の大きくてやせ形で身長の高い先生だ。いつも、色とりどりの占い師のような薄絹のショールを羽織っている。
あるとき、この先生が私に、とんでもない予言をしたのだ。私と友人の死の予言を。その占いは、ギリギリのところで外れて、私はこうして生きているというわけだが――。
「じゃあ、カード占いの仕方は分かった? じゃあ、遊んでみましょう!」
「はぁい!」
生徒たちはカード占いで、もりあがり始めた。
「ロイドさん、私が占ってさしあげますわ」
「イザベラが?」
「まあ、そこにお座りになって」
アリヴィナは、いぶかしんでいたが、大人しく前の席に座っていた。イザベラは机にカードを並べてめくっていく。
「シェイファー、俺が占ってやんよ!」
「ガーサイドが? じゃあ、お願いしようかな?」
ジュリアスは快くガーサイドの申し出を受けていた。ガーサイドの占いも気になるが、イザベラの占いの方が気になった。あれは、何か企んでいる顔だ。私はアリヴィナの横でこっそり見学し始めた。
「結果が出ましたわ!」
しかし、めくったカードをみて、アリヴィナは引きつっていた。
「あら、アリヴィナさん。あなた、『死神』のカードが四枚も出てますわ! アリヴィナさん、近々、確実に死にますわね!」
イザベラは上品に大笑いしている。
確実に嫌がらせだ。カードの中には一枚しか死神のカードは入っていない。どこで死神のカードを集めてきたのだろう。
「せんせー、イザベラさんが、クソしょうもない嫌がらせしてきますー」
アリヴィナがチクると、イザベラはカードを慌てて束に戻していた。
クリスタル先生は面白そうに顔を輝かせている。
「あら、死神のカードは悪い意味ではないのよ。物事が終盤に向かって新しくなるという意味合いがあるの!」
「ハモンド、残念だったな」
ガーサイドが身を乗り出すと、イザベラはフンと顔を背けていた。そして、イザベラは、私を見つけて、ニヤリと笑った。えっ!?
「香姫さん、私が占って差し上げますわ!」
「う、ううん、いいよ! 気を使わないで!」
イザベラは、強引に推し進めようとした。だが、丁度チャイムが鳴った。私は救われたというわけだ。
「では、今日の授業を終わるわね」
クリスタル先生の授業が終わり、生徒たちは満足そうな表情で教室に帰って行く。
「残念! ジュリアス様と香姫さんの相性を占って差し上げようと思ったのに……」
ははぁ、なるほど。ジュリアスのことが好きなイザベラは、私とジュリアスの相性を最悪にするつもりでいたのだろう。別に最悪でも信じないからいいんだけど……。それに、私は澄恋が好きだし。
「イザベラ! 香姫に絡んでいるみたいね!」
「フン、別に絡んでなんていませんわ!」
イザベラはリリーシャが来たので、逃げて行った。私に絡んでいたイザベラだったが、逆にリリーシャに絡まれている。私は、安堵しながら、自分の席に戻って行った。
「ジュリアス君、占いどうだった?」
「まあまあの運勢だったよ? あんまり信じてないけどね?」
ジュリアスはクスクスと笑っている。私は、安心して笑った。
占いに必ずはない。
そして、あの日の死の予言も外れた。でも、クリスタル先生は私に謝ることもないし、私も突っついて蒸し返すこともない。
だが、顔を上げた時、異変は起こった。クリスタル先生が息を切らして、苦しそうに占い学の準備室に駆け込んで行ったのだ。
「じゅ、ジュリアス君!」
私は、ジュリアスの肩を叩いた。
「どうしたの? 香姫さん?」
ジュリアスは気付いていないのか。ジュリアスは、いつものように優しそうな面持ちでこちらを見て微笑んでいる。
占い学の教室にはもう生徒たちは居なくなって、私とジュリアスだけが残っている。
「今の見た!?」
「えっ? 何が?」
ジュリアスは、きょとんとしている。なんで、みんなクリスタル先生が苦しそうにして、準備室に駆け込んで行ったことを知らないの?
「香姫さん、今のって、一体何のこと……?」
ジュリアスはキョロキョロしている。
「ううん、なんでもないの!」
嫌な予感がする。クリスタル先生の発作が出たのは、あの死の予言をされたとき以来だ。
「ジュリアス君、早く教室に戻ろう!」
「えっ? あ、うん」
私は、占いのカードをかき集めて、ポケットに突っ込んだ。ジュリアスの手を引っ張って、教室を出ようとした。ドアを開ける。
「鳥居さん、ちょっといいかしら?」
「ぎゃあああああああああああああ!」
ドアを開けた目の前にクリスタル先生が居て、私は思いっきり悲鳴を上げてしまった。ジュリアスは私が悲鳴を上げたことに吃驚している。
「ど、どうしたの、香姫さん?」
「な、なんでもない……く、クリスタル先生、何かご用ですか……?」
私の心臓はバクバクで涙目になっている。
「鳥居さん。あなたの興味深い占いの結果が出たの!」
大きな目を見開いて、クリスタル先生は言った。
や、やっぱりか! 逃げるのが遅かった……!
「ま、まさか、また私が死ぬとか言う……?」
以前、クリスタル先生に死の予言をされて、私は本気で死にかけた。例え死ぬとしても、そんな占いなんて、されない方が幸せだ。
だが、クリスタル先生は首を振った。
「違うの! 鳥居さん、あなたが人気者になって注目の的になるっていうすばらしい占いの結果が出たの!」
「えっ!?」
「それはすごいね、香姫さん?」
「う、うん……」
「だから、この間はごめんね!」
「はい……」
一応は、悪いと思ってくれていたようだ。
私は、あいまいに笑いながら占い学の教室を出た。
「どうしたの? 香姫さん? クリスタル先生の占い嬉しくなかった?」
「う~ん……普通だったら嬉しいのかもしれないけどね」
人気者になって注目の的になる。それは、良い占いの結果かもしれない。けれども私は、『可視使い』なのだ。人気者になって目立つのがそれほど良いことだとは思えない。
だから、私は、目立たないように気を付けて生活しているのに――。
「そうだね……。香姫さんの場合なら、あの占いが外れた方が良いかもしれないね?」
ジュリアスも私の正体を知っている。だから、私の憂慮していることが分かって、心配してくれているらしい。
私は憂鬱なため息を吐いて、ジュリアスと一緒にファルコン組の教室に戻ったのだった。




