第三話 光る腕輪と仮面*
しばらく私たちの談笑と共に時間が流れた。
唐突に、足音が近づいてきて、ドアの前で止まる。
一体誰だろう?
医務室のドアが開いて、私たちの視線はそちらに注がれた。
「失礼します。あれっ? クレア先生いないの? 参ったなぁ」
「マジで? 踏んだり蹴ったりだぜ、まったく……」
入ってきたのは、同じ『ファルコン組』のクラスメイトのアリヴィナ・ロイドと、アミアン・ガーサイドだ。けれども、私は彼らの格好を見て驚いた。
まるで、お笑いコントのようだ。髪の毛はチリチリになっているし、服はボロボロになっている。
「ど、どうしたの、それ」
私が恐る恐る指差すと、アリヴィナは自分のすすけた服を引っ張った。
「これね! リリーシャに勝負挑んだんだけど」
「俺とアリヴィナ二人相手に、リリーシャが圧勝! それで、俺たちの髪の毛は大道芸人みたいなことになっているわけ」
ガーサイドは、服をはたいた。すすがもうもうと舞って、彼らはせきこんでいた。
「リリーシャさんは、二人相手に勝ったの!?」
「うん。二人で追いつめて良いところまで行ったんだけどさぁ。結局リリーシャは無傷!」
私は、素直に舌を巻いた。リリーシャ・ローランドの名前はまだ記憶に新しい。けれども、私は彼女とは、忘れられそうにない出会い方をした。いまでは、普通のクラスメイトになったが、あまり彼女に巻き込まれたくないと思ってしまう。
リリーシャは、クラスの主導権を握って仕切っている女子だ。そしてそのライバルが、ガーサイドとアリヴィナというわけだ。でも、アリヴィナもガーサイドもかなり強いのに、彼らを一まとめでやっつけてしまえるだなんて、リリーシャはやっぱりすごすぎる……!
一度、リリーシャに私が可視使いなことがバレて、勝負を執拗に迫られた。魔法をまともに使えない私が、リリーシャに勝てるわけがないんだ! なので、可視使いの能力は無くなったと言って、事なきを得ているが――。
すでに、リリーシャの父親とリリーシャの彼氏にはバレているという状況。まさに崖っぷちだ。
「ところで、クレア先生は食堂なの?」
アリヴィナはキョロキョロと医務室を見渡しながら、誰ともなく尋ねる。その問いには、ジュリアスが答えた。
「多分ね! さっき、クレア先生と廊下ですれ違ったから。今頃、ディナーなんじゃないかな?」
「マジで!? クレア先生に髪の毛戻してもらわないと、明日この頭で授業受けなきゃなんないじゃん!」
「でも、クレア先生は、このまま帰宅してしまうんじゃないのかな?」
「ええ~!」
それを見かねたウィンザーが進み出た。
「髪の毛なら、私が元に戻して差し上げましょう」
「えっ!? 治癒の魔法が使えるの!?」
アリヴィナとガーサイドは尊敬のまなざしでウィンザーを見つめている。ウィンザーは、照れたように頷いた。
「はい、少しなら」
治癒の魔法。これは、普通に『可視編成』の魔法を使うのとはわけが違う。折れた骨や、切れた皮膚などを元通りに戻さなければならないので、熟練された魔法力が必要になってくるのだ。だから、クレア先生のような専門職があるのだ。
「オジさん、すごいね!」
「すっげーな、オッサン!」
「っ!?」
そ、それ禁句!
私は恐怖して、やけに静かになっているウィンザーの方をロボットのように振り返った。
ヤバい!?
ウィンザーの顔には影ができていて、米神に青筋が立ってる! 呼吸が怒りを抑えたように粗くなってる!
「お……オッサン……?」
怒りを抑えたような言葉に、私とジュリアスは怖気だった。必死で、ウィンザーをなだめに入る。
「落ち着いてください! ウィンザーさんは尊敬できる『お兄さん』です! 僕たちの目標です!」
「そうそう! ウィンザーさんは、アイドルグループに入っているぐらいカッコイイ『お兄さん』ですから!」
一億円のケーキを食べたせいか、ジュリアスと私の口の滑りは確実に良くなっている。次から次へ出てくる褒め言葉。人はこれを、ウィンザーに餌付けされたという。
でも、どう転んでもウィンザーは優しいお兄さんだよなぁ。
「本当ですか……?」
「う、うん。筋肉部門があったら、カクジツに優勝! アイドルの仲間入りです!」
自分で言っておきながら、アイドルに筋肉部門なんてあるのか? と思ったが、ウィンザーが喜んでいるので、良しとする。
ウィンザーはうれし涙をぬぐって、仏のような顔をこちらに向けた。
「はぁ……。香姫様とジュリアス様は、お可愛らしいですね。また、アレクシス様にお願いしておやつを持ってきますね……」
「ホントですか! やったー!」
私はジュリアスとハイタッチして喜び合った。とっくに、賞金がおじゃんになったことは帳消しになっている。最高にご機嫌な気分だ。
ガーサイドは、おやつと聞いて目をキラキラさせている。
「マジで!? オッサン最高にイイ人じゃん! 俺も尊敬する!」
カッとウィンザーの顔が般若のように変貌した。
「黙れ! お前らに食わすモノは米粒一つたりともないわ!」
怒り狂うウィンザーを見ても、ガーサイドもアリヴィナもどこ吹く風だ。
アリヴィナは、ウィンザーの袖を引っ張っている。
「オジさん、髪の毛早くストレートに戻してよ」
「ウィンザーお兄さんと呼べ!」
「はぁい。ウィンザーお兄さん」
「よしッッッ!」
「俺も! ウィンザーオニイサン!」
「よしッッッ!!」
心優しいウィンザーお兄さんは、文句を言いながらアリヴィナとガーサイドの髪の毛を直している。流石、護衛人だけあって、世話を焼くことが手馴れている。アリヴィナとガーサイドはウィンザーの可視編成で髪の毛をサラッサラのストレートに直してもらってご機嫌になった。
「ありがとう!」
「サンキュ!」
「香姫様とジュリアス様のお優しい御心に感謝するように!」
良かった! ウィンザーさんは、アレクシス様と違って鬼じゃなかった!
「では、私はこれで失礼します。香姫様、ジュリアス様、また後日」
「うん、またね。ウィンザーさん」
ウィンザーはニコリと笑って、アレクシスの元に帰って行った。
瞬間移動の魔法の緑風が部屋の中を揺らして、再び静まる。
「良いひとだったな。香姫の知り合い?」
「う、うん、ちょっとね!」
ガーサイドの問いには答えれない。アレクシス王子と私が知り合いだということを秘密にしているからだ。密かに、アレクシス王子が魔法学園に来ていることを知ったら、この二人は仰天するだろう。それほどに、アレクシス王子は別世界の住人なのだ。
「あ、あれ? 日が暮れるのが早くなったね」
誤魔化すように私はアリヴィナたちから視線を外した。
そのとき、窓の方で何かが動いた。
普通の眼なら、外が暗くて室内が明るいと外は見えない。でも、私の眼は可視使いだからか可視しなくてもよく見える。だから、仮面を付けた人が窓の外にいたことに吃驚した。しかも、その人物がこちらをじっと見ていたから、さらに恐怖した。
「ねえ、ジュリアス君……!」
「香姫さん、どうかしたの?」
慌ててジュリアスに駆け寄った。ジュリアスは不思議そうにこちらを見ている。
私は、窓の外の変態に気づかれないように、声を潜めた。
「変な人がこっち見てる……」
ジュリアスが顔を険しくして、私の前を横切る。窓際に立ち、素早く見渡した。
「香姫さん、誰もいないよ? 気のせいじゃないかな?」
ジュリアスはまだ安心してない。私の可視でしか見えないこともあるからだ。
「そんなはずは……!」
私はジュリアスの元に駆けよった。
「日が暮れるのが早いと損した気になるよなぁ」
「そう? 私は本がたくさん読めるから秋は好きだけどな」
ジュリアスはあっちでアリヴィナとガーサイドが話しているのをちらりと見て、気づかれないように声を潜めた。
「香姫さん、なにか見える?」
私は可視しながら窓の外を見渡した。
「あれっ? いない……? 窓の外に、仮面付けてこっち覗いている人がいたんだけど……」
可視したまま、そのまま頬を人差し指で掻こうとして、何か光っていることにようやく気付いた。
腕輪が光っている……!?
私が腕輪を見つめると、光は消えた。
不思議な腕輪だ。たしか、この鼈甲の腕輪は『賢者ディオマンド』と名乗っていた。アレクシス王子の悪口を言うと妙に機嫌がよくなったり……。
あっ!
もしかしたら、アレクシス王子をみんなで褒めたからこの腕輪の機嫌が悪くなった……?
「香姫さん、僕が付いているから大丈夫だからね?」
「う、うん、ありがとう!」
私の心臓は妙に心拍数が高くなっていた。鼈甲の腕輪の事が心配だ。一体なんで光っていたの……?
アリヴィナやガーサイドに私が可視使いだということがバレるといけないので、可視でしか見えない光で光っていたなんて言えない。
私が腕輪の事を気にしていることに、ジュリアスも気づいたらしく、こちらをやたら気に懸けていた。私はジュリアスのハダカを可視しそうになって、慌てて目を制御しなおすのだった。




