第十四話 おんぶと三角関係*
地上からガーサイドもアリヴィナの動揺が伝わってくる。
生前のリリーシャは魔法を使いまくっていたのか。魔法が使えないのはまずいかもしれない。下手をすると、私が偽物だとばれてしまうんじゃないのか。
「可視編成!」
上から呪文の二重音が聞こえた。
すると地面が盛り上がり、私は地上へ押し上げられた。穴は跡形もなく塞がった。
安堵して顔を上げる。そこでは、ジュリアスが心配そうにしていた。ジュリアスが助けてくれたのか。まさか、彼が駆け付けてくれるなんて思っても見なかった。
「リリーシャ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ジュリアス君、助けてくれてありがとう」
アリヴィナがガーサイドの襟首を掴んで、こちらを向いたまま固まっている。
ガーサイドが、アリヴィナの手を振りほどいた。
「おいっ……! リリーシャ……!」
そして、動揺したようにこちらに訴えかけてくる。ガーサイドの目には、記憶喪失の私を攻撃した罪悪感が宿っている。もしかして、謝ろうとしているのだろうか。
「気にしないで、大丈夫だから! ガーサイド君って強いよね!」
私は、慌ててガーサイドのセリフを奪った。謝られるのは違う気がしたのだ。
ガーサイドは、普段通りリリーシャに接しただけなのだから。
「えっ……ああ、うん……」
ガーサイドは、完全に毒気を抜かれている。勢いをなくしたまま言葉が続かずに、手持無沙汰に頭を掻いている。
ガーサイドだけではなく、アリヴィナも戸惑っているのが分かる。
なんだか、気まずくなってきた。これじゃあ、まるで初対面だ。
「リリーシャ、本当に大丈夫か?」
ジュリアスが私を覗き込んだ。心配して駆けつけてくれたのか。
「ジュリアス君、大丈夫だよ……いたっ!?」
大げさに動いて無傷であることを伝えようとしたが失敗した。
飛び跳ねた反動で足首に痛みが走った。その痛みでまた飛び跳ねそうになる。
泣きそうになっていると、ジュリアスが静かに息を吐き出した。
「捻挫だな……ほら、背中に乗れ」
男子の背中に乗るのは嫌だ! 下手をすると、また注目を浴びてしまう。リリーシャ・ローランドからすれば、注目を浴びるのは日常茶飯事の事なのかもしれないが……。
「えーと、可視編成で何とかならないのかな?」
「骨まで見えないから止めといた方が良いぜ」
「そうそう!」
ガーサイドが横から忠告してきた。アリヴィナも、力強く頷いている。
「魔法をかけたら今以上に足首が腫れて暫く元に戻らないらしいよ」と、ジュリアス君が言った。
私は、野球のボールほどに腫れあがっている足首を見た。
え゛? これ以上に足首が腫れる……? 私が無言でジュリアスを見ていると、彼は頭を掻いた。
「……リリーシャが良いって言うならまあいいか」
「大人しく背中に乗ります!」
ジュリアスがいたずらっぽく笑った。
「可視編成しても良いけど? 僕の背中に負ぶさるのが嫌なんでしょ?」
「せ……背中に乗らせてください!」
「可視へ」
「うわあああ! 乗らせろ!」
からかうように呪文を唱えようとしているジュリアスは意地悪だ。
ついに泣いてしまった私にガーサイドもアリヴィナも苦笑している。
「リリーシャってこんなに可愛かったっけ?」
「ホント、記憶がなくなると変になるんだな」
私はジュリアスにしがみ付いて、背中の上でその会話を聞いていた。
リリーシャは物凄く強かったんだろうけれど、鳥居香姫は平均的な中学生なのだ。しかも、この環境に適応できなくて戸惑っているというのに。
アリヴィナとガーサイドの二人は、私に心を許してくれたんだろうか。二人とも私を見る目が穏やかなものに変化している。あんなにリリーシャにライバル意識を燃やしていたのに、私の事を受け入れてくれたような温かさに取って代わっていた。鳥居香姫はここに居てもいいのかもしれない。そう思えて嬉しかった。
私は、ジュリアスと喋りながら、医務室まで彼に負ぶさって行く。
けれども、高等部ではちょっとした噂になっていることを、私は知らなかった。
「あれ、見て! 三角関係だよ!」
「ノースブルッグ君には気の毒だけど、仕方ないよね」
「ローランドさんとシェイファー君、お似合いだもんね」
ジュリアスと私に、高等部の生徒たちは陶酔したような視線を送ってきている。それが、憧れであることを私は後で知った。リリーシャが美人だからだ。鳥居香姫だったときには、とても考えられないような視線だ。リリーシャに敵わないとあきらめた生徒たちは、そっと二人を崇拝していた。
「リリーシャ……」
その中に、クェンティンがいた。
リリーシャにすがるようなクェンティンの視線に、私は罪悪感でいっぱいになる。申し訳ないけれど、私はリリーシャの代わりなんてできない。
ジュリアスの背中の上で顔を伏せることが、私の精いっぱいの抵抗だった。