第十五話 第二部最終章完結 魔法列車*
あれから、一ヵ月が経った。そして、季節は初夏を迎えていた。
私は魔法列車の見送りに来ていた。デメトリア・ファウラーを遠方の町まで見送るためだ。
「久しぶりだね」
「香姫さん、今日はありがとうね」
「ううん。私の方こそ」
魔法列車に乗りながらファウラーは言った。
ファウラーの顔からは険が取れていた。優しそうな女の子に変貌した様を、リリーシャたちが見たならなんというだろう。
あの後、ファウラーは一ヵ月ほど地下牢に投獄されて魔法裁判にかけられた。最終的に、地位と魔力返還を引き換えに釈放された。
しかし、ファウラーがあのまま魔法学校に通うことはアレクシス王子が許さなかった。最終的には、ファウラーは遠方の町の普通の学校に通うことに落ち着いた。
「この前は、助けてくれてありがとう。ファウラーさんが居なかったら私――あっ、パトリシアさんだっけ?」
パトリシア王女とお呼びすればいいのだろうか。けれど、ファウラーはそれを嫌った。
「その名前は捨てたの。身分も取り上げられたし、王族の魔法も使えなくなったから」
「じゃあ、デメトリアさん?」
「いつも通り、ファウラーで良いわよ。なんか、あんたに名前で呼ばれたら妙に腹が立つわ」
ファウラーは前のファウラーのままだった。それがなんだか可笑しくて嬉しかった。
「でも、ファウラーさんは私の事香姫さんって呼ぶのに」
「私は良いのよ!」
「なにそれ」
私たちは笑い合った。もう少し、誤解が解けるのが早かったら、一緒に魔法学校で過ごせたのに。残念だ。けれども、こういうことを口にすると、ファウラーが怒るような気がしたので、私は言葉にしなかった。
「時間だ」
魔法列車のベルが鳴った。発車の合図だ。
「じゃあ、また何処かで会いましょう? あっ、私があげた飴玉食べてね。約束よ」
「う、うん」
まだ覚えていたとは、流石ファウラーだ。言われなければこっそりと処分するつもりだったのに。
魔法列車が少しずつ空に浮かび始める。私は大声で叫ぶ。
「じゃあまたね。澄恋君にも連絡先を教えるから、私のデータキューブにメッセージ送ってね!」
答えるように、ファウラーも叫んだ。
「ううん。澄恋様の事はもう良いの!」
「なんで? ファウラーさん、澄恋君に頭撫でてもらってたのに……」
「香姫さん、やっぱり、貴方には叶わなかったわ! 私が頭を撫でてもらったのは、澄恋様を忘れるための交換条件よ。だから、澄恋様はきっと――」
「えっ? 聞こえないよ!」
「悔しいから教えない! じゃあね!」
魔法列車は汽笛を鳴らすと、空の彼方に消えた。
「行っちゃった……」
せっかく本当の友達になれそうだったのに。私はうつむいて、魔法駅のベンチに座っていた。暫くそうしていると隣に誰かが座った。顔を上げると、隣で澄恋が微笑んでいた。
「やあ、香姫。こんな所で一人でどうしたのかな?」
「す、澄恋君! 久しぶり……! な、なんで?」
なんで、澄恋が――。心の準備ができてない! 私は大慌てになった。
「もしかして、約束すっぽかすつもりかな?」
「あっ!」
そう言えば、今日はデートの日だった。迎えに来てくれたのか。
「あのね、澄恋君!」
私は今まであったことを澄恋に話して聞かせた。澄恋は隣で優しく私の話を聞いてくれた。
「へえ、そんなことがあったんだね。でも、あのマジックショップって、ファウラーさんが経営していたって知ってた?」
「ええっ!? 初耳だよ! そうか、それで――」
ジュリアスの買ったものが全部使い物にならなかったわけも、あの『授業で当てられなくなるおふだ』が使い物にならなかった理由もはっきりした。ファウラーがそうするように店員に指示していたに違いない。
「マジックショップはベルカ国に没収されたらしいけど、違う人手に渡って経営も普段通り続けられるんだって」
「ふーん……」
ファウラーは遠い町に引っ越して行ったけど、マジックショップは残るのか。これからも、マジックショップに行くたびに彼女を思い出すに違いない。
私は澄恋の話を聞きながら、ポケットを探った。ファウラーのくれた飴玉の包み紙を剥がして、思い切って口の中に放り込んだ。
この飴玉は口の中で破裂するの分かっているけど。ファウラーと約束したから。
「っ!……?」
破裂すると思っていた飴玉はやけに大人しかった。
しかも。
あれ……? 美味しい。
それは、今まで食べた飴玉の中で一番美味しかった。
なんだ。
ファウラーはきっとあの時から私と友達になりたかったんだ。
私の表情の変化に気づいた澄恋は不思議がっている。
「どうしたの? 何か良いことあった?」
「うん、ちょっとね!」
私は飴玉を口の中で転がしながら笑った。
「今日はどこに行く? 今日は、全部おごってあげるよ!」
「やった!」
「ほうき持ってきたんだけど、前に乗って?」
「ええっ! ムリだよ! 私乗れないもん!」
「大丈夫だって! 僕が舵を取るから。ほら!」
澄恋の傍にいると私の心臓は持ちそうにない。
ほら、自然とまた澄恋のハダカを可視してしまったりして――!
「ムリムリ!」
茹った顔を隠しながら、私は手を振った。澄恋は面白そうに半眼でこちらを見ている。今日の澄恋は妙に意地悪だ。
「乗らないと、今日のオゴリはナシだね!」
「ええ~っ!」
楽しそうな話し声が遠くなっていく。
初夏の清々しい空が遠くまで澄み渡っている。
暫くすると、二人乗りのほうきが、空を突っ切って。
賑やかな商店街の中に吸い込まれて行った。
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┃第┃┃二┃┃部┃┃最┃┃終┃┃章┃┃完┃┃結┃┃!┃
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