第十四話 妖魔VS香姫*
ベローがゆっくりと私に近寄ってくる。私も、彼から逃げるように後ずさりする。
「香姫さん、貴方もアレクシス王子に大事にされていましたね。だから、貴方も殺して差し上げます」
「なんで、貴方は、アレクシス様の事をそんなに恨んで――ううん! 聞きたくないわ! 私、貴方なんかに同情なんてしたくないもの!」
「あはは、それで良いんですよ! 私も安心して貴方を殺せます!」
ベローは、攻撃魔法を打ってきた。私はベローに背を向けて走り出す。
ベローの弱点を可視しても、魔法をちゃんと使えない私では攻撃するすべがない。どうすればいいのだろう!
「可視編成! 可視編成! 可視編成!」
虚しく考える間も、ベローは私を葬るべく攻撃魔法を連打してくる。
私は必死で逃げるしかない。ベローの笑い声が私を追ってきた。
「あはははは! どうしました? まさか、反撃できないんですか?」
どうすれば……!
そうだ! 腕輪だ!
『ピンチになった時に、私がプレゼントした腕輪を可視してみてください。きっと、貴方を助けてくれることでしょう』
アレクシスの言葉を思い出した私は、早速、鼈甲の腕輪を可視した。
けれども、こんな時なのに鼈甲の腕輪を可視しても何も見えない。
「なんで、私、ピンチなのに何も見えないの!?」
叫んでみても何にも見えない。アレクシス王子は確かに言ったはずだ。ピンチになったら、この腕輪が助けてくれると。
「あっ!」
私は、躓いて転んでしまった。腕輪に気を取られていたせいだ。
転んだ私の前で、ベローは立ち止まった。
「いったぁ……!」
「チョロチョロとすばしっこいですね!」
「褒めてくれてありがとう!」
私は、嫌味を返したつもりだったが、ベローは笑っていた。
「そう言えば、貴方は気になることを言ってましたね」
「えっ?」
「腕輪に向かって『見えない?』まるで、何かを可視できるみたいな物言いですね?」
「っ!?」
「もしかして、香姫さんは可視使いなんですか?」
窮地に陥ったせいで、思わず口走ってしまったことをベローは耳ざとく聞きつけていた。
戦慄して肌が粟立った。心拍数が変になって、呼吸がおかしくなる。
「違うよ。私が可視使いだったら、もっとうまくやってるよ」
喉の塊を呑みこんで、私は答えた。しかし、答えに覇気がないことに、ベローは気付いている。
「では、香姫さんの魂を抜いて、その可視使いの体を貰うことにしましょう」
「っ!?」
ベローは私を可視使いだと見抜いていた。これでは、どんなごまかしも無駄だ。
ベローの手が伸びてくる。
恐怖で私の目から涙が零れる。
それと同時に、怒りもわいてきた。
「私、身体を取られる前に言っておきたいことがあるの!」
「良いでしょう! 言ってください」
ベローは私に最後の言葉を許した。
私は息を吸い込んだ。最後にどうしても言いたかったこと。それは。
「アレクシス様の××! ××! ×××××××! ×××! ×××! ×××! ××××! ××!」
私の絶叫は草原の向こうまで響いて、木霊となって返ってきた。
息を切らしている私を見て、ベローは大笑いしている。
「素敵な最期の言葉でしたね! さあ、死んでもらいましょう!」
私は顔を腕で覆った。
けれども、時が止まっている様に何も起こらない。
「うむ! アレクシス王子にそこまで言えるとは、気に入った!」
「えっ?」
どこからか声が聞こえてきて、私は硬く瞑っていた目を開けた。
いつの間にか鼈甲の腕輪が煌々と光っていた。
しかし、この腕輪の光は、ベローには見えていないらしい。
「私は、この腕輪に封印された『賢者ディオマンド』である! お主を助けてしんぜよう!」
『エワブ! エワブ!』
すると、腕輪が古代魔法を紡ぎだす。私の眼は驚きで見開いた。
私の人差し指に古代魔法の形の光が収束されていく。
時がゆっくりと動き始めた。
『ウランヌカヌテイ コツレアノトゥ ノムウジュ! アッタ ンウル! アッタ ンウル!』
「なんだと!? 古代魔法だと!?」
ベローは私の異変に気づいた。
『ラルスセムオ! シャヘアモ!』
「させるか! くそっ!」
哀愁のベローは飛び掛かってきた。
哀愁のベローに向かって呪文を解き放つと、ベローは光に呑まれた。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
そして、光が消えた後は、黄色い煙になって消滅した。
辺りは、しんと静まり返っている。草原の草木の揺れる音だけが静寂の中で響いていた。
私は、もしかして。哀愁のベローをこの世から葬り去ったのか……?
「あ……! やった!」
感謝をこめて、鼈甲の腕輪を見る。けれども、腕輪はうんともすんとも言わなくなった。
キラキラとした緑の光が降ってくる。その光を浴びた私は疲れが癒えて行くのを感じた。それは、他の皆も同じだったらしい。
「あれ……? 俺様……?」
「バージル君!」
私は彼に駆け寄って、バージルの手を取って喜び合った。
「やったよ! バージル君! 哀愁のベローを倒したよ!」
「ホントか!? やったな! 兄上に報告しないと!」
「ううっ? 私……」
そして、私たちはもう一つの喜ばしいことに気づいたのだった。