第十三話 二人の正体2
クリスタル先生の予言が、私の脳裏によみがえった。私はファウラーを守って絶命する。信じてなかった占いなのに、まさか真実味を帯びてくるとは思いもよらない。
バージルは起き上がって、服に付いた泥を払った。自分の透けない手を見て、確信を持ったようだった。
「呪いが解けたのか……?」
「私が、呪いを解いて差し上げたのです! バージル殿下!」
えっ、バージル『殿下』!?
「バージル殿下って……!?」
「おや? 貴方は、異国の人ですね。珍しい!」
「問いに答えてよ!」
「そうですよ! バージル殿下は、アレクシス王子の弟君です。知らなかったんですか?」
「う、うん」
まさか、妖魔にバージルの正体を教えられるとは思いもよらない。
しかし、バージルは王子様だったのか。
そういえば、どことなく強引なところと無神経なところが、アレクシス王子と似ている気がする。
「俺様もてっきり知っていると思っていたが」
「そんなこと知らない! 聞いてないもん! 大体、バージル君は最初から可視編成を使っていたじゃない!」
「可視言霊は、珍しい呪文だから、下手をすれば妖魔に居場所がばれてしまうからな! だから、俺様は使わなかったんだ!」
「あはは、じゃあ仕方ないですねぇ」
「あは……あははは……」
どことなく、フレンドリーな空気になってしまったが、ベローがそれを許すはずがない。
「では、二人とも! 死んでもらいますね!」
一呼吸後、ベローが呪文を放った。
「可視言霊!」
「可視言霊!」
ベローの魔法とバージルの魔法がぶつかって、相殺された。緑の光が辺りに散って幻想的であるが、光に触れた辺りの木々や草花は黒く朽ちている。私も緑の光を被りそうになったので、慌てて払い除けた。
「可視言霊!」
「可視言霊!」
ベローとバージルは互いに距離を取り合って、戦っている。そうしている間、私は何かベローの弱点はないかと辺りを探っていた。
草原の草を可視してみた。
けれども、それは徒労に終わった。
「かはっ! げほっ! ごほっ!」
私は、ファウラーの異変に気づいた。ファウラーは苦しそうに四つん這いになって、血反吐を地面に吐いている。
「ファウラーさん、大丈夫?」
私は、ファウラーの背中をさすった。ファウラーは涙を浮かべて私を見ている。
ファウラーは粗い息を整えようとしていた。血の付いた口元を手で拭っている。
「香姫さん、ごめんなさい……。ベローはアレクシスに深い恨みを抱いているの……だから、ベローはアレクシスが可愛がっていた弟のバージルを狙って、更にはアレクシスと仲の良い香姫さんまで狙って……私は、止めることができなかった」
ファウラーは言い終えてから、自分の罪深さに気づいたようだ。頭を振った。
「ううん! 違うわ! 私、ベローと一緒になってグレン君をマジックショップの腕輪で操ったわ! それに、澄恋様と仲の良い香姫さんがどさくさに紛れて亡くなればいいと思ってたわ! なのに、まさか、香姫さんが助けに来てくれるだなんて!」
ファウラーは目にいっぱい涙を溜めていたが、ついに涙が零れた。
「ファウラーさん、だって私たち、もう友達だからね!」
「香姫さん……!」
ファウラーは激しくむせ返った。
向こうではベローとバージルが激しく魔法を炸裂させている。
哀愁のベローがファウラーの力を使っている限りは、彼女は楽になれないんだ。何とかしないと!
その時、ベローが叫んだ。
「バージル様! あの、香姫と言う女の子はお友達ですか?」
「えっ……」
バージルはためらっていた。その躊躇が肯定になるとは気付かずに。
「なら、私が攻撃したらどうなるでしょう? 可視言霊!」
「しまった! 香姫、逃げろ!」
目の前に迫りくる光に呑まれる!
私は、何もできずにその場に蹲って、頭を抱えた。
しかし、何秒たっても私は痛くもかゆくもない。
「えっ?」
私は顔を上げる。
どさりと、私の目の前で何かが崩れ落ちた。
「っ!?」
あまりのことに、私は息を呑んだ。
「なんでっ!?」
目の前に倒れていたのは、私を庇って攻撃を受けたファウラーだった。
「ファウラーさん……っ!」
私の悲鳴のような絶叫が、辺りに響き渡った。
「可視言霊! おや? 魔法が使えなくなりましたね?」
ベローは暢気に言っている。まるで、消耗品の電池が無くなった時のように。
魔法が使えなくなった? つまり、ファウラーは……。まさか。そんなことって!
だって、占いでは、私がファウラーを守って絶命って言っていたのに……!
なんで、ファウラーさんが死――。
「今だ! 可視言霊!」
「遅い! 可視編成!」
バージルは隙を見て攻め立てようとしたが、一歩ベローの方が早かった。ベローが使ったのは可視編成だったが、十分に魔力がある。バージルは光に呑まれてしまった。
「うああああああああああああああ!」
「バージル君!?」
私が見たのは、バージルが崩れ落ちる姿だった。
「さてと……?」
哀愁のベローが私を振り返った。草原がサワサワと鳴っている。
「二人きりになりましたね、香姫さん。どうやってあなたを殺して差し上げましょうか?」
目の前が真っ暗になった気がした。
最悪だ……。私は呆然と立ち尽くした。