第十話 ファウラーとアレクシス
「隠してて、ゴメンね! リリーシャさんが勝負しろってしつこいから……。リリーシャさんには内緒にしててね!」
「ああ! もちろん!」
クェンティンは頷くと、ズボンのポケットからデータキューブを取り出した。そのデータキューブには、可愛いハートのキーホルダーが付いていた。まさか、クェンティンのデータキューブではないだろう。
「リリーシャから、データキューブを預かっているんだ」
希望を取り戻したクェンティンは、少し頬を緩めた。
なんだ。リリーシャのデータキューブだったのか。私は納得して頷いた。
「可視してみるね」
私はすぐに受け取って、可視し始めた。残留思念の影がまき戻っていく。リリーシャはクェンティンと喋っていたが、ファウラーに呼ばれて彼女の方に寄って行った。けれど、そこで映像が途切れてしまった。それからは、残留思念は薄れてしまってよく分からないままだ。
「あ、あれ……?」
「香姫、どうしたんだ?」
「どうしよう。私、また可視できなくなっちゃった」
「えっ? どういうこと?」
クェンティンだけでなく、ジュリアスも不思議がっている。
「実は、私、ファウラーさんに関わるものは可視できなくて……。何でなのか分からないんだけどね……」
「そんな!」
「でも、全然できないわけじゃないから! 大丈夫! もう一回、やってみるね……」
「ああ、お願いだから、リリーシャの居場所を!」
「はああああっ!」
私は、力を振り絞って可視した。数時間前の残留思念が巻き戻って再生される。
良かった。力を振り絞ったら、何とか可視できた。
残留思念のリリーシャはファウラーと喋っていた。
『デメトリア、それで、私はどうやったら予言者になれるの!』
『ここに行けばなれるわよ』
ファウラーはメモ用紙を渡した。リリーシャは彼女に心から感謝している様子だった。
『ありがとう! ノノシア海岸沿いの空き地ね!』
『くれぐれも、ベローさんによろしくね』
ファウラーは意味深な笑みを浮かべていた。
私は可視することを止めて、クェンティンの方を向いた。
「ファウラーはノノシア海岸沿いの空き地でベローさんに会うって言ってた」
「ベロー?」
「聴いたことないね?」
クェンティンが怪訝そうな顔になった。ジュリアスは、データキューブを弄って検索している。しかし、私には心当たりがあった。思い出せないが、聞き覚えのある名前だ。
「俺、とにかく、居場所が分かったから、軍警に連絡して助けてもらう!」
クェンティンはデータキューブで、軍警に連絡している。
私は何か忘れているような気がしてならなかった。頭の中がざわざわする。誰かが早く思い出せと警告しているような気がする。
ベロー? 一体どこで聞いたんだろう?
私は、自然にアレクシスに呼ばれて宮殿に行った時の事を思いだしていた。
『ふむ。どうやら、『五億ルビーの賞金首』の『哀愁のベロー』が怪しいですね!』
アトリー軍警特別第二官の声が聞こえた気がした。
「あっ! 『哀愁のベロー』だ!」
「……何、その妖魔みたいな名前……」
素早く軍警に連絡を済ませたクェンティンは、顔を上げた。私の言葉に引きつっている。
「だから……『五億ルビーの賞金首』の『哀愁のベロー』……」
クェンティンの顔がサアッと青ざめた。私は言って後悔した。クェンティンは医務室のドアに突進した。そして、ドアをもどかしそうに開けて、医務室から飛び出して行った。
「クェンティン君!」
「後を追おう!」
「うん!」
入れ替わる様に、医務室にやってきたのはデメトリア・ファウラーだった。私の姿を見つけた途端、彼女は目を細めた。
「どうしたの? 騒がしいわね?」
「ファウラーさん、リリーシャさんに何言ったの!」
「私は何も言ってないわ。言ったとしても、言ったことを知っているあなたは何なの? スパイか何かかしら!」
私がファウラーを睨みつけると、彼女は大げさに大笑いした。
「香姫さん、行こう!」
ジュリアスが私の腕を引っ張って私を前に促す。悔しかったが、私はジュリアスに促されるまま、クェンティンを追うことにした。
私とジュリアスが廊下の角を曲がった時、クェンティンの「リリーシャ!」と呼ぶ声が聞こえてきた。
クェンティンの前にはリリーシャが軍警に支えられて、突っ立っていた。
「皆してお迎えなのかしら! ありがとう!」
「リリーシャ! どこ行ってたんだよ! 心配したんだからな!」
「私、騙されたけど、返り討ちにしてやったわ! 帰りは何故か軍警の人が送ってくれたけど!」
クェンティンの連絡が伝わって、すぐさま対応してくれたらしい。流石、軍警だ。
「哀愁のベローを倒したの?」
ジュリアスは驚いていた。だが、リリーシャは怪訝そうな顔になった。
「哀愁のベロー? そんな奴いなかったわ! いたのは、『レッド=レッド』っていう賞金首だけよ! それも、一億ルビーのね」
「えっ?」
一億ルビーの賞金首のレッド=レッド……?
妖魔には変わりないが、ファウラーが教えたことと違っている。
私が考え込んでいると、軍警官の二人が敬礼した。
「では私たちはこれで失礼します!」
「軍警さん、ありがとうございました!」
私たちはそれぞれに軍警官にお礼を言った。軍警の人が瞬間移動で帰って行った後、リリーシャは床に崩れ落ちた。
「リリーシャさん!?」
「リリーシャ!」
クェンティンとジュリアスが、慌ててリリーシャを支えた。リリーシャは満身創痍だった。
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その頃、ファウラーは教室に独り残り、高笑いしていた。
「アレクシス王子は、もう毒殺されたかしら? それに、リリーシャもそろそろ葬り去られる頃ね。ジュリアスは助かってしまったからもう一回、ベローさんに言って殺してもらわないと。そうそう、姿が見えなくなったアイツもね! あははははははははは!」
ファウラーは誰もいない廊下で、両手を広げてくるくる回りながら、狂ったように笑っている。
そこに、瞬間移動の風が複数舞った。ファウラーはぎくりとして、動きを止めた。ファウラーが辺りを見回した時には、彼女は軍警官に包囲されていた。
ファウラーは後ずさりする。アトリー軍警特別第二官が、声を張り上げた。
「確保おおおおおおおおお!」
あっという間に、ファウラーは捕えられてしまう。そして、ファウラーは見た。アトリー軍警特別第二官の影から、死んだはずのアレクシス王子が出てくるのを。
アレクシス王子は言った。
「お久しぶりですね」