第八話 アレクシスに招かれて3*
「アトリーさん、お久しぶりです」
「おお、香姫殿! お久しぶりですな!」
声をかけると、ようやくアトリーは私の存在に気づいた。最悪の出会い方をしたのに、今では和やかな雰囲気が漂っている。アレクシス王子も穏やかに続けた。
「アトリーさん、それでバージルの殺害予告をした犯人に目星はつきましたか?」
「はい! 超凄い私に不可能はないのです!」
そう言って、アトリー軍警特別第二官は、『可視編成』を唱えて、紙を数枚取り出した。どうやら、これが捜査資料らしい。
「ふむ。どうやら、『五億ルビーの賞金首』の『哀愁のベロー』が怪しいですね!」
「どういう経緯で怪しいのですか?」
「そういえば、『三億ルビーの賞金首』の『追憶のフィン』は香姫殿が捕まえたそうですな!」
「えっ? はい。捕まえたのはホンットウに運が良かったからなんです……先生たちが頑張ってくださったので、運よく私が捕まえたことになっているだけです……」
可視して弱点を見つけたことはアトリーには内緒だ。そんなことをすれば、私が可視使いだということがバレてしまうかもしれない。
しかし……。まさか、アトリーは、私が犯人だと言い出さないだろうか。彼は思考がぶっ飛んでいるから有りえない事はない。
私は、ひやひやしてアトリーの動向を見守っていたが、考えすぎだったようだ。アトリーは頷いて続けた。
「その首領が『哀愁のベロー』なのです! 追憶のフィンの『アレクシス王子が犯人』発言といい、どう考えても、繋がっているとしか考えられません! しかも、犯人はアレクシス様たちに確実に強い恨みを抱いていますな!」
哀愁のベローか。またしても、妖魔だなんて。しかも、アレクシス王子や何の関係もないバージルまで狙っているだなんて。しかも、怨恨!
アレクシス王子は鬼畜だから分かるけれど、どうしてバージルが狙われるのかが分からない。
何とかできるのだろうか。私一人なら絶対に無理だ――。
部屋の中が自然と静まった。いつの間にか、穏やかな空気が張りつめていた。
「そうですか。捜査に進展があったら伝えてください。では、アトリーさんは下がっても良いですよ」
「はい、失礼いたします!」
アトリーは、用件だけ伝えると、瞬間移動の魔法を使って帰って行った。
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ウィンザーに魔法学校の医務室まで送ってもらった時には、夕暮れ時だった。私は女子寮に帰り、ベッドの上にダイブした。ベッドのスプリングが伸縮して、ベッドが揺れる。
アレクシス王子とその後話したことを反芻する。
『香姫さんの身辺には変わりがありませんか?』
アレクシス王子は、やけに私の身辺を気にしていた。心配してくれているのだろうか。私は話すのを躊躇していたことを、思い切って告白した。
『事件には無関係かもしれないけれど、前々から言おうと思っていたことがあるんです。実は、私、可視出来ないモノがあるんです』
『えっ!? 本当ですか?』
アレクシス王子は驚いた様子だった。私が可視出来ないモノは、人だ。それはアレクシス王子も知っている。けれど、それ以外にもあることは耳が早いアレクシス王子も初めて聞くことだったらしい。
『いえ、全然可視できないわけじゃないんです! ただ、可視するには相当力を使わないとできないというか……それでも、ちょっとしか可視できないんです』
『それは何ですか?』
私は、ファウラーの事を伝えた。ファウラーの持ち物が可視できないことを。
すると、アレクシス王子は考え込んだ。
『ファウラー……? それは名字ですよね。名前は何とおっしゃるんですか?』
『確か、デメトリアです』
『デメトリア・ファウラー……。聴いたことがない名前ですが、調べておきましょう』
『ありがとうございます!』
その後は話が盛り上がって、色々なことを喋った。
私は関係ないと思うけれど、リリーシャが予言者になりたいと言っていたことまで喋ってしまった。ファウラーがそれを勧めたことも。
アレクシス王子は、雑談を聞いている様に目を細めて聴いていた。
話の最後に、アレクシス王子は、テーブルの上に乗せられている私の両手に目を留めた。
『どうかされましたか?』
『……それ、付けてくれているんですね』
『えっ、あ、はい!』
ようやく私は、アレクシス王子が言っているのが、ブレスレットの事だと合点した。私の両手首には、ジュリアスがくれた腕輪と、アレクシス王子がくれた高そうな鼈甲の腕輪がはまっている。鼈甲の腕輪は、アレクシス王子のお願いを聞いた時に、お礼として頂いたものだ。
『これもそれも私のお守りですから!』
『では、ピンチになった時に、私がプレゼントした腕輪を可視してみてください。きっと、貴方を助けてくれることでしょう』
アレクシス王子は、帰り際にそう言ったのだ。その言葉がどれだけ心強いと思ったか。
私は、ベッドに寝転がって足をばたつかせていた。そして、今日の出来事を思い返して、腕にはめてある鼈甲の腕輪を眺めていた。アレクシス王子は考えなしに私にこの腕輪を贈ったわけじゃなかったのか。
「ピンチになった時に可視したらどうなるのかな……?」
私の目は疑問を持ったために自然に可視してしまった。
「ん゛……? あれっ……?」
けれども、ファウラーの持ち物と同じで、全く何も見えない。全くゼンゼン何もだ。
「あれっ? これ、大丈夫なの? あれっ?」
気が付いたら、ベッドの上で正座をして可視していた。
何度も何度も可視してみるが、結果は同じだった。
まさか、アレクシス王子が嘘を言ったのだろうか。
「気休めとか……? まさか……あはは……」
ゼンッゼン、笑えない……!
私はピンチになった時の事を想って、今から不安になるのだった。