第五話 リリーシャの宣言……?
私たちは、消沈しているクェンティンを慰めながら、医務室まで歩いてきた。ノックしてドアを開けると、ドアの前にクレア先生が立ち塞がった。
「あら、鳥居。授業をサボるなら入室は許可しないわよ~?」
いつも、医務室に来るのは休み時間だ。今は授業中だから、クレア先生はサボりだと判断したらしい。クレア先生はどう考えても元気な私たちを追い出すために、戦闘態勢だ。
私が何か言う前にクェンティンが泣きそうな声を上げた。
「違うんです! また、リリーシャが大変なことに巻き込まれようとしているみたいなんです!」
私は吃驚した。リリーシャがまた厄介なことに!? そう言えば、私の魂とリリーシャの身体が同化された経緯も、彼女が無茶なことに首を突っ込んだからだった。
リリーシャ……またなのか。恋人のクェンティンと父親のシャード先生を、また悲しませても平気だというのか。
「どういうこと……? まあ、入って」
クレア先生も、ただ事じゃないと感じたらしい。人目を気にして、私たちを医務室の中に招き入れた。ドアが閉められる。幸いなことに、部屋の中には誰もいない。
「ちょうど良いわ。けが人も病人もいないから、貴方たちだけよ。話して御覧なさい」
クェンティンは頷いた。涙をぬぐって、大きく嘆息した。
「実は、占い学の授業が終わった後、リリーシャが『予言者になりたい!』って言いだして」
「よ、予言者……!?」
あまりのスケールの大きさに、私は唖然となった。スケールが大きいのは、可視使いも似たようなものかもしれないけど。ジュリアスが眉間にしわをよせて、首を傾げた。
「でも、なんでそれが困ったことなのかな? 別に予言者になりたいと思っても良いんじゃないかな?」
ジュリアスの意見はもっともだ。けれども、前例がある。私はそれで痛い目に遭ったのだ。
クェンティンは私と同じ気持らしい。悲痛な声を上げた。
「ジュリアスは知らないだろうけど、リリーシャは前にも可視使いになるって言って、妖魔に騙されて――」
ジュリアスはハッとして、同情したような色を浮かべた。そして、静かに頷いた。
「……そうだったね、全部香姫さんに聞いたよ」
以前、リリーシャは可視使いにならないかと、妖魔に騙されて魂を身体から抜かれたことがあるのだ。
「でも、一体なんで予言者なんかになりたいって……?」
私が分からないことはそれなのだ。リリーシャが予言者になると言った取っ掛かりは何なのか。
「多分、ファウラーさんだ……」
クェンティンが溜まった怒りを吐き出すように呟いた。クレア先生は肩をすくめた。
「私は違うと思うけどね」
「だって、それ以外に考えられないんですよ! じゃなきゃ、リリーシャはいきなり予言者になりたいだなんて言わないですよ!」
「でも、今回はファウラーさんなら、安心じゃないの? ほら、妖魔に騙されているわけじゃないし」
クレア先生がそう言ったことで、クェンティンの肩から力が抜けたようだった。
「そ、そうですよね。俺の考えすぎなのかな……?」
「そうだね。考えすぎだね」
ジュリアスがクェンティンを安心させるように微笑んだ。
私は、だまって考え込んでいた。どうしてファウラーは、予言者になるようにリリーシャに勧めたりしたのだろう。
「そうだよな。なんか、話してスッキリしたよ」
クェンティンの顔に笑顔が戻っていた。クレア先生も笑顔だ。
「じゃあ、スッキリしたところで、教室に戻って授業を受けないとね」
「はい。相談に乗ってくださってありがとうございました。香姫もありがとう」
「う、うん」
私は、曖昧に笑った。
「じゃあ、香姫さんも教室に戻ろう?」
「うん。急がないと、シャード先生はお冠だよ」
「そうだね」
和やかに私たちが出て行こうとしたところで、クレア先生が声をかけてきた。
「ああ、ちょっと待って。鳥居には話したいことがあるから残ってくれない?」
私はジュリアスと顔を見合わせた。
「分かりました。ジュリアス君とクェンティン君は、先に戻っててくれるかな?」
「分かった。じゃあ後でね、香姫さん」
「ありがとう、香姫」
「うん。またね」
私は、ジュリアスたちと別れると、医務室のドアを閉めた。
久しぶりの医務室だ……。薬のこの臭いも、清潔なこの空間も……。私は妙に落ち着くこの空間が大好きなことを再確認した。
「クレア先生、お話って……」
クレア先生がいないことに気づいて、私は辺りを見回した。クレア先生はデスクの椅子に腰かけて、データキューブを弄っていた。
「あの……?」
「ああ、鳥居。アレクシス様がお話したいって言っているのよ」
「え゛?」
わざわざ残れって言ったのって、そのために……?
「なかなか鳥居が医務室に来ないから……せっかく来たんだし、ね?」
「うう……」
私が、戸惑っていると、瞬間移動の緑の風が舞って、良く知った顔が姿を現した。
久しぶりのアレクシス王子だ。小動物に好かれそうな微笑みを私に向けた。
「ごきげんよう、香姫さん」
「コンニチハ」
「……なんとなく、すごく嫌そうな顔に見えるのは気のせいでしょうか?」
「き、気のせいですよ……」
スゴイ、正解だ。
私がそっと目をそらすと、アレクシス王子は半眼をこっちに向けたのだった。




