第十二話 第二部三章完結 誤解
私は瞬きをして、グレンを見つめた。
「グレン君、何か覚えていることがあるの?」
「そう言えば、鳥居さんに熱烈な告白をされて呼び出されたような……」
グレンの表情が生き生きし出した。
「え゛……?」
なんで、そんな都合の悪い記憶が残ってるんだ!
私は心の中で絶叫した。
「ほら、データキューブのメッセージも残ってるし」
し、しまったぁああ! データを消しておけばよかった!
私はグレンの持っているデータキューブをどうにかしたい気持ちで、それを見つめた。しかし、データキューブはグレンの手の中。どうにかできるような事じゃない。
でも、私のデータキューブはお陀仏になってしまったけれど。
「い、いや、あれは、何かの間違いで……あはは……! じゃあ、お大事に!」
ここは誤魔化すしかない!
私が、後ずさりしながらグレンのベッドから離れようとしたとき、背中に何かぶつかった。なにか、どす黒い気配を感じて振り返ると、澄恋が私を険しい顔で見下ろしていた。
「澄恋君……! 良くなったんだね……よ、良かったよ……」
私の喉はカラカラになっていた。澄恋はどす黒い視線をまぶたの中に隠してにっこりと微笑んだ。
「うん、ありがとう。それで言いたいことは何かないかな?」
「もしかして、聞いてた……?」
「何か、香姫が熱烈な告白をしたとかなんとか……?」
ぎゃああああああああああああああああああああ!
しっかり訊かれてたっ!
「あれは間違いなの! バージル君が!」
「バージル君? もしかして、そいつも香姫と付き合ってるのかな?」
ああああああああああ! しまった!
澄恋は、バージルの事を知らないんだったあああああああ!
「バージル君は違うの! そう言うんじゃないの! アレクシス様から頼まれて!」
「ふーん……」
澄恋の白い目が私に突き刺さる。なんて言い訳をすればいいのだろうか。私は澄恋だけが好きなのに。この際だから、自分の気持ちを正直に告白しようか……! でも、その勇気がない……!
あたふたしていると、後ろのベッドからカーテンが開く音がした。
「あれ? 香姫さん?」
「じゅ、ジュリアス君……! もうよくなったの?」
「お蔭様でね?」
空気が変わったような気がした。何なのだろう、この張りつめたような空気は……!
「あ、あれ?」
気が付くと、ジュリアスと澄恋は対峙して火花を散らしていた。
「あれ? 澄恋さん、魔法学校に何のご用ですか? マクファーソン先生にご用はあっても、医務室にはご用がないはずですよね?」
「ジュリアスに用がないのは確かだね。僕が用があるのは香姫だから。君こそ香姫に付きまとっているみたいだけど? なんなのかな?」
「僕が香姫さんを守ろうと思ってるんですよ。頼りにならない誰かより僕の方が香姫さんを守れるでしょう?」
ものすごく火花が散っていて、険悪なムードだ。
「あ、あの……!」
一触即発の空気をどうにかしなければ! 私が逡巡していると、医務室のドアが開いた。
「失礼しまーすっ!」
明るい声に嫌な予感を覚えながらドアの方を向いた。それは、ガーサイドだった。
「が、ガーサイド君……」
また嫌なことを言う気なんじゃ。ガーサイドは私を見つけて、こちらに足早にやってきた。澄恋は不機嫌な目で、ガーサイドを目で追っている。
「ああ、鳥居もいたのか! 暫く医務室の入室に許可を貰えなかったんだけど、今日は良いっていうからな!」
「君も香姫に用があるのかな?」
澄恋がイライラと尋ねた。だが、ガーサイドは首を振った。
「いや、全然ねーよ。俺が用があるのはシェイファーにだよ」
「ジュリアスに?」
澄恋は拍子抜けしたような顔になった。これで、私の身の潔白が一つ証明された!
私はほっと胸をなでおろした。すると、ガーサイドはジュリアスの前に立って、自分のローブのポケットを探った。
「僕に用って何?」
ジュリアスは怪訝そうな顔をしている。
「お、あったあった! 実は、鳥居から伝言があって」
「えっ、伝言って……!?」
ガーサイドがポケットから取り出した、メモのきれっぱしを見つけて、私は血の気が失せて行くのを感じた。
そうだ! 私は、たしか、ガーサイドにジュリアスの伝言を頼んだんだった。でも、それは、普通に読めば大したことない内容なのだけれど――。
ガーサイドはよりによって、澄恋の前で私そっくりの可愛い声色を作った。
『ジュリアス君へ。風邪なのかな。大丈夫? ノートはとっておくから、早く良くなってね! 香姫』
普通に読めば、大したことのない内容だが、色気ムンムンの声色で読んだものだから、違った意味に聞こえてくる摩訶不思議――。
伝言を聞いたジュリアスは、微笑みを浮かべた。
「ありがとう、香姫さん」
そして、勝ち誇った笑みを澄恋に向けた。
澄恋は、絶対零度のまなざしで私を見ている。
「ううっ、澄恋君、あの……!」
言い訳しようとしたら、澄恋は嘲ったように笑った。
「ええと、なんだっけ? グレンに、バージルに、アレクシス様に、ジュリアス?」
「あの、誤解なの! 私が本当に好きなのは……!」
「とんだ男好きだね。将来が怖いよ」
頭を殴られたような衝撃がした。
「酷い! 言って良いことと悪いことがあるよ!」
悪いことは重なるもので、丁度その時来てほしくない人が医務室に入ってきた。
「あれ? 澄恋様、何かお取込み中?」
「ふぁ、ファウラーさん!」
「ああ、デメトリアさん。そうだよ。取り込み中」
澄恋はファウラーに優しそうな視線を投げかけてから、私に白眼を向けた。
「こんなに男をたぶらかして、大きい顔をして僕のことを言える立場なのかな」
私の眼から涙が零れそうになる。私のは不可抗力だ。
でも、澄恋はファウラーの事を――。
泣きそうになっている私をどう思ったのか、澄恋は咳払いして続けた。
「……じゃあ、六の月二日。午前九時。迎えに行くから」
「えっ?」
澄恋は、紙に走り書きして、私に手渡した。私は唖然となった。どうして、あの流れでこうなるのか分からない。
「澄恋様!」
ファウラーが文句を言おうとしたとき、澄恋が彼女に微笑みかけた。
「デメトリアさん、香姫と仲良くしてあげてね」
「え、は、はい……」
「じゃあね、香姫」
澄恋は簡潔に言い残すと、帰って行った。
この日程って……もしかして、この間のデートの約束……?
ファウラーは私を震えながら睨んでいたが、気を取り直したようにフンとわらった。
「きっと、その日に香姫さんは澄恋様にフラれるわ!」
ショックで泣きそうになったが、負けじとファウラーを睨み返した。
「きっと、そんなことになんてならないよ。私が説明すれば、澄恋君は分かってくれる。ファウラーさんなんかに負けない!」
私が言うと、ファウラーはフンと鼻で笑って、クレア先生と話していた。私は、ファウラーと顔を合わせているのが嫌なので、さっさと医務室を退室したのだった。
☆…┓┏━┓☆…┓┏━┓☆…┓┏━┓☆…┓┏━┓
┃第┃┃二┃┃部┃┃三┃┃章┃┃完┃┃結┃┃!┃
┗━┛┗…★┗━┛┗…★┗━┛┗…★┗━┛┗…★
◆◇◆――……第二部四章に続く……!――◆◇◆