第十一話 グレンを可視せよ!?*
促されるまま、私はグレンを可視した。空に浮かび上がったままのグレンのハダカが見える。痩せた無駄のない筋肉の、白い肌の彼の身体が。先に断っておくが、下はトランクス以外何も見えない。私が無意識に拒否しているからかもしれない。
けれども、上半身のハダカだけでもクラリと眩暈がする。ふつうにハダカを見るのと可視した状態でハダカを見るのとは、リアリティが違うのだ。可視すると細部まで緻密にまざまざと感じられるのだ。
「ううっ……。何も異常なんて……」
私は嫌々グレンの身体を見つめた。
普通のグレンの身体だ。変わったところなんてどこにもない――。
ん……?
「あ、あれ……?」
私は可視するのを止めて、制服姿のグレンを見た。
制服姿のグレンにはない。
でも……。
私は再び可視した。
やはり、可視したときにしか映らないものがある……!
「アレクシス様、グレン君の右腕に見慣れない腕輪があります!」
「……腕輪ですか?」
アレクシス王子の眼には見えないのだろう。王子は当惑している。
「その……私にしか分からないみたいなんですけど……グレン君の手首に」
「では、やってみましょう! 可視言霊!」
アレクシス王子は呪文を唱えて、無数の矢を出した。その矢は一斉にグレンの手首に吸い込まれて行った。そして、パンとはじけるような音がした。腕輪は粉砕して花火のしだれ柳のように散り、欠片は落ちる間に消滅した。そして、現れていたスライムは力を失ったようにすべて異空間に吸い込まれて消えてしまった。きっと、元あるべき場所に戻ったのだろう。
「よ、良かった……!」
安堵するのは束の間、グレンは力を失ったかのようにぐらりと傾いた。そして、そのまま万有引力の法則に従い落ちて行く。
「アレクシス様! グレン君が!」
私の喉から悲鳴に近い声が出た。ウィンザーがいち早く動いた。
「香姫様、お任せ下さい! 可視編成!」
ウィンザーは風を操りグレンの身体を滞空させた。そして、ゆっくりと屋上の床に降ろした。
「ウィンザーさん、ありがとうございます!」
「お礼には及びませんよ」
私は、グレンに駆け寄った。
「グレン君!」
「気を失っているみたいですね。治癒して起こしても良いですが、可視するなら今です」
私は、アレクシス王子の言葉に頷き、グレンの髪の毛を一本失敬した。
「今から、可視してみます! はああ……っ!」
私は、グレンがどうしてこの腕輪を手に入れたのか確かめようとした。
グレンはごく自然な日常を普通に送っていた。もう少し前、もう少し前だ。
一週間ぐらい前の出来事を可視しているため、私はすでに息を切らして汗だくだ。
「はぁはぁ……」
「見えましたか?」
「まだ、肝心な場面が見えません!」
十分位そうしていただろうか。
グレンが誰もいない教室で帰り支度をしていた。しかしそこで、グレンが何者かに背後から襲われた。
「っ!?」
頭を打たれた衝撃をまざまざと感じてしまい、私はそこで気絶してしまったのだった。
アレクシス王子とウィンザーたちの私を呼ぶ声が遠のいて行った。
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「う……?」
私が目を覚ましたのは、医務室のベッドの上だった。
「香姫さん、気が付きましたか?」
「私、倒れたの……?」
「ええ。可視しているうちに何かを見たらしいですね」
私は可視していたことを思い出してげんなりした。また、あの衝撃に襲われてしまった。人が肉体的な苦痛を伴っていると、私はそれをもろに受けてしまうのだ。
私は、小さく嘆息して続けた。
「……犯人の顔までは見えませんでした。これ以上可視しても、グレン君を襲った衝撃が邪魔して見ることができないと思います」
「分かりました。では、グレンに訊いてみましょうか。可視言霊!」
アレクシス王子の呪文が私を包み込んだ。緑の光が消えると、私の身体から疲労がきれいさっぱりなくなっていた。
アレクシス王子が微笑んだ。
「香姫さん、起きれます?」
「はい、もう元気です!」
私は、アレクシス王子の後をついて、隣のベッドに移動した。靴を履くのに戸惑っている内に、アレクシス王子は話を進めている。
「グレン、今まで何があったか覚えてますか?」
グレンは起きていたらしく、目を開けた。
「アレクシス様……? それが、全然覚えてなくて……俺、何かご迷惑を……?」
「いえ、覚えていないのなら仕方ありません。こちらで捜査してみます。グレンは、ゆっくりと休んでください」
「ありがとうございます……」
グレンはアレクシス王子に迷惑をかけたと悟り、沈痛な面持ちになった。それほどまでにアレクシス王子を信頼しているのだろうか。私ではとても無理な話だ。
「帰りますよ、ウィンザー」
「かしこまりました」
アレクシス王子は諦めて護衛人たちと一緒に宮殿に帰って行った。
風が治まった後、私はグレンに向き直った。
「グレン君、本当に何も覚えてないの?」
「そう言えば……」
グレンはそう言って、ベッドに横臥したまま私の方に目を向けた。




