第七話 守りたい者
澄恋君……!
私は、口をハンカチで押さえたまま澄恋を揺すった。目から涙が零れ出る。
その時風下から風が吹き上げた。煙が一掃される。
疑問を持ってその方向を見ると、自然に可視していた。バージルが浮かんでいる。そして、シャード先生もそこに立っていた。
どうやら、バージルがシャード先生を呼んできてくれたらしい。倒れている澄恋と、泣いている私に気づいたシャード先生とバージルはただ事ではないと思ったらしい。シャード先生が駆け寄ってきた。
「鳥居、どうなっている!?」
こっちが、ホンモノのシャード先生のようだ。煙が一掃されて、私は喋れることに気づいた。
「妖魔の煙草の毒煙を吸って、澄恋君が!」
「何!?」
「ひゃはははは!」
下卑た笑い声が辺りに響いた。妖魔の追憶のフィンだ。彼は暢気にあの毒の煙草を美味しそうに吸っている。また、風がこちらに吹いたら危険なのは変わりない。倒すなら急がねばならない。
「おやァ? 呼ばれざる者が来たゾ?」
私は、可視しっぱなしのまま、煙の残留思念を見ていた。空気は可視できないが、煙の微粒子はかろうじて可視できるようだ。
けれども、すごく体力を消耗してしまう。
「くっ……!」
そして、なんとか、奴の弱点を見つけた。少し前の残留思念の追憶のフィンは、右目に心臓を隠していた。
「シャード先生! あいつの右目を狙ってください!」
「可視編成!」
シャード先生は魔法弾を放った。魔法弾が追憶のフィンの右目に吸い込まれていく。
「何ィ!? ぎゃあああああああ!」
妖魔は苦しみ悶えて、煙になって消滅した。
安堵する暇もない。澄恋を助けるためには、一刻の猶予もならない。
「バージル君、早く瞬間移動の魔法をお願い!」
『分かってる! 可視編成!』
バージルは、私と澄恋を瞬間移動の魔法にかけた。そして、風が治まると、私と澄恋、バージルは、魔法学校の医務室にたどり着いていた。
デスクでくつろいでいたらしいクレア先生は、私たちを見つけて勢いよく椅子から立ち上がった。
「どうしたの!?」
「クレア先生! 澄恋君を助けてください! 妖魔が私とシャード先生をさらって!」
「香姫も、シャードも無事なのね?」
「はい。でも、シャード先生だと思っていたのは、実は澄恋君だったんです!」
混乱して上手く説明できていないらしい。クレア先生は質問を誘導する。
「何が原因で澄恋君が倒れているのか説明して頂戴!」
泣きじゃくって上手く説明できない私の代わりに、シャード先生が答える。
「妖魔の煙草だ! 景山は追憶のフィンの煙草の毒煙を吸ったんだ!」
「ジュリアス・シェイファーと同じね! 分かった! シャード、ベッドに運ぶの手伝って!」
シャード先生とクレア先生が澄恋をベッドの上に運ぶ。そして、治療を開始した。
でも、私は不安になった。ジュリアスの時は、治癒人が大勢来ていたというのに。
「クレア先生、助っ人を呼ばなくても大丈夫なんですか?」
「毒煙だけなんだから、救助が早ければ何とかなるでしょ!」
そう言って、間仕切りのカーテンを閉めてしまった。間仕切りのカーテンの中から、緑の光が明滅している。
クレア先生がそう言うなら大丈夫なのだろう。
私はその場に突っ立っていた。そして、澄恋に向かってギュッと目を閉じ、手を組み合わせて祈っていた。
その時、騒がしい足音が医務室に飛び込んできた。
「クレア先生、鳥居さんはここに運ばれて来てませんか!」
私はハッとして顔を上げる。
「ビートン先生!」
「ああ、鳥居さん! 無事で良かった!」
一応は、ビートン先生は私のことを心配してくれたらしい。胸をなでおろしている。だから、私も事情を説明する気になった。
「私は無事だけど、私を助けてくれた澄恋君が妖魔の毒煙を吸って……!」
「何で!? 何で部外者が巻き込まれたんですか!?」
ビートン先生はサッと青ざめた。その時、間仕切りのカーテンが開いて、シャード先生が出てきた。シャード先生を見つけたビートン先生は彼に詰め寄った。
「シャード先生、どうなっているんですか!」
シャード先生はため息を吐いた。ビートン先生はムッとしている。
「実は、変身しているところを景山澄恋に見られた。景山は、研究の事でマクファーソン先生に用があったらしいのだが、彼の居所を訊きに魔法学の準備室まで来た。その時に、事情を訊かれて、鳥居の事を話したら代わってほしいと言われた。私よりも魔力に長けているので、彼の方が適任だと思ったのだ」
「では、責任は? シャード先生が責任を取ってくれるんですよね?」
ビートン先生は心配などしてくれてなかった。自分の保身の事ばかりだ。
カッと頭に血がのぼる。
「こんな時に、責任責任って言わないでよ! 私も澄恋君も異世界の人間だから、責任を取ってくれなんて言う人なんてどこにもいないよ! 良かったですね! 責任を取らなくて! 安心したでしょう!?」
ビートン先生は私と澄恋が異世界の人間だということに驚いていた。しかし、すぐに仏頂面になって、むっつりと黙り込んだ。そして、そのまま医務室から出て行ってしまった。バタンとドアが閉まり、怒ったような足音が遠ざかって行った。
守られる側の私が、ビートン先生を悪く言うのは間違っているのかもしれない。けれども、澄恋が私のせいで生死を彷徨っているときに、そんなやり取りは聴きたくなかった。
その時、奥のベッドの間仕切りのカーテンが開いた。ジュリアスが、ベッドに横たわったまま驚いている。
「香姫さん、何かあったの?」
「追憶のフィンに鳥居が狙われた」
「えっ!?」
ジュリアスが驚いている。みんな私のせいで傷ついて行く。私はジュリアスに向かって勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい……私のせいで……!」
「大丈夫だ! 妖魔は鳥居の力で倒せたんだから! 景山もきっと助かる!」
シャード先生が私の肩をポンポンと叩いている。ジュリアスも安堵したように笑った。
「そうだよ、香姫さん。僕の敵を討ってくれたんでしょ? すごいよ」
優しい言葉に私はまた泣いてしまう。
温かなこの人たちを、私のせいでなくしたくない――。




