第六話 彼の正体
竜巻が治まると、私とシャード先生はだだっ広い荒野の中に居た。
私と少年の姿のシャード先生は辺りを見回した。
何もない荒野には枯れた木が折れた有様で無残な姿をさらしている。私は後ろを振り返ってみる。砂地が靴底に擦れて、じゃりっと音を立てた。遥か向こうには岩山が見えている。それ以外は何もない。
「何が起きたの?」
まさかまた、遺跡の女神が私を――?
そんな私の生易しい予想は、下卑た笑い声にあっさりと裏切られた。
「ひゃははは! 香姫! 香姫!」
風の音しかしない空間に、騒がしい声がこだまになって返ってきた。
私の名前を連呼する者は誰なのか。男の声なので、とてもじゃないがオルキスの女神だとは思えない。
空を見上げて驚愕した。一人の男が浮かんでいる。全身真っ白なスーツを着ていて、肌の色も白い。金髪と青い目がよく目立っていて、彼の口だけがやたら大きい。煙草を美味しそうに吸っている。彼がゆっくりと地面に降り立った。
「あ……あ……」
私はあまりの出来事に、後ずさりするしかない。
何もない荒野には、風がゴウウと鳴っている。
少年の姿のシャード先生が、相手を警戒しながら私を一瞥する。
「鳥居、知ってるのか?」
「あのひと、三億ルビーの賞金首! 追憶のフィンだよ……!」
「なんだって!?」
見間違えるはずがない。私がジュリアスが大怪我をしたときに、マジックアイテムを可視したときに、追憶のフィンの姿を見たのだ。
「ひゃはは! 俺の事を知ってるのカ。俺も有名になったもんだナ!」
シャード先生が驚いている。私もこんな所で遭遇するだなんて吃驚だ。
「香姫に何の用だ! どうして、ここに呼んだ!」
シャード先生が叫んだ。私は目をぱちくりする。
なんなのだろう。このデジャビュは。
不思議がっている私を尻目に話がどんどん展開していく。
「ひゃはははは! 香姫を殺すのサ! ある方のご命令でネ!」
「ある方?」
シャード先生が眉をひそめた。
「分からないカ? お前たちはよく知っているダロウ? アレクシス王子ダ」
私は息を呑んだ。
アレクシス王子が!?
「でも、アレクシス様が私を狙う理由が分からないよ!」
「ひゃははは! 分からなイ? 分からなイ?」
「オイ! 分かる様に説明しろ!」
「アレクシス王子を毒殺しようとした真犯人を突き止めタ。それが、異世界から来た人間だっタ。だから、面倒なのでそいつ等を始末しろとのアレクシス王子からのご命令ダ。だから、まずはお前ダ。香姫」
追憶のフィンはたばこの煙を勢いよく吐き出した。風が吹いて、ニコチンのにおいが此方まで届いた。
「香姫、煙を吸うな!」
シャード先生はそう言って、私にハンカチを口に当てた。シャード先生は自分の袖を口に当てていたが、煙を吸ってしまったようで咳き込んでいる。
次第に、私は異変に気づいた。シャード先生は膝をついて苦しそうにしている。
「けほけほっ! はぁはぁ……! ぐう……!」
シャード先生!?
どうなっているのだろう? 一体何が起きた?
「ひゃははは! 俺はこの煙は美味しいと思ってイル。けれども、免疫のない奴が吸えば、猛毒ダ! ひゃはははは!」
私は恐怖して瞠目した。シャード先生は私の口からハンカチが取れないように、手で必死に抑えている。
私は何故、ジュリアスにマジックアイテムを受け取った時に、追憶のフィンの得意技や弱点までを可視しなかったのだろう! また、私は足手まといだ!
「ぐっ……!」
「っ!?」
シャード先生はついに倒れてしまった。
そして、シャード先生を少年の姿に変えていた魔法が解けた。
「っ!?」
私は目を疑った。
目の前にいたのは、高校生ほどの黒髪の良く知った少年だった。
なんで、彼がこんな所にいる? 私が今までシャード先生と思って話していたのは――。
私は、絶句して、膝を地面に付けた。
なんということなのだろう。
ジェラール・オンブルと名乗っていた少年は。
『シャード先生』ではなく『景山澄恋』だったのだ。




