第五話 ジェラール・オンブル
ビートン先生の古代魔法学の野外授業が始まった。私が狙われていることは、先生方しか知らない。シャード先生は見事に子供の姿に変身したらしい。ビートン先生は子供の姿のシャード先生を、校庭に集まった生徒たちに紹介している。変身したシャード先生はどことなく、シャード先生の子どもの頃を彷彿とさせる姿だ。
「えー、今日は、私の授業に興味を持ってくれたオンブル君も参加することになりました」
「ジェラール・オンブルです。よろしく」
校庭で、パラパラと拍手が起きた。シャード先生は一見すると格好良い少年だが、ガラの悪い少年にも見える。不機嫌なので、それが増しているように見えた。一見しても、古代魔法学に興味を持っているようには思えない。
心配事がないせいか、ビートン先生の顔の血色が良い。楽しそうに、シャード先生を紹介している。
「シェイファー君は気分が悪いそうだから、今日はお休みです。オンブル君は香姫さんとペアになってもらいますよ。良いですね?」
「はぁい」
生徒たちは、ダルそうに返事をしている。
「なんで、鳥居さんばっかり~?」
「良いじゃありませんの? オンブル君と香姫さんお似合いだわ」
女子は不満の声を上げているが、イザベラは歓迎しているようだった。ジュリアスの相手が私でないかぎり大歓迎らしい。どうせなら、シャード先生と仲良くなってくれれば。とでも思っているんだろう。
「デメトリアさんもそう思いますわよね?」
イザベラが訊くと、ファウラーは頷いた。
「そうね! お似合いだわ。このまま二人が付き合うことになったら、澄恋様にご報告しなくちゃ!」
私は、ファウラーを睨むと、ファウラーはフンと鼻で笑った。絶対に、ファウラーに隙なんか見せるもんか。私は、まだ一途に澄恋だけを思っているんだから。
シャード先生はというと、上手く存在感を消したようだ。すぐに、生徒たちの興味はシャード先生から外れ、他に移った。
シャード先生は一人娘のリリーシャの方をじっと盗み見ていた。リリーシャはというと、クェンティンと仲睦まじく談笑している。
「クェンティン、今日の私、変わったの分かる?」
「ああ、前髪が少し短くなってて可愛くなっているよ」
「流石、私のクェンティンね! パパでも気づかないわ!」
リリーシャを一瞥した後、シャード先生は前を向いた。どことなく、父親の哀愁が漂っているような気がする。
「シャ……あの、オンブル君、元気出してね?」
私が声をかけると、シャード先生は何故か半眼で睨んできた。何かが気に入らないらしい。
「……ありがとう。鳥居」
それでも、シャード先生は微笑みをくれた。
私は、おや? と思った。それが何か分からずに、シャード先生を見つめていると、ビートン先生が手を叩いた。注意がそちらに移る。
「今日は、遠出をせずに校庭にある遺跡を見て回りましょう!」
「ええー! 今日は、隣町にある遺跡を巡るんじゃないんですかー!?」
野外授業は遠足のように考えている生徒もいる。だから、楽しみにしていた生徒たちはショックをあらわにしている。
けれども、ビートン先生は歌いだしそうなご機嫌な調子で続けた。
「今日は天気が嵐になるらしいので、校内で学習することになりました」
私は空を仰いだ。確かに、曇ってはいるが……。
ビートン先生は石橋をたたいて渡るタイプのようだ。私は、何となく安堵していた。校内で居れば、先生方が沢山いるから守ってくれる。だから、安心だ。この時ばかりは私もビートン先生に感謝したのだった。
「遠出はまた今度ですね」
「は~い」
生徒たちは、仕方なさ気に返事をした。そして、校内の遺跡を回り始めた。生徒たちは賑やかにおしゃべりしながら校庭の遺跡を見学している。
遺跡と言っても、朽ちたギリシャ神殿の柱のようなものがかろうじて残っている程度だ。それでも、これが遺跡だと神秘的にも思えてくる。
しかし、今日は風が良く吹いている。砂ぼこりを巻き上げるので、生徒たちはたびたび咳き込んだ。
「オンブル君、校庭に遺跡があるって知ってた?」
「ああ。『オルキスの女神』の遺跡だ。大地の女神でこの国に実りと繁栄をもたらしてくれる。この校庭には神殿の名残が残っている。その後でオルキスの女神を祭っている神殿は隣町に移されたらしいけど」
「へーっ、流石オンブル君だね!」
先生だけあって他の教科のことも良く知っている。
シャード先生は私の褒め言葉が気に入らないのか、ため息を吐いていた。
さっきから、何が気に入らないんだろう? 先ほどから、シャード先生の不機嫌さを訝るばかりだ。
私は遺跡の周りを見て回っていた。地面の砂をビートン先生がほうきで掃くと、古代文字が現れた。私は大層感激した。
「私がこの魔法学校に勤め先を選んだのも、この遺跡が校庭にあるからなんですよ」
遺跡を見ているビートン先生は、水を得た魚のように生き生きとしている。そして、嬉しそうだった。
「また、風が強くなってきたね」
「そうみたいだな」
風が砂ぼこりを巻き上げている。
「あれ……?」
私は異変に気づいた。私の周りだけ、風が円を作っている。シャード先生もビートン先生もそれに気づいた。生徒たちは気付いていない。
「鳥居さん! そこから離れて!」
ビートン先生が大声を上げた。生徒たちが私に気づいて唖然としている。
私も、すぐに離れようと思った。けれど、その風は激しさを増し、竜巻になる。
「誰か!」
ビートン先生が青ざめている姿が視界に入った。すぐにその姿が砂ぼこりに消える。
竜巻の中から手が伸びてきてきた。それは少年の姿をしたシャード先生だった。シャード先生が私の手を掴んだ。しかし、私の身体は風に舞い上がる。
「助けて!」
私の悲鳴はその竜巻に掻き消された。
竜巻が治まった後には、私とシャード先生の姿は消えていたのだった。




