第四話 ビートン先生とシャード先生の一幕
翌日は、アンディ・ビートン先生の古代魔法学の野外授業だった。滅多にないこの授業は、半日をかけて校外に出かける。
私がリリーシャだったときに、この授業で問題を起こした。ビートン先生はそれからリリーシャに目を光らせて、野外授業を行っている。ビートン先生はあれから危険の少ない場所を選んでいるようだ。特に問題は起こっていない。
けれども、問題児がリリーシャ・ローランドから鳥居香姫に変わっていることも特に気づいていない。ビートン先生は問題が起こっていない事を、自分自身の努力のたまものだと思っている。そうに違いはないが、たまたま事件が起こっていないだけでもある。
そして、今日は天気も良く平和だ。私はビートン先生の古代魔法学の準備室で窓の外を憂鬱に見ていた。今日は、天気も良く平和なのに……。私はため息を押し殺した。
私は遠出する前に、古代魔法学の教室でビートン先生に睨まれていた。私の傍らには、シャード先生が突っ立っている。
「シャード先生、どういうことですか」
ビートン先生は、開いたデータキューブをペンで突っついてイラついている。シャード先生の眉毛がピクッと動いた。こちらも、繰り返し説明することにイラついているようだ。しかし、シャード先生はそれを吐く息に替えて、根気よく二度目の説明をした。
「だから、香姫鳥居は妖魔に狙われているんです」
ビートン先生は勢いよく立ちあがった。顔が僅かに青ざめている。
「冗談じゃありませんよ!」
机にデータキューブを投げ出し、ミュージカルのように身振り手振りで大げさに嘆きだした。
「また、私の授業で問題が起こったら! 保護者の方に何とお詫びをすればいいのか!」
シャード先生は疲れたようにため息を吐いた。
「生徒を守るのが私たち教師の役目でしょう?」
「鳥居さんが狙われていることは分かりました。でも、恐ろしいことに問題児はまだいるんですよ! とてもじゃないけれど、私一人では守りきれません!」
「問題児……?」
シャード先生は無自覚のまま、おうむ返しに尋ねていた。ビートン先生は頭を掻き毟る。
「リリーシャ・ローランド嬢ですよ! あの子は恐ろしい! 何をするのか分からない! 以前は、危険だと忠告した遺跡で迷子になって! あな、恐ろしや!」
どうやら、ビートン先生はリリーシャがシャード先生の一人娘だということを知らないようだ。リリーシャに対する罵詈雑言をぶつぶつと呟いている。
シャード先生が私の方に恨みがましそうな視線を向けた。私は曖昧に笑うことしかできない。
「野外授業をしなければ、私の古代魔法学の素晴らしさが伝えれないし! 私はどうすればいいんだ!」
野外授業をしなければいいんじゃなかろうか。私は、半眼でビートン先生を見つめる。
「分かりました。私がビートン先生の代わりに、野外授業で香姫鳥居を守ります。それで構いませんね?」
ビートン先生のオーバーリアクションがぴたりと止まった。そして、こちらを振り返る。
「全責任をシャード先生がお取りになると? そう仰るんですね?」
「ええ」
ビートン先生は全ての苦しみから解放されたように、シャード先生の手を掴んでキラキラした眼で見つめた。
「シャード先生! 今日は貴方がとても格好良く見えますよ!」
「はぁ」
シャード先生は一歩引いている。どうやら、ビートン先生は責任を取らなくていいことに大喜びしているらしい。
ビートン先生はうんうんと頷いた。
「では、私の授業に子供の姿で出てくださいね」
「はぁ!?」
「生徒の姿で出てほしいと言っているんです」
「どうしてですか? そのままでも……」
「ダメです! 私の力で生徒たちを守れないと思われては嫌ですから!」
ビートン先生は笑顔でそう言った。
シャード先生は引きつった顔をしてビートン先生を見ている。まるで、台風に一夜さらされた後のような顔だ。
私とシャード先生は無言で準備室から出てきた。一年の寿命を一時で使い果たした様な疲労感が残ったのだった。
「子供の格好で授業を受けろだと!? 生徒たちやリリーシャにバレたら、私は……!」
「だ、大丈夫ですよ! 絶対にバレません!」
私は「多分……」と心の中で付け足した。
「アンディ・ビートン、覚えてろ……この借りは必ず……」
シャード先生はブツブツ言いながら、廊下を歩いて行った。途中、壁にぶつかっている。
「あわわ。シャード先生大丈夫かな……!」
私は先々を思って心配になるのだった。