第三話 グレンの言い分*
「グレン君……!」
敵かもしれない人物が目の前にいる。私の心拍数は早くなり、冷や汗が頬を伝う。
しかし、グレンはマイペースだった。アレクシス王子の前に連れられてきても飄々としている。
「あれ? 鳥居さん?」
グレンには私がここに居合わせていることが不可解だったらしい。言葉を無くしている私をそのままにアレクシス王子が訊いた。
「全部聞きました。香姫さんが妖魔に狙われていると、グレン君がジュリアス君に言ったそうですね」
私も頷いて、アレクシス王子の後に続ける。
「ジュリアス君が大怪我をしたのは、貴方のせいなの?」
「えっ? ええっ!? 大怪我!?」
グレンは素直に驚いていた。グレンはようやく自分の仕出かしたことに恐怖したようだ。顔が微かに強張った。
「シェイファーは助かったんですか?」
「助かったけど……!」
「ああ、良かった。寝覚めが悪くなるところだったよ」
すると、グレンは笑みを浮かべた。
カッと頭に血が上る。
「何なの、その言い方! もし、ジュリアス君の発見が遅かったら、死んでいたかもしれないんだよ!」
グレンの言動がいちいち癇に障る。何故そこで笑みを浮かべられる? グレンの言動が原因なのに、どういう神経しているんだ?
私の剣幕に驚いて、グレンは一歩後ずさりした。
「で、でも、情報に間違いはないはずなんだけど……」
「えっ……?」
今度は私が青ざめる番だった。
情報に間違いがないということは、私が妖魔に狙われていることになる。
「グレン、どうして香姫さんが狙われているんですか?」
「それは……。理由はよく分からないんですが。俺の情報網に引っ掛かったので……」
私は、顎に手をやって黙考した。どういうことなのだろう。可視した限りだと、妖魔は私の事なんか知らないと言っていた。
グレンの情報網に引っ掛かった? 誤報なのだろうか? それがもし真実だとしたら、どこからか私の事が漏れているのだろうか?
私はうっかり疑問を持ってグレンを見てしまった。そのため、グレンのハダカを可視してしまった。
ああ、何で私の目は!
思わず横を向くと、アレクシス王子のハダカが見える……。
ああ、もう!
正面を向くと、ウィンザーの筋肉隆々のハダカが見えた。大胸筋がピクピク動いている。
ううっ……。
私は目を瞑って、眉間を指でつまんで目を制御した。
百面相をしている私を、アレクシス王子が不思議そうに見ていた。私と目が合うと、アレクシス王子は目をそらした。
「分かりました。もう、戻っても構いませんよ」
「失礼します」
アレクシス王子がグレンに声をかける。グレンは安堵した様子で、一礼した。
「ウィンザー、グレンを送ってください」
「かしこまりました。可視編成!」
ウィンザーは、瞬間移動の魔法を使って、その場から姿を消した。
グレンが帰って私はホッと息を吐いた。まさか、アレクシス王子がグレンを呼ぶとは思わなかった。アレクシス王子は肝が据わっているのだろうか。
「それにしても、よくジュリアス君を発見できましたね」
「アレクシス様、危機一髪のところをバージル君が連れて来てくれたらしいです」
アレクシス王子の問いにはクレア先生が答えた。私も笑顔で頷く。
「そうなんです! バージル君が手助けしてくれたんです!」
バージルが居なかったら、きっとジュリアスは助からなかった。感謝してもしきれない。
アレクシス王子は嬉しそうに微笑んだ。
「バージルが? そうですか」
アレクシス王子は辺りを見回した。私も可視してみるが、バージルはこの部屋にはいない様子だった。
「この部屋にはいないようですけど……あの、バージル君は元気そうでした」
「そうですか。バージルも元気そうで安心しました。香姫さん。このまま、バージルから目を離さないでください」
「目を離すなと言われても……バージル君は、いつ出てくるのか分からないから……」
「今のままで構いません。どうやら、バージルは香姫さんが気に入ったみたいですから」
「は、はぁ……」
バージルが私の事を気に入った?
それで私を助けてくれるのだろうか?
何となく、幽霊に好かれたような複雑な気分だ。私が元居た世界にいた時は、幽霊が怖くて逃げ惑っていたというのに。
私が曖昧に浮かべていた笑みは、ふと思い浮かべた少年の顔で掻き消えた。
そうだ。元居た世界にいた時は、幽霊に怯えて、澄恋に守ってもらっていた――。
そうだ。澄恋だ。今頃、澄恋はどうしているだろう。誤解したまま帰ってしまった。
アレクシス王子がデータキューブでメッセージを送っていたが、私は魔法を使いこなせないから送ることができない。それに、澄恋のアドレスも知らない。
このまま、澄恋が私と疎遠になってファウラーと仲良くなってしまったら――。
泣きそうになりながら、私は頭を振った。
また、緑の風が吹いた。瞬間移動の魔法だ。顔を上げると、ウィンザーが帰ってきていた。
ウィンザーはアレクシス王子の前で跪いた。
「アレクシス様、グレンを送ってきました」
「ありがとう、ウィンザー。では、そろそろ私は戻ります」
私はハッと我に返った。
「アレクシス様! 私は狙われているんですよね! どうしたら……!」
「ふむ。そうですね……」
アレクシス王子は考える風を装った。
「では、私が毎日添い寝を」
「イヤです!」
即答すると、アレクシス王子が品よく笑った。
「冗談ですよ」
私はアレクシス王子に遊ばれてばかりだ。げんなりしていると、彼が続けた。
「しばらくの間医務室で寝泊まりしてはどうですか? 先生方の目のよく届く範囲で」
「アレクシス様、かしこまりました」
クレア先生がお辞儀している。先生たちに守ってもらえるなら安心だ。私は元気を取り戻した。
「アレクシス様、ありがとうございます」
「こちらこそですね」
私が魔法で失敗したぬいぐるみのような残骸を、アレクシス王子は手に持って微笑んでいる。そんな気は全くなかったのだけど。アレクシス王子の機嫌がよくなって助かった。
私は愛想笑いを浮かべて、アレクシス王子が瞬間移動の魔法で帰って行くのを見守っていた。
そして、私はあることに気が付いた。
「あ、ジュリアス君!」
「……」
私がベッドの方に駆けよると、切なそうな目で見つめられてしまった。
「うっ……」
ジュリアスは、アレクシス王子に魔法をかけられて痺れたままだった。
「ごめん、忘れていたわけじゃないの」
笑顔を繕いながらも、完全に忘れていたことは内緒だ。
すぐにクレア先生が治癒して事なきを得たのだった。




