第二話 アレクシス襲来*
アレクシス王子は、慈愛に満ちた表情で私に微笑みかけた。民衆が彼の笑みに陶酔しそうだが、正体が分かっている私には極悪人の上っ面にしか見えない。
尻餅をついた格好で睨んでいる私に、アレクシス王子が近寄ってきた。
「どうしたのですか、香姫さん」
私は尻餅をついた格好で、後ずさりする。
「アレクシス様……! 何しに来たんですか!」
アレクシス王子は、「おや?」という風に瞬きした。そして、膝を折って紳士的に手を差し伸べてくる。
「何しにって、ご挨拶ですね。私はただ、ジュリアス君が大怪我をしたと聞いて――」
「トドメを刺しに来たのね!?」
私は、彼が差し伸べてきた手を勢いよく払い除けた。
「え……?」
「そうはさせないんだから!」
私は自分の力で起き上がる。
アレクシス王子は不思議そうにそれをじっと目で追っていた。
「香姫さん、あの」
ついて行けないアレクシス王子を、私は仇のような目で睨んだ。
そして、ビシッと指をさす。
「あんたなんか、見せかけ倒しの腹黒王子のくせにっっっ!」
「……」
アレクシス王子の口元は笑っているが、目が半眼になっていた。
私とアレクシス王子が距離を縮めずに対峙していると、ベッドの方から間仕切りのカーテンが開く音がした。
「香姫さん!?」
私はハッとして奥のベッドの方を振り返る。満身創痍のジュリアスが、ベッドから起き上がろうとしていた。
「ジュリアス君、出てきちゃダメ!」
私は手を横にふって、ジュリアスを制止する。
だが、アレクシス王子を見つけた途端、ジュリアスの表情が険しくなった。私にアレクシス王子の魔の手が迫っていると、ジュリアスは焦燥したのかもしれない。
彼は険しい表情のまま叫んだ。
「香姫さんから離れろ! この美しいだけのゴ〇ブリ王子が!」
毒を吐いたジュリアスの声が医務室の中にこだました。
アレクシス王子の目がうつろになった。
「フフフ……可視言霊」
緑の光を浴びたジュリアスは「ぐふっ」と言って、ベッドの上に倒れてしまった。
「ああっ、ジュリアス君! ジュリアス君に何したのよ!」
私は何もできなくて涙目だ。アレクシス王子の笑みが悦に染まる。
「痺れてもらいました。見せかけ倒しの腹黒王子? 美しいだけのゴ〇ブリ王子? フフフ……とても面白いです。八つ裂きにして差し上げましょうか?」
「可視編成!」
戦慄した私は、とっさにアレクシスへ呪文を唱えていた。呪文を唱える時にイメージすると、それが形になって現れるのがこの魔法の特徴だ。私は、怖い魔獣をイメージした。ずっと前にアントニア・ボール先生が捕まえてきたアウルベアを。
「可愛いですね、私へのプレゼントですか?」
だが、その魔法はヘンテコなぬいぐるみを繰り出し、あっさりとアレクシス王子の手中に納まった。
私は、その場に膝をついて、ガクリとうなだれた。
「ううっ……こんな時もちゃんと魔法が使えないだなんてっ!」
自分への怒りを拳で床にぶつける私に、アレクシス王子が私を覗き込んだ。手に、ヘンテコなぬいぐるみを持って。
「香姫さん」
「っ!」
私は逃げようとしたが、アレクシス王子のもう片方の手によって捕えられてしまう。
「何か、誤解しているようですが、私はジュリアス君が怪我をしたと聞いたので、お見舞いを兼ねて様子を見に来ただけですよ?」
「えっ……? ジュリアス君を葬りに来たわけじゃないの……?」
「はい、そうです。ただのお見舞いです」
私は安堵するやら、どっと力が抜けるやらだ。アレクシス王子の機嫌はすっかり良くなっている。どうやら、私が攻撃として出したぬいぐるみが功を奏したらしい。すっかり、私からのプレゼントだと思っている。
「その様子から察するに、何か事件があったようですね」
素直に話していいのだろうか。
私が躊躇していると、クレア先生が横から口を出した。
「ちゃんと話した方が良いわ。アレクシス様は協力してくださるはずだから」
「は、はい」
クレア先生が言うのだから間違いないはずだ。
「実は、グレン君が私が狙われていると言って、ジュリアス君に嘘の情報を教えたらしくて……だから、ジュリアス君は大怪我をして。グレン君はアレクシス様の息のかかった臣下であるから、アレクシス様が黒幕だと……」
アレクシス王子は、嘆息した。
「私が黒幕なはずがないでしょう」
「すみません……」
でも、普段疑われるようなことをする方がおかしい。
「それにしても、グレンが……? 変ですね。グレンは信用できる臣下です。それは間違いないはず……」
アレクシス王子が珍しく笑みを消して唸っている。
「じゃあどうしてですか? グレン君が裏切ったんですか?」
「可視言霊」
アレクシス王子はデータキューブを開いて、何やら操作をしている。
「不可視言霊」
そして、さっさとデータキューブを閉じてしまった。
一体……?
「データキューブで何したんですか?」
「グレンを呼びました」
アレクシス王子はしれっとして、あっさりとのたまった。
あまりにそのセリフが淡泊だったものだから、呑みこむのに時間がかかった。
えっと、グレンを呼んだ?
「え、ええっ!? グレン君を呼んだ!?」
敵かもしれないのに、何で呼ぶんだ!
文句を言う前に、緑の風が巻き起こった。これは瞬間移動の魔法だ。
「お呼びでしょうか。アレクシス様」
私の目の前に現れたのは、ウィンザーに連れられて来たグレンの姿だった。