第十四話 第二部二章完結 蘇生
「ば、バージル君……?」
恐る恐る彼に近寄った。すると、すぐに異変に気づいた。
バージルの服が汚れている。魔法灯の光では色あせて見える。
だが、魔法灯の加減で色が分かり、私は眩暈を覚えた。
バージルの服を汚しているもの――それは、鮮血だ。
「血……!? バージル君、怪我を!?」
私は、バージルの手に触れようとしたが、彼に止められてしまった。
『大丈夫だ。俺様の血じゃない』
「えっ!? もしかしてその血ってジュリアス君の!?」
嫌な予感を否定してほしかったが、バージルは頷いた。
『ああ、ジュリアスの血だ。でも、安心しろ。医務室に運んだから大丈夫だ。クレア先生が仲間の治癒人を呼んで治療している――っておい!』
私は、バージルの話を最後まで聞かず、医務室に向かって走り出していた。
外はもう真っ暗になっている。シンと静まっていて、私の忙しない足音だけが反響して響いている。
「えっ!?」
その音が急に二重になった。誰かが私を追い掛けているのだ。恐怖して私の足はさらに加速する。だが、私を追い掛けるその足音も速くなった。
食堂の近くの廊下を通ったとき、私は腕を引っ張られた。
「っ!?」
私は身構えたが、それがすぐに取り越し苦労であることに気づいた。
「香姫? 急いでどこ行くんだよ」
「す、澄恋君……!」
心臓がバクバクと鳴っている。敵かと思ったのだ。妖魔の賞金首が、私を狙いに来たのだと。
何も知らない澄恋は、そんな私を見て微笑んでいる。
「休暇が取れたから、やっと香姫と一緒にマジックショップに行けるよ。その事を知らせに――」
普段なら嬉しい知らせだった。けれども、私の心は既に医務室に向かっている。
「ゴメン! 私は予定があるから!」
しきりに医務室の方を見ていると、澄恋が訝しんだ。
「予定って……もしかして、ジュリアスと……?」
私は電撃を打たれたように硬直した。
すると、澄恋は半眼になって、一気に不機嫌になった。
「何、その反応……。いつの間にそんなにジュリアスと仲良くなったわけ?」
それでも私は、医務室の方を気にしていた。澄恋は私の態度が気に入らなかったようだ。
「あっそう。他の人と行こうかな~」
次にカチンと来たのは私の方だった。私は、澄恋が掴んでいる私の手を、思い切り振り払った。
「行けば!」
予告なしの私の大声に、近くで聞いていた澄恋は仰け反った。私は怒気に染まった顔を突き付けるようにして再び怒鳴る。
「頭なでなでしてたファウラーさんと行けばいいでしょ!」
すると、澄恋は吃驚したように目を瞬いた。
「えっ? 香姫見て――」
「澄恋君なんて知らないッッッ!」
渾身の限り大声で澄恋を間近で怒鳴ると、彼は耳を押さえていた。
気が済んだ私は、医務室に向かって走り出した。
「アイツ……」
澄恋はそんな私を見ていたが、追いかけてくることはなかった。今言い争っても無駄だと悟ったのかもしれない。
医務室の前まで走って来ると、部屋には明かりがついていた。ドアは閉め切られていて、廊下は静かなものだ。
私は呼吸を整える。そして、ドアを恐る恐る開ける。
「失礼します」
医務室の中に足を踏み入れるが、今日はいつもよりも消毒液臭い気がした。
丁度その時、ベッドのカーテンを開けて人がぞろぞろと出てきたので、私の心臓はキュッとすくみ上った。その最後尾にクレア先生を見つけた。クレア先生はベッドの間仕切りのカーテンを閉めている。
「じゃあね、クレア」
「またね」
「うん、ありがとね」
治癒人たちはクレア先生の知り合いなのだろう。穏やかに挨拶して手を振っている。
そして、治癒人らしき人たちは瞬間移動の魔法で帰って行った。緑の風がサアッと巻き起こって、カーテンを揺らしていた。
そして、部屋の中にはクレア先生と私だけになった。
「ああ、鳥居……」
クレア先生が、やっと私に気づいた。手術で使うようなぴっちりとした手袋を脱いでいた。
「クレア先生、ジュリアス君は……!」
クレア先生は白衣を椅子の背にかけた。かろうじて括っていた髪の毛を解いて、頭を振っている。
「ああ、シェイファーは大丈夫よ」
「本当ですか!」
「嘘ついてどうするのよ」
「良かった~!」
クレア先生は一息入れるように、椅子に座った。魔法びんからお茶をマグカップに注いでいる。
「かなり、危ない状態だったけどね。でも、誰かが瞬間移動の魔法で彼を連れて来たらしくて」
「バージル君です。私が頼んで、バージル君に連れて来てもらったんです!」
「そうだったの……!」
「ジュリアス君は、大丈夫だったんですよね?」
一旦は安堵したものの、心配で私はそわそわしている。そんな私に気づいて、クレア先生は笑みを浮かべている。
「ええ。命に別状はないわ」
「ジュリアス君のお見舞いしても良いですか!」
「ええ」
クレア先生の許可が下りると、繋がれた紐から解放された犬のように、ベッドに直行した。
間仕切りのカーテンの前で躊躇するが、決心してそろりとそれを開ける。シャッという音がして、水色のカーテンは簡単に開いた。
私はゆっくりと、頭の方に歩いて行く。
すると、ジュリアスがベッドの上で仰向けになって目を閉じていた。一回り痩せたようなジュリアスに心が苛んだ。
手を口に翳してみる。手に湿った吐息がかかった。呼吸はちゃんとしているようだ。
私は胸をなでおろした。
「えっ……?」
しかし、すぐに血の匂いを感じて、辺りを見回した。着替えを入れるかごに、血のついているシーツと服が入れられてある。目線を下に戻せば、ゴミ箱に血の付いた脱脂綿やガーゼが捨てられてあった。
「っ……!」
ただのかすり傷ではないことは、鈍い私でもすぐに理解した。
「う……」
「っ!?」
ジュリアスが身じろぎしたので、私は吃驚した。
「あれ……? 香姫さん……?」
「ジュリアス君!」
暢気そうな間の外れたような声の調子だった。
いつもの朝のように、ジュリアスは目を覚ました。
「どうしたの、そんな顔をして……?」
ジュリアスは弱弱しいながらも笑っている。
ジュリアスは布団の下から手を伸ばして、私の手を握った。少し冷たいジュリアスの手は確かに生きている。
感極まって、私の目から涙がポロポロと零れ落ちた。
「もう会えないかと思った! 手遅れになってしまうって思っ……!」
「香姫さんが助けてくれたんでしょ? だから大丈夫だよ?」
「違うの……! ゴメンね、ジュリアス君! 気づけなくて、ゴメンね!」
私は、その場に突っ立って、大泣きした。
ジュリアスは、温かな眼差しで私を見て、慈しむように微笑んでいた。
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┃第┃┃二┃┃部┃┃二┃┃章┃┃完┃┃結┃┃!┃
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◆◇◆――……第二部三章に続く……!――◆◇◆