第十一話 ジュリアスVSクェンティン
「静かに!」
シャード先生が一喝すると、教室はまた厳かな空気を取り戻した。
「ジュリアス・シェイファー。異論があるようだな、答えなさい」
「その場の空気の残留思念を使うのは無理です。歴代の可視使いたちが、その場の空気の残留思念を捕えて可視編成を行ったことはありません。何故か? できないからです」
ジュリアスが断言すると、その答えを聞いたクェンティンは、気色ばんで手を上げた。
「はい!」
「ノースブルッグ、答えなさい」
「できるはずです! 空気だって、残留思念を含みます!」
「はい」
またしても、ジュリアスの手が上がった。
「シェイファー、答えなさい」
「空気は流動します。残留思念が留まりません。それどころか、複数の残留思念が混合してしまいます。その空気を捕えて可視編成を行うことなど可視使いでも出来ません」
「くそっ!」
ジュリアスに反論できなかったクェンティンは、悔しそうに机を拳で叩いた。私は、クェンティンを気の毒に思った。
隣では、涼しい顔をしたジュリアスが、開いたデータキューブをフリックしている。少々この少年を侮っていたかもしれない。彼はこんなにも頭が良いのか。厄介な相手に目を付けられたのかもしれない。私は憂鬱になっていた。
丁度、チャイムが鳴った。一限目の授業はこれで終わりなのだろう。シャード先生がちらりと壁の時計を見た。
「よろしい、正解だ。シェイファーの解説通りなので、データキューブに記入しておくように。課題は、問題集のデータの二十ページから三十七ページまで。提出は来週で良いから、試験をがんばりなさい」
試験の予告を聞いた生徒たちは、嫌そうな声を上げた。私も気持ちは彼らと同じだ。データキューブの開閉もまともにできないのに……。試験に課題か。どちらも、今の私ではままならない。胃が痛くなりそうだった。
「それから、シェイファーはローランドの課題を手伝ってあげなさい」
「えっ!?」
「どうした? ローランドは、記憶喪失だから一人で解くことは困難だろう?」
確かにそうだけど、ジュリアスと二人で……?
戸惑って何事か言おうと考えていた私の素振りを、シャード先生は肯定ととったらしい。
そのまま視線を、ジュリアスに向けた。
「シェイファー、分かったな?」
「はい、シャード先生」
ジュリアスがそれを引き受けると、教室はまたざわめきはじめる。
「では、授業を終わる」
号令がかかると、気まずい休み時間が始まった。クラスメイトは、私の事を気遣わしげに遠巻きに見ている。
ジュリアスはジュリアスで、女子から熱い視線を集めていた。どうやら先ほどの授業で活躍したことで、女子たちのハートを射止めてしまったらしい。けれども、彼は近寄りがたいオーラを発していたので、女子が話しかける余裕を作らせなかった。
私は、データキューブを片付けながら、気付かれないようにため息を吐いた。
黒板には、授業の片鱗が残っているが、私はデータキューブに記入していない。魔法を使えないので、それを開けることもままならないのだから。
しかし、データキューブに記入できないからと言って、いつまでもこの教室にいるわけにはいかないようだ。クラスメイト達は次の授業に向かうため、教室を出て行っている。
私も早く行こう。気持ちを奮い立たせて、椅子から立ち上がった時だった。
「リリーシャ!」
「……クェンティン君」
リリーシャの彼氏が、私の前に立ちふさがった。教室には、ほとんど人が残っていない。クェンティンはわざとここに留まって、この好機を窺っていたのかもしれない。
私の隣では、ジュリアスがデータキューブを閉じて、立ち上がったところだった。
ジュリアスはちらりとこちらを見たが、クェンティン君が彼を睨んだ。どうやら、クェンティンはジュリアスの事を恋敵として認識したようだ。それも突き詰めると、人違いで勘違いなのだが……。
ジュリアス君は「やれやれ」という風に肩をすくめると、そのまま教室を出て行ってしまった。
二人きりにされてしまい、気まずさも倍増だ。医務室では、クェンティンに待つようにお願いして、結局戻らなかったのだから。それでも、クェンティンは私に対して気遣わしかった。人格者なのか。それともリリーシャの事を本当に愛しているのか。
「記憶喪失って本当なのか? 俺との思い出も、付き合っていたことまで全部忘れちゃったのかよ?」
クェンティンが悲痛な声で訴えてきた。やっとクェンティンに私が記憶喪失なことが伝わったようだ。話がやっと進められる。私は、そのことに安堵して頷いた。
「うん……ごめん」
「じゃあ、俺と付き合って今までの時間を取り戻そう?」




