第十話 ジュリアス欠席
私は、アレクシス様のご配慮で、昼頃まで魔法学校を休むことを許可された。思う存分惰眠をむさぼった私は、大きい顔をしてファルコン組の教室に顔を出したのだ。
ドアを開けた私に一番早く気づいたのは、ファウラーだった。何か企んでいるような目をしながら、楽しそうに私の方に近寄ってきた。
「あらぁ? 私、てっきりジュリアス君と一緒に香姫さんがさぼってデートしているんだと思ったのに」
ひとの神経を優しく逆なでするようなファウラーの口調に私はカチンときた。
「なんでそうなるのよ! って、えっ? ジュリアス君、欠席なの?」
ファウラーはリリーシャとクェンティンが近寄ってきたせいで、フンと鼻を鳴らして元の席に帰って行った。
「そういうことね! 私も、香姫とさぼっているんだと思っていたわ!」
「ううっ……。リリーシャさんまで」
リリーシャまでそんなふうに見ていたのか。異性で友達というのは難しいものなのだろうか。でも、気になるのはジュリアスの容態だ。
「クェンティン君。ジュリアス君のお見舞いに行ってもいいかな?」
「寮には異性が入ることは禁じられているから、多分無理かな?」
魔法学校の寮にはそういう校則がある。多分、不純性交友の云々で、面倒なことにならないための校則なのだろう。
残念な気持ちが顔に出ていたのだろう。クェンティンが微笑んだ。
「言伝があるなら、僕が伝えてあげるよ」
「う、うん! ありがとう!」
私は、メモ帳を取り出すと、走り書きして四つ折りにした。そして、クェンティンに手渡したのだった。
その間、ファウラーは自分の席で、イザベラと気持ちよさそうに談笑していた。
「デメトリアさん、お聞きになりまして? アレクシス様が毒殺されそうになっているらしいですわね」
「痴情のもつれか何かじゃない? ああいう人って、裏でアクドイことやっていそうよね」
ファウラーがアレクシス王子の悪口を延々と大きな声で語るのを、うんざりしながら聞いていた。大声だったので否応無しに容赦なく耳に滑り込んでくる。確かに、アレクシス王子は確かにアクドイ事をやっていそうだから、何も反論することはなかったが。
私にしてみれば、ファウラーの方が得体がしれない。ファウラーの事を可視したかったが、彼女のハダカなんて見たくない。私は考えないようにして、次の授業の用意をするのだった。
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放課後の事だった。クェンティンが私の席の方にやってきた。リリーシャ同伴ではないことを珍しく思っていた。だが、クェンティンがいきなり私の前で手をぱちんと合わせた。
「香姫、ゴメン!」
「えっ? 何が?」
「俺、放課後リリーシャとデートの約束ができたから、シェイファーの様子を見に行けなくなったんだ!」
「えっ、そうなの?」
「リリーシャああだから、一緒に来るっていうんだよ。女人禁制なのに」
リリーシャは戦車のような人だ。そのまま、クェンティンに頼むのも酷な気がする。私は了承して、他の人に頼むと言おうとした。だが。
「だから、ガーサイドに代役を頼んでおいたから!」
「ええっ、ガーサイド君に!?」
また、面倒な人に代役を――。
後ろで、咳払いする声が聞こえた。
『ジュリアス君へ。風邪なのかな。大丈夫? ノートはとっておくから、早く良くなってね! 香姫』
ガーサイドの声色に私は鳥肌が立ちそうになった。語尾にハートマークを付けてそうな彼の音読に恐怖した。残っているクラスメイト達から、ヒューヒューと冷やかされた。クェンティンはすまなそうな表情で笑っている。
「よ、読まないでよ!」
私はガーサイドからメモを取り上げようとしたが、彼の反射の良さには敵わない。サッと避けられて、ポケットの中に仕舞われてしまった。そして、ガーサイドは自分の胸をドンと叩いた。
「鳥居! 俺に任せておけ! しっかりと、鳥居のアツイメッセージを届けておくからなぁ!」
「ええっ!?」
そして私の有無を聞かずに、教室から飛び出して行った。私はガーサイドを追い掛けて教室の外へ飛び出した。
「くれぐれも、余計なことを言わないでね!」
廊下を駆けて行くガーサイドに声を張り上げたが、あっという間に姿が見えなくなってしまった。教室に恐る恐る戻る。
ファウラーにまた、嫌味を言われるのかと思った。だが、ファウラーもイザベラも帰った後だった。私は安堵して、帰り支度をし始めた。
ふと、視線を感じて顔を上げる。すると、ジェイク・グレンが席に座っている私を見下ろしていた。ファウラーと喋っていたり、ジュリアスと喋っていたり、アヤシイグレンだ。
「な、何?」
「お前は暢気で良いなと思ってな。今、素晴らしいことが起こっていることも、きっと何も知らないんだろうな」
何だろう。嫌味なの? 謎かけなの?
私はムッとしてグレンを見つめ返した。しかし、グレンの深い青色の瞳からは何も回答が得られなかった。そのまま、会話するでもなく、グレンは荷物を持って帰ってしまった。