第七話 アトリーのお願い
食堂の外に連れ出したものの、アトリー軍警特別第二官の声は馬鹿デカい。どこで話しても、その声と姿のせいで、生徒たちの視線が集まってしまう。なので、私は「宮殿で聞きますから!」と言って、アトリー軍警特別第二官を急かして瞬間移動を使わせた。
風が私たちをさらって、吹き荒れる。
風が治まった後、目を開けると風景が宮殿の装いに変わっていた。どうやら瞬間移動は成功したようだ。
今回瞬間移動で降り立ったのは、アレクシスの部屋ではなかった。初めてアトリー軍警特別第二官と出会った、階段下の広い廊下だった。赤いじゅうたんが敷かれており、その上を慌ただしく侍女や軍警官たちが行き来している。
私は、今回また呼ばれたのも、どうせアレクシス王子の事なのだろうと決めてかかっていた。
「実は、香姫殿に来ていただいたのは、ホンモノのティーカップがどこにあるのか推理してほしいのだよ!」
宮殿に到着した途端、彼は神に祈るように懇願してきた。
私の推理は大当たりだったわけだ。しかし――。
「えっ? あの侍女さん自白しなかったんですか!?」
驚いていると、アトリー軍警特別第二官は頭を振った。
「罪は認めた。けれども、肝心なホンモノのティーカップはどこにあるのか一向に口を割らない……。しかも、アレクシス様が飲まれた毒は新毒らしいのだ。毒の成分が分からなければ、解毒剤が作れない」
解毒剤をまだ作っていない!?
「えっ!? じゃあ、アレクシス様はまだ危険な状態ってこと!?」
「まだ、死の淵をさまよっておられる! 超危険な状態だ!」
まだ事態は全然進展していなかった。
私はてっきりアレクシス王子が元気になって、あの人当たりの良い態度で、何かふてぶてしいことをのたまってくると思っていたのに。
このままアレクシス王子が崩御したら、借金帳消しにならないどころか、死ぬ直前に無理難題をふっかけられそうだ。アレクシス王子の事だから、やりかねない。
私はゾッとして震えた。
「分かりました! じゃあ、ニセモノのティーカップを貸してください」
「それをどうする?」
「そこから推理するのです!」
「なるほど! 流石、超名探偵は違うな!」
アトリー軍警特別第二官は、あっさりと私の答えを信じた。もしかしたら、アトリー軍警特別第二官は事件が進展しなくて、二進も三進も行かなくなっているのではないか。この事件はアレクシス王子の死までというタイムリミットがある。間に合わなければ、責任を取ることになるのかもしれない。だから、藁にでもすがる思いで私に託しているのだろう。
軍警官の一人がティーカップを持ってきた。ニセモノの毒が入っていたティーカップだ。私はぶかぶかの白い手袋をつけてそれを持つ。
そして、可視した。
残留思念がまるで録画した映像のように巻き戻る。侍女が毒を入れたティーカップをすり替えたところまで可視した。
アレクシス王子が倒れて皆が彼にかかりきりになっている間のことだ。その隙を見て、その侍女は新毒の入ったティーカップを暗黒毒の入ったティーカップとすり替えた。
そして、その二つのお団子頭の侍女は三つ編み姿の侍女にそれを渡した……!?
犯人は二人いた!?
「彼女には共犯がいます!」
「どうしてわかる?」
「ティーカップには解毒剤を飲むと毒が強まるニセモノの毒の入ったティーカップと、ホンモノの毒の入ったティーカップがあります。潤滑にそれをすり替えて隠すには、その場にいた一人以上の侍女の協力がなくては事を成せません。共犯がいると考えた方がごく自然です」
「なるほど。それは分かったが、隠した?」
「そうです! 彼女は証拠品を宮殿内に隠しています!」
「しかし、宮殿内は既に捜索済みだ。ゴミまで懇切丁寧に調べたのだ。どこにも証拠品は――」
「では、宮殿の外はお調べになりましたか?」
証拠品のティーカップを軍警官に返して、私は廊下を辿っていく。私の後ろを軍警官がぞろぞろとくっついてくる。
私は廊下を辿りながら、可視し続けていた。人が行き来する廊下に、僅かに残る残留思念を追っていく。
そのせいで、私はかなり疲労していた。しかし、何故疲れているのかをアトリー軍警特別第二官達に気づかれてはならない。
しかし、苦労して可視したおかげで、新毒の入ったティーカップがどこに隠されたのかも発見した。
私は、名探偵のようにあごに手をやって考えるふりを装った。
しかし、それでは推理にならない。私が可視していることが軍警官に知られてしまうだけだ。
頭をひねって考える。どうすれば皆に可視したことに気づかれずに、推理だと思わせる事ができるか。暫く唸りながら考え抜いた末に、ピンとひらめいて手を叩いた。
「分かりました!」
「おお! ホンモノのティーカップを見つけたのだな!?」
振り返ると、アトリー軍警特別第二官は目を輝かせていた。
「はい! ティーカップをどこに隠したのかもバッチリ見つけました! 完璧です!」
「それで、それはどこに?」
私はにっこりと微笑んだ。
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その日、宮殿の中では軍警官がホンモノのティーカップ、つまり証拠品を発見したというウワサで持ち切りになった。
「軍警官のアトリーさんが証拠品を見つけたって大騒ぎよ!」
「じゃあ、解毒薬作れるのかな」
「きっとそうよ。アレクシス様ももうすぐ助かるわね!」
噂話の一端を聴いて、青ざめている侍女がいた。三つ編み姿の侍女だ。
「ちょっと、これをお願い!」
彼女は洗濯を他の侍女に任せると走った。そして、裏の林に入った。辺りを確かめると、木の根もとを掘る。そして、ティーカップがあることを確かめる。侍女は安堵した様子で、ほうっと嘆息した。けれど、足音に気づいて彼女は顔を上げた。
アトリー軍警特別第二官が、にこにこしてその侍女を見ていた。
「そこで何をしている?」
「こ、これは、あの……!」
侍女は顔面蒼白になって、見るのも可哀想なぐらいガタガタと震えている。
アトリー軍警特別第二官の顔がだまし絵のように、がらりと笑みから怒りに変化した。
「確保ぉおおおおお!」
アトリー軍警特別第二官の声に応えるように、部下の軍警官はその侍女に飛び掛かった。
つまりは、噂を流し、犯人をおびき寄せて、捕まえたというわけだ。
「見つかったというウワサを流し、宮殿の外に出たものを徹底的にマークする。流石は、超名探偵の香姫殿だ」
「ふぅ。うまく行って良かった! 変に警戒されたら、取り逃がすところでした!」
「またまた、ご謙遜を! では、ご協力感謝致しますぞ!」
これで、アレクシス王子の解毒剤が作れる。
私は木陰からそっとそれを見守ると、額の汗をぬぐったのだった。




