第六話 大食堂で朝食を*
翌朝、私は食堂に直行した。
昨日は、ウィンザーに女子寮まで送ってもらった。しかし、夜の八時を過ぎていたので、食堂は閉まっていた。晩御飯を食いそびれてしまったのだ。
そう言うわけで、今朝の朝ご飯は豪華に決めた。こってりしたスパイスの効いたスープに、ひき肉と野菜の団子を野菜で巻いたクリーム煮。ペンネのような麺にトマトのようなソースがかかったパスタ。鳥肉の香草焼き。そして、いろんな形の一口サイズのパイ生地のようなパン。一食抜いたせいか、その分朝食が美味しく感じた。私は夢中で皿の料理を平らげていった。
私が食べれる幸せを感じていると、私の前の席にプレートが置かれた。コーヒーのような嗜好品に、ドライフルーツを練り込んだパン。そして、野菜をすりつぶした様なオレンジ色のスープ。それらがプレートの上に乗っかっていた。
私と相席しようとしているのは誰なのか。
スープを飲みながら顔を上げると、ジュリアスが微笑んでいた。
「あ、ジュリアス君、おはよう!」
空腹に耐えられず、そのままスープを飲む。マイペースな私をジュリアスは面白そうに笑っていた。
「香姫さん、おはよう。朝から元気そうだね?」
「一食抜いたから、おなかペコペコなの」
ジュリアス・シェイファーとジェイク・グレンの問題を、私はすっかり忘れていた。結局、可視することもできずじまいだ。
しかし、ジュリアスが私と相席しようとしているのだから、私の事は悪く思っていないらしい。グレンと話していたのは、悪口ではないということか。
じゃあ、一体何を……?
私は、ジュリアスが、私の前の席に座るのを見守った。
パンをちぎって自分の口に放り込む。
「ジュリアス君、昨日はグレン君と何を話していたの?」
ジュリアスもその事を忘れていたのだろうか。顔が少し強張った。
「まさか! 大したことじゃないよ。くだらないことかな?」
そう言って微笑んだ後、ジュリアスはマグカップを傾けた。
「ふーん……」
くだらないことで、そんなにコソコソ話すだろうか。私はじっとジュリアスを見つめる。沈黙していたので、周りの賑やかな話し声が際立った。
ジュリアスは、パンをちぎって、それからやっと私がそちらを窺っていることに気づいたようだ。目を泳がせてから、意を決したように言った。
「……香姫さん。最近、周辺で変わったことない?」
「えっ、何で知ってるの?」
キョトンとした私に、ジュリアスも驚きを露わにした。
何故か、ジュリアスの様子がおかしい。
ジュリアスは、瞠目した眼を瞬いた。
「えっ? 何かあったの?」
私は、周りを窺った。朝食を摂っている生徒たちはこちらに目もくれず、会話と食事を楽しんでいる。私とジュリアスの会話を聴いているような素振りはない。
それでも私は小声になった。ジュリアスがやっと聞き取れるような、声の大きさに声を潜める。
「実は、アレクシス様が倒れて、私がその犯人捜しをしなくちゃならなくて」
「犯人は見つかったの?」
「バッチリ!」
「それは良かった! 他には変わったことはない?」
「別にないけど……」
「ホント?」
「う、うん……」
身を乗り出して訊いていたジュリアスは、安堵したように背もたれにもたれた。
私は眉をひそめた。何か変だ。何か隠している……?
疑問を持ちながら、スープをすする。
私は、疑問を持つと可視してしまう性質だ。しかし、疑問を持って人を見るとハダカを可視してしまう。
今回も、うっかりジュリアスのハダカを可視してしまうところだった。
けれども。
「ここの料理はやはり美味いな!」
「っ!?」
馬鹿でかい声に私は、何気なく視線を向けていた。
隣を見て、私は思いっきりむせた。
ラザラス・アトリー軍警特別第二官が、私の隣のテーブルで朝食をとっていたのだ。しかも、大勢の部下が彼の後ろで頭を下げて待機している。
お前は王様か! とツッコミを入れたくなるような振る舞いに唖然となった。
私は呼吸を整えたが、隣の仰々しい幻は消えなかった。
いつの間に、アトリー軍警特別第二官は私の隣のテーブルを陣取ったのだろう。確か、先ほど見渡した時にはその片鱗も感じなかったのに。
止めとけばいいのに、隣を凝視して尋ねてしまった。
「あ……あ……アトリーさん……!?」
「おお、香姫殿! 実は貴殿に用があってな!」
アトリー軍警特別第二官の声は私の二倍はあった。良く通る声でしかも軍警官の格好で、私に声をかけてきたものだから、私は一気に注目の的になった。戸惑いの声が、テーブルの各所から聞こえてくる。
それは、ジュリアスも同じだったらしい。
「香姫さん、すごい方とお知り合いなんだね……?」
「う、うん。まあ……あはは……!」
興味津々という具合で、私とアトリー軍警特別第二官を交互に見ている。
そりゃそうだ。軍警官だけでも注目されてしまうのに、アトリー軍警特別第二官は私と同い年の十六歳だ。そんな事例なんて聞いたことがない。
「香姫殿! 実は、アレク――」
それだけじゃなく、彼は私とアレクシスが知り合いだということまで大声で言おうとした。このままじゃ、学校中の有名人になってしまう。私は可視使いだから、目立つことは命取りになってしまうのだ。
「アトリーさん! ちょっと良いですかぁ!」
好奇の目にさらされることに耐えられず、私は唖然としているジュリアスをそのままに、アトリー軍警特別第二官を食堂の外に連れ出したのだった。




