第四話 アレクシスのお願い2*
「こちらです。お入りください」
侍女がドアを開けて、私たちを部屋の中へ促した。
いつも通りのアレクシスの部屋だが、今日に限っては慌ただしさを増している。白衣を着た者たちが、入れ代わり立ち代わり、可視編成などの呪文をアレクシスにかけている。可視言霊の声も聞こえることから、王の血を引く者も治癒に協力していることがうかがえる。
殺しても死ななそうなアレクシス王子が死の床にいるのが信じられない。私は焦燥感を覚え、近くの白衣を着た者に尋ねた。
「アレクシス様のご容体は……?」
「現在、治癒人たちが、アレクシス様を清めているのですが、どうやら病気の類ではないようですね。急にご容体が悪くなられた。毒かもしれません。それも、新毒の可能性が高く、呪文があまり効かないのです」
「そんな……!」
アレクシス王子が死んで居なくなることに、私は一抹の寂しさを覚えた。寂しさで胸が締め付けられるような……。
アレクシス王子は確かに酷い人だった。
私をリリーシャと同化させて、異世界に引っ張ってきた。そして、私を利用するだけ利用した。その挙句、借金を私に背負わせて――。
「フッ」
いつの間にか、胸の締め付けから解放されていた。代わりに感じるこの清々しさは何だろう。
親愛なるアレクシス王子。安らかにお眠り下さい。
私がこっそりと黙とうをささげようとしたとき、アレクシス王子のベッドで看護をしている者たちの悲鳴が上がった。
げげっ。まさか、私の心の声が聞こえたんじゃ……。
私がおっかなびっくりしていると、アレクシス王子が、天蓋付きのベッドのレースのカーテンをめくって出てきた。看護人はアレクシス王子を支えようとした。しかし、アレクシス王子は手を跳ね除けた。
そして、天蓋付きのベッドの柱に幽霊のごとく爪を立てて、かじりついていた。
アレクシス王子は、カッと目を開いた。
「ラザラスぅうううううううううう!」
ぎゃああああああああああ! 出たァ!
私は恐怖して、ウィンザーの後ろに隠れた。
目の下にクマを作って、髪はぼさぼさ。そして、荒い呼吸をしている姿は、まるで悪霊のよう。
「あ、アレクシス様、ご無理されては……!」
名指しされたラザラス・アトリー軍警特別第二官も恐怖しているように見受けられた。こんな悪霊に憑りつかれたら、地獄まで引っ張って行かれそうだ。
アレクシス王子は粗い息を呑みこんで、再び荒い息を吐き始めた。
「ウィンザーを牢に入れるとお聞きしましたが……!」
「え、ええ、彼が一番怪しいので……」
アトリー軍警特別第二官は、アレクシス王子の悪霊のような迫力に、逃げ腰になっている。
その時、アレクシス王子はプールの第二コースから飛び込むようにビタン!と倒れた。
「ヒッ!?」
看護人たちが悲鳴を上げたが、誰も助けに行く様子はない。アレクシス王子が怖すぎるからだ。息を呑む音が聞こえる。
トラックに敷かれて死んだカエルのようなアレクシスを私たちは見守った。
アレクシス王子はそれから、貞子のように起き上がる。そして、貞子のように恐るべき速さで這って行き、ラザラス・アトリー軍警特別第二官の足を捕まえた。
「ヒィイイイイイイイ……!」
アトリー軍警特別第二官は、身の毛をよだたせている。
そしてアレクシス王子は、顔を起こし、目の死んだクマの酷い顔でニヤリと笑った。
アトリ―軍警特別第二官は恐怖で涙目である。
「ラザラス、彼は潔白です!」
アレクシス王子はそれだけ言うと、また倒れた。
「アレクシス様……!」
護衛人のウィンザーは主に庇ってもらえたのが嬉しかったらしく、こちらも涙目になっている。
アトリー軍警特別第二官は、外面を取り繕った。そして、怖がっていた自分の姿を辺りから払拭するように、咳払いした。
「し、失礼ですが、それをご証明できますか?」
アレクシス王子は、私を見つけてやつれた顔で微笑んだ。そして、私を震える手で指差す。
「ええ……そこにいる香姫さんは超名探偵ですからね……恐らく、ラザラスよりも敏腕です……」
「ええっ!?」
いきなり矢面に立たされてしまった。私は唖然となった。
アレクシス王子は私を期待を込めた目で見ている。
また、何を言うのかと思えば。例によって私の力を貸せとそう言うことか。
「へえ、それは初耳です。私以上とはかなり期待できるかもしれませんね」
アトリー軍警特別第二官の私を見る目が変わったような気がした。
もしかして、責任重大じゃないのか。
アレクシス王子を助けたいと思うのは確かだ。私だって力を貸してやりたい。
けれども、もしできなかったら責任を取らされるんじゃないか。
ここは、宮殿。一緒に棺桶に入れられて葬られてはことだ。
「私、協力するだなんて一言も……」
「協力してくださったら借金を全部帳消しにしてあげましょう」
借金全部帳消し!?
「うっ、や……やります……!」
「では、お手並み拝見といこうか」
「香姫さん、いつも通り、ビシッと解決よろしくお願いしますね」
アトリー軍警特別第二官とアレクシス王子に嬉しそうな微笑みを向けられた。
良いように利用されそうでムカつく。
「やっぱり、やめ――」
「ああっ、眩暈が!」
アレクシス王子はここぞとばかりに、倒れて見せた。
「アレクシス様!」「アレクシス様!」「アレクシス様ァ!」
看護人たちまで悲鳴を上げて、アレクシス王子を取り囲む。悲痛な声が部屋の中に響き渡る。非難の目が私に突き刺さる。
「ううっ……やらせていただきます……」
最初から断れるような案件ではなかったのだ。
私は諦めて、ため息とともに涙を悄々と零すのだった。




