第三話 ラザラス・アトリー*
「貴方、なんなの!?」
怒鳴った私の声に反応し、彼は冷めた目を私に向けた。
彼は部下にウィンザーを捕縛するように指示を出すと、彼から離れた。
育ちの良さそうな血色の良い顔をして、日焼け一つしていない。よく見れば美少年なのに、他人を見下したような目と、他人を侮っている少し上がった口端が、私に警戒感を与えていた。
ブーツの靴音を赤い絨毯に吸収させながら、彼は私の方にやってきた。
「私のことを呼んだか? 私は、軍警官王族専門部署、通称王専部の軍警特別第二官……」
堅苦しい役職名だ。見せかけだけはぴか一だが、偉いのかどうかは判断できかねた。
「それってすごいの?」
「王専部はベルカ王国の軍警で一番の部署だ。そして、軍警特別第二官は軍警特別第一官の次に超偉い」
彼は制服についている、一番評価の高いと思われるクラウンの勲章を引っ張って、私に見せつけるようにシャンデリアの光を反射させた。
切れ者なのは私の好きな景山澄恋も同じだ。しかし、何故か澄恋とは合い入れないものがある。彼の自尊心の高さと冷たさが際立っていた。
「私は、香姫。鳥居香姫です」
「ラザラス・アトリーだ」
「アトリー君! あの!」
懇願して詰め寄ろうとしたところ、アトリーは警棒らしき棒を私に突き付けた。
「香姫鳥居。アトリー軍警特別第二官様と呼べ」
私はムッとした。
軍警特別第二官様なのか何だか知らないが、偉そうにしすぎじゃないか。
私が戸惑いを抱いていることにアトリーは気付いていない。
「私と同い年だからそんなに偉い人だと思えないよ。それよりも――」
私は拒否した。
しかし、何を勘違いしたのか知らないが、そうかそれならと、アトリーは高い鼻を更に高くして頷いた。
「ああ、俺は超偉い! 私の父は伯爵の位を持っている! そして、私は魔法学校を飛び級して首席で卒業! エリート街道まっしぐらで今ここまで登りつめた! 軍警の軍視総監になるのももうすぐだと噂されている!」
アトリーの素晴らしさをつらつらと指折りながら、彼は自己陶酔してとても清々しそうだった。彼の鼻がグングン伸びているような感じがした。
「どうだ? 超偉いだろう?」
彼は『超』をかなり気持ちよさそうに強調している。さらりと髪の毛を撫で上げた。その流し目が私に称賛の言葉を求めている。
「う、うん……すごいね……」
劣等感だらけの私とは全然違う人生を歩んできたのだろう。彼の上向きの姿勢が、自信満々を物語っている。
けれども、私が無理して褒めた言葉が、彼には気に入らなかったようだ。
明らかに不機嫌になってしまった。
「何だその顔は……歯切れの悪い返事は! 良いだろう! ウィンザー・ラスターを取調室に連れて行け! 拷問の限りを尽くして自白させてやる!」
その言葉に、私はブチ切れた。どれだけアトリーの周りの人たちが彼を持ち上げたのか知らないが、私はその胴上げから手を引いてやりたい気持ちになった。
横暴にもほどがある。
「あー、トップがそんなことしていいのかな! その実は、ゼンッゼン偉くないんじゃない?」
「なんだと!?」
アトリーの顔が怒りでカッと赤みを帯びた。
上等だ。ウィンザーはそんなことをするような人じゃない。取り調べ方法に問題があることを綺麗に並べ立てて、その石頭に浸透させてやる。
そんな一触即発の私とアトリーの間に、ウィンザーの声が割り込んだ。
「香姫様! おやめください!」
その声にアトリーの片眉が跳ねあがった。ウィンザーの悲痛な訴えを聞き入れたのではない。彼はそんな善良な人間じゃない。
「香姫様だって? この異国人がどうしてアレクシス様の護衛人に様付けで呼ばれている?」
アトリーが頭脳明晰なのは本当のようだ。そんな重箱の隅をつついてくるとは思わなかった。
ウィンザーは、何と答えるか難渋していた。しかし、複数の軍警官の睨めつける目に囲まれ、ウィンザーは逃げれないと観念したらしかった。
「……それは、香姫様がアレクシス様のご友人だからです」
それでも、ウィンザーは私の秘密だけは守ってくれた。私は内心胸をなでおろす。
「へえ、ご友人? ふ~ん?」
アトリーは私がアレクシス王子の友人と聞いても、畏怖しなかった。それどころか、私のあごを警棒で持ち上げた。ムカついたので手でそれを除けようとしたが、私がそうする前に彼の警棒は私から離れて行った。私のイライラだけがどんどんと募っていく。もしかしたら、アトリーはウィンザーの言葉を信用してないのかもしれない。
その時、階段を駆け下りてくる足音がして、私たちは彼女の存在に気づいた。それは、この宮殿の侍女だった。
彼女はアトリーの傍まで駆けてくると、丁寧にお辞儀をした。彼女もアトリーよりも年上なのに、彼に頭を下げている。そして、頭を上げずに丁重に用件を言う。
「アトリー軍警特別第二官様! アレクシス様がお呼びです! 香姫様とウィンザー様も来るようにとの仰せです!」
「何っ? アレクシス様の意識が戻られたのか?」と、アトリーは驚いた。
「はい! そのようです!」
「よし!」
アトリーの顔がやっと真剣みを帯びた。そして、何事もなかったかのように警棒を腰に戻す。
「行くぞ! 案内しろ!」
そして、私は侍女に案内される軍警官に連れられて、アレクシス王子を見舞うことになったのだった。




