第二十話 第二部一章完結 術策
「可視できない!? なんでっ!?」
私がハンカチを持って戸惑っているのをバージルが興味深そうに見ていた。
そのことに警戒する余裕もなく、私は可視し続けた。
『……このままだと、あいつ等負けちゃうんじゃないのか?』
「そんなの嫌だ……!」
私は、目を酷使して可視した。
かなり前に、澄恋がジュリアスだったころに。彼の初恋の相手を可視したときよりもずっと深く。残留思念の深淵へと潜り込んでいく。
「はああああ……っ!」
すると、微かに残っている残留思念が見つかった。
少し前の出来事だろう。過去のファウラーとイザベラが仲良く喋っている。そこに一匹のバッタが飛んできた。すると、二人は嫌悪感を露わにした。
『きゃあああ! 虫っ!』
『イヤ! バッタはイヤ!』
二人して飛び跳ねて服に付いたバッタを払いのけている。
「これだ……!」
私は息を切らして壁にもたれた。無理に可視し続けて朦朧としている。
『弱点が見つかったのか?』
「……うん……」
私が疲労困憊の笑みを浮かべると、バージルは口笛を吹いた。
「バージル君にお願いがあるの……!」
『俺様にお願いか? 何だよ?』
バージルは本当に呪われた身なのだろうか。楽しそうに笑っている。私はその事に触れず、ぐったりしながら言葉を紡いだ。
「瞬間移動してファウラーさんとイザベラさんの頭上からバッタを二、三匹降らしてほしいの……あの人たちが気付くように……」
『ふふん。面白そうだ! 良いぜ!』
バージルは可視編成を唱えると、瞬間移動した。
私は、ファウラーの机にハンカチを返すと、息を切らしながら壁にもたれた。そして、窓の方まで這っていく。
窓を開けて、風の音を聞いた。グラウンドの方から歓声が流れてくる。
恐らくどちらかが勝ったのだ。勝負の決着がついたのだ。
「うまく行ったのかな……」
私はぐったりして、壁からずり落ちた。
目を閉じているとせわしない足音が近付いて来て、ファルコン組の教室の前で止まった。
ドアが開いて、誰かが入ってきた。私は薄らと目を開ける。
ぼんやりと私の目に影が映る。
「澄恋君……」
その影が澄恋に見えて、私は微笑んだ。彼は、私の目の前で止まると、私の身体を横抱きにして掬い上げた。
そこで、私の意識は暗転してしまった。
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彼は香姫を横抱きにしていた。香姫が慌てるようなお姫様抱っこだ。けれども、香姫は気付かない。
賑やかに声で彩る廊下を、彼の靴が進んでいく。彼は賑やかな廊下を溶け込むように進んで行った。
今は、彼と香姫の事よりも、リリーシャたちの勝負の話題が彼らにとって重要視されていた。
リリーシャたちの勝利を祝う声が口々に重複する。
「リリーシャとアリヴィナがデメトリアとイザベラの弱点を見つけなきゃヤバかったよなー!」
「でも、リリーシャたちが勝ってよかったよな!」
生徒たちは一件落着して、お祭り騒ぎだ。香姫を横抱きにしたまま彼は進んでいく。途中、クェンティンとガーサイドがこちらを見て、何か言いたそうに振り返った。彼らは顔を見合わせて、それからまたこちらを見た。
ボロボロになって悪口を言いながら医務室に行こうとしているファウラーとイザベラの横を、彼は横抱きにした香姫と共に横切った。
イザベラがショックを受けた顔をして振り返った。
「ジュリアス様!」
イザベラが彼の名を呼んだ。
彼は、澄恋ではなくジュリアスだった。その事に、香姫は気付かない。
「どうして、その子にそんなに優しくするんですの!」
ジュリアスは笑顔で振り返った。
「イザベラさんには関係のないことかな? 特に、僕の変化にも気づかないような貴方にはね?」
そのままジュリアスは背を向けると、医務室の中に入って行った。後には、呆然となったイザベラとファウラーが残された。
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その日の夜の事だった。
ベルカ王国の王都の郊外にはデメトリア・ファウラーの屋敷がある。ファウラーはそこから魔法学校に通っているのだ。
ファウラーは自室で、データキューブを弄って宿題をしていた。
「もうすぐ……」
ファウラーは壁にかけられている時計をしきりに気にしていた。そこに、ノックの音が鳴り響いた。ファウラーはデータキューブを閉じて、椅子から立ち上がった。
「入りなさい」
「お嬢様、アレクシス様がお倒れになったそうです! もうすぐ、崩御されるのも時間の問題かと!」
「そう! そうなの! あはは……アハハハハ!」
ファウラーはその事に歓喜したようにスカートを翻してくるくる回る。そして、狂ったように笑っていた。
真っ赤なスカートがひらひらと回るその光景は、まるで花の様。一輪の憎悪の花が咲いた。真っ赤な真っ赤な。
これが、事件の始まりだったのかもしれない。
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┃第┃┃二┃┃部┃┃一┃┃章┃┃完┃┃結┃┃!┃
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◆◇◆――……第二部二章に続く……!――◆◇◆