第十六話 ほうきの授業2
「今日は、ほうきの乗り方の練習をする。すでに乗れるものもいると思う。お手本を実演してくれる強者はこのクラスにはいるか?」
勢い良く手が複数上がった。マクファーソン先生は満足そうにあたりを見回して、新顔を見つけ頷いた。
「では、デメトリア・ファウラー。やって見せなさい」
「はい!」
ほうきを受け取ると、ファウラーはそれにまたがって地を蹴った。ほうきはあっという間に浮き上がり、見えないところまで上昇した。
私はファウラーを目で追いながら、可視した。ファウラーが何か仕掛けるなら今が怪しい。
案の定、ファウラーは上空で何かをしている。身体が影になっているので、はっきりとは確認できない。
すると、ファウラーは上空を滑るようにして降下してきた。地上に降り立つと、拍手喝采が起きた。
「すばらしい!」
マクファーソン先生も満足そうに拍手している。
「この程度のことなんて大したことありません。そうですね……」
ほうきを撫でながら、ファウラーはクラスメイトを見渡した。イザベラを見つけ二人で目配せして怪しげに笑った。イザベラもグルだ。二人で何か企んでいる。
「アリヴィナ・ロイドさん。貴方が飛ぶところを見て見たいわ」
アリヴィナを見つけたファウラーは、いつもとは違う調子で好意的に微笑んだ。
「いいよ。やってやろうじゃん!」
アリヴィナは何も知らないのだろう。ライバルの挑戦を好意的に受け取り腕まくりしていた。
私はほうきを可視して、ギクリとなる。何故なら、得体のしれないエネルギーがほうきを覆っていたからだ。勿論、そのエネルギーは他の人には見えないらしい。可視している私だけにしか見えてないのだ。
そのほうきを可視していると、そのほうきの残留思念が過去の映像を振り返り始める。
数分前、空を飛んでいたファウラーがリングのようなものをほうきの柄に付けている。あれは、もしかして『マジックショップ』で、売っていたイタズラ用のおもちゃじゃないのか。
そのリングはほうきの柄に溶け込んで見えなくなっている。その代りにとんでもないエネルギーをほうきから放出している。
『明日、面白いモノが見れるかもしれないわよ?』
この間、ファウラーが予告していたことを思い出した。
絶対に間違いない。ファウラーはこの好機を利用して、アリヴィナに復讐する気なのだ。
アリヴィナはファウラーからほうきを受け取ろうとしている。
「ダメ―――――――――ッッッ!」
とっさに叫んで私は飛び出していた。ファウラーもアリヴィナもギョッとして私を振り返る。マクファーソン先生は呆気にとられている。
「な、なんなの? 香姫さん! 私は貴方なんか指名してないわよ!」
「とにかく、そのほうきはダメ!」
私はファウラーからほうきを奪い取った。すると、そのほうきは掴んでいる私を引っ張って、私を宙ぶらりんにしたまま急上昇した。
「きゃあああああああああああああ!」
グラウンドが遠ざかって、人間が豆粒のようになっている。
運動音痴なので、懸垂だってまともにできない。今だってほうきにぶら下がるのもやっとだ。
このほうきから手を離せば、今度こそ確実に私は死んでしまう。せっかく、澄恋とこの異世界で出会えたのに、また離れ離れになってしまう。
「それだけは、嫌だ!」
けれど、手が震えて、ついにほうきから手を離してしまった。
私の身体はほうきから手が離れて、急降下していく。
「きゃああああああああああああああ!」
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その頃、地上では急上昇した香姫に一同は唖然となっていた。
「か、香姫!?」
一番最初にアリヴィナが我に返って叫んだ。クラスメイト達もざわめきはじめる。
「な、何が起きたんだね!?」
マクファーソン先生も前代未聞のこの出来事について行けずにいる。
デメトリア・ファウラーは青ざめているが、何事もなかったかのように肩をすくめた。
「か、香姫さんがほうきを暴走させたみたいね?」
その言葉にアリヴィナは憤った。
「バカ言うな! 香姫みたいな魔力の弱い子がほうきを暴走させれるわけがないだろ! とにかく、ほうきがないことには後を追えない!」
「倉庫だ! 私とロイドを瞬間移動させる!」
ジュリアスも立ち上がる。
「マクファーソン先生、僕も倉庫まで瞬間移動させてください!」
「私も!」「俺も!」「俺も行く!」
リリーシャとクェンティン、ガーサイドまでもが立ち上がった。
「よかろう! 可視編成!」
マクファーソン先生は彼らを一度に瞬間移動させた。倉庫は開いていた。ジュリアスは倉庫を開けると、ほうきを手に取って走った。
「香姫さん、今行くからね!」
ほうきにまたがり、ジュリアスが飛び立とうとしたときだった。
その横を誰かがほうきで通り抜けた。
「えっ? あっ!」
黒髪黒目の『彼』を見つけたジュリアスは声を上げた。
「えっ? あの人誰?」
「さあ?」
アリヴィナとガーサイドは彼を知らない。けれど、リリーシャとクェンティンはニヤリと笑った。
「やっぱり来たわね!」
「ああ! ちゃんと助けろよ!」
彼の黒髪が風になびいている。気持ちが良いほど風を切って彼の乗ったほうきは上昇していく。リリーシャとクェンティンが彼の名を叫んだ。それを背に受けて、彼は風に乗って舞い上がった。
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私はひたすら降下していた。地面が迫りくるという恐怖に気絶しそうになる。
「澄恋君――」
閉じた目から涙が零れる。
「可視編成!」
幻聴だろうか。澄恋の声が確かに聞こえた。
風が下の方から吹き上がって、加速して降下していた私の身体を空中に滞空させた。
下から誰かが近づいてくる。風を切って飛ぶ音が私に迫った時、私は彼の手に絡め取られていた。
「香姫、大丈夫?」
「澄恋君……!」
「香姫、久しぶりだね!」
助けてくれた澄恋は勝気に微笑んでいた。




