第十五話 ほうきの授業
本日の魔法演習の授業では、ほうきに乗る練習をする。魔法実習の授業までは、稀有なことだが平和に過ぎて行った。
普段通りなら、リリーシャとファウラー、アリヴィナとイザベラは、角突き合いして授業でも対決するというのに。現在に限っては、ファウラーもイザベラも大人しい。それがまた、ファウラーの面白いモノが見れるという宣言を裏付けるようで不気味だった。
今日の魔法実習の授業は本来なら楽しみな授業だった。何故、私がファウラーの心配事のせいで、こんなに胃に負担をかけなければならないのか。
「次の時間だよね? ほうきの授業は……」
「う、うん」
隣の席のジュリアスが黒板の時間割を指差した。嫌悪が表情に出ていたのだろう。ジュリアスが目を瞬いた。
「あれ? 楽しみにしていたんじゃなかった?」
「そうなんだけど……ファウラーさんが面白いモノが見れるかもって言うから。絶対に面白いことじゃないよね!」
「なるほど」
ジュリアスは頷いたが、すぐにクスッと笑った。そして、私の耳にささやく。
「でも、君の目があれば大丈夫なんじゃないかな?」
「そ、そうだよね!」
リリーシャとアリヴィナが狙われるなら、私が可視すれば防げるかもしれない。なんとしても、無事に授業を終わらせるのだ。私を庇ってくれたリリーシャやアリヴィナを絶対に守るのだ。
私とジュリアスが笑い合っていると、ファウラーが通りかかった。
「二人とも本当に仲が良いわよね」
「うん、友達だから」
今日は嫌味はないようだ。
安堵していたら、ファウラーが楽しそうに尋ねた。
「友達なの?」
「友達だよ?」
『友達』は『友達』だ。
ファウラーはその『友達』に何を求めているのか。
どういう意味なのだろうと勘ぐっていると、ファウラーが続けた。
「あら、残念! 恋人だったら澄恋様に報告してあげようと思ったのに」
「そんなわけないでしょ!」
「そうかしら?」
私が睨むと、ファウラーは大げさに肩をすくめた。明らかに私を侮っている。
全く持って油断ならない。ファウラーは私と澄恋の仲を引き裂く気だったのだ。彼女が私と会話を普通に楽しむ気などないことは、初めて会った時から分かっていたはずだ。
「もっとも、香姫さんが澄恋様にふさわしいとは思わないわ」
ファウラーが私を追いつめている時に、後ろからイザベラがやってきてわらった。
「デメトリアさん、こんな子がその方に相手にされるわけないですわ」
「そうね、澄恋様だってこんなどこにでも良そうな子相手にするわけないわ」
「そうそう。デメトリアさんの方が間違いなく美人だし頭も良いし魔法だって素晴らしいもの。それに比べて、香姫さんって良く言っても人並み以下じゃありませんこと?」
二人は私の自尊心をズタズタに引き裂いた。二人の後姿を睨む目に涙が溜まっていく。
「そんなことないと思うけど。景山君は僕と同じで、少なくともファウラーさんやハモンドさんよりは香姫さんは好かれているよ」
「っ!」
ジュリアスが庇ってくれたのか。私は涙をぬぐった。
イザベラはジュリアスの事が好きなのに。ジュリアスは完全にイザベラをフッていた。その事にイザベラはショックを受けたようだった。
「行きましょう?」
ファウラーは私を睨んでから、傷心のイザベラを慰めながら去った。
「ありがとう、ジュリアス君」
「香姫さん、次は魔法演習のほうきの授業だよ? 早くしないと遅れちゃうよ?」
「ジュリアス君、一人で行ってよ。誤解されちゃうから……」
「僕は誤解されたいけどね?」
「えっ?」
どういうことなのだろう。ジュリアスがクスッと笑った。
「澄恋君は香姫さんよりもファウラーさんの事を信じるかな?」
「あ……! そうだよね!私がちゃんと伝えれば、きっと大丈夫だよね!」
「さあ、行こう!」
「うん!」
チャイムが鳴り終わる寸前に私とジュリアスはグラウンドにたどり着いた。グラウンドでは既にクラスメイトが集合している。
「遅いぞ!」
マクファーソン先生がほうきを持って立っていた。私が憧れていたほうきだ。
「すみません!」
私とジュリアスは急いで横列に並んだ。
号令がかかり、授業が始まった。
ファルコン組のクラスメイト達の表情は期待で満ち溢れている。いつもと、マクファーソン先生を見る目が違うのだ。
いつもなら、厳しいマクファーソン先生を苦手そうに見ている。しかし、今日の彼らはマクファーソン先生をサンタクロースを見るような目で見ている。それほど、心待ちにしている授業だったに違いない。
ファウラーの事がなければ、私も彼らと同じ気持ちだったのに――。今では、天変地異が怒る前触れを危ぶむように胃をキリキリさせている。
「では、魔法演習の授業を始める!」
とうとう、授業が始まってしまった。




