第十四話 シャード先生の補習
普通の人から言えば当然の事だが、可視使いの私にしてみれば不自然極まりないことだった。
私はデータキューブを持ったまま、首を傾げて教室を出て行った。視えなくなったと言われればそうではない。疑問を持ったまま廊下を可視しても、数分前の生徒が通り過ぎていく姿が確認できた。
では、先ほどは何故可視できなかったのだろう。私は首を傾げて考えながら、魔法学の教室まで歩いてきた。
「失礼します」
「遅かったな」
「シャード先生……」
シャード先生は魔法黒板に向かって、書き物をしていた。私への魔法学の問題を書いていたのかもしれない。
「どうした?」
「私、どうしてファウラーさんの事が可視できなかったのでしょう?」
気が付くと私は、シャード先生に尋ねていた。シャード先生の魔法黒板のペンがポロリと床に落ちた。
「あ……!」
しまった! 私は、うっかり喋ってしまった自分の口を呪った。
リリーシャに伝わるからいけないと思い、シャード先生にも可視使いではなくなったと嘘をついていたのだった。
シャード先生はペンを拾う。
「まさか、また鳥居は可視使いに……?」
シャード先生は声を潜めて言った。
「はい……。でも、リリーシャさんには言わないでください。しつこく勝負を仕掛けられてうっかり泣きそうになったから……」
シャードは何回も頷いた。リリーシャは、自分の娘なのでよく分かっているのだろう。
「分かるぞ。リリーシャのしつこさは酷いからな。クェンティン・ノースブルッグのことも、しつこくしつこく迫って口説き落とした過去がある」
「そ、そうなんですか」
それは初耳だ。てっきり、クェンティンから好きになったと思ったのに。
「もとに戻ったはいいが、リリーシャはノースブルッグとイチャイチャイチャイチャ。なあ、鳥居。父親って何だろうな……」
私は困ってしまった。人生経験の浅い私にはさっぱり分からない。ここは居酒屋じゃあるまいし、シャード先生の身の上話を聞く立場になるとは思わなかった。
父親って何だろう。そんなこと私に聞かれても分かるわけないが。父親って何だろう。
困った私は、疑問を持ってうっかりシャード先生を見てしまった。私は自然にシャード先生のハダカを可視してしまったのだ。
無駄のない筋肉美。何故それを見なければならないのか。
「ううっ……」
私はこっそりと、自分の目を制御し直した。
「ところで、ファウラーがどうしたんだ? 言ってみなさい」
「はい、実は……」
つい先ほど起こった出来事を、つまびらかにシャード先生に話して聞かせた。
「何で私は、ファウラーさんの事を可視できなかったんでしょう?」
「それは、不可解だな」
「シャード先生は担任だから、ファウラーさんの事何か知ってるんじゃないですか?」
シャード先生の眉間のしわが深くなった。
「うーむ。実は、デメトリア・ファウラーは、孤児院から来たそうなんだが」
「……孤児院ですか?」
私は違和感を感じた。それが何なのか知る由もないが。
「それ以外は私も分からない」
「そうですか……」
「……鳥居、お前はまた事件に巻き込まれているんじゃないだろうな?」
さすが、シャード先生は勘が鋭い。
シャード先生の口ぶりは、呆れているよりは心配の色の方が濃く出ていた。
私は日本にいる父を思い出して泣きそうになった。こんなに親身になってくれる人はあまりいない。それを見たシャード先生にさらに心配をかけたようだった。
シャード先生は私の両肩を掴んだ。
「言ってみなさい!」
「じ、実はアレクシス様に、姿が見えない呪いをかけられた少年を、可視して探すように言われているんです」
そんなに深刻な問題でもないのだが。だが、私の答えにシャード先生は憤慨していた。
「またあの方なのか! 断ることはできないのか?」
「借金が一兆ルビーあるんで……でも、探すだけなんで、大丈夫です」
何かあったら、相談に乗ってもらうつもりだけど。今は何もないので大丈夫だ。
「そうか。また何かあったら、相談に乗ろう。では――」
「帰っていいんですか!?」
私が身を乗り出すとと、シャード先生はにっこりと微笑んだ。
「まさか。データキューブの百六十ページを開きなさい」
「ええーっ? 補習やるんですかぁ……?」
「もちろん」
「あう……」
私はそれからみっちりと魔法学の勉強をする羽目になったのだった。