第九話 クェンティン、恐るべし……!
女子寮はクレア先生が案内してくれるとシャード先生が教えてくれた。だから、再び医務室で待つように指示され、再びそこに舞い戻った。
医務室のドアが開く音がして、そちらに目をやる。姿を現したのは、金髪碧眼の少年だ。
あれ……? この人、私が初めて異世界で目覚めた時に傍にいたような。
二つに分けたショートの髪が西洋人の顔によく似合っている。優しそうで快活そうな顔立ちをしていた。彼の目が私を見つけた途端に輝いた。
「俺のリリーシャ! ジュ・テームッッッ!」
薔薇の花束が私に投げ渡された。空中に赤い花びらが舞う。私は圧倒されて、微動だにできなかった。
赤い薔薇の花束!?
受け取ると同時に包み紙がガサリと音を立てた。思わず受け取ったものの、その勢いに押され完全に狼狽している。
「く、クェンティン君?」
「なんだい? マイハニー」
やはり、彼がクェンティンだった。クェンティンのリリーシャへの愛情に圧倒されてしまった。
どうすればいいのだろう。この男子が、リリーシャの、彼氏だという。
「えっと、あのぅ、薔薇、ありがとう……」
本体のリリーシャに申し訳ないので、一応彼女らしく礼を言ったつもりだ。
クェンティンは金髪の前髪をさらりと撫で上げた。
「気にしなくていいよ。これは全快したお祝いだからね。じゃあ、リリーシャ、いつものおはようのキスしようか!」
私の拒否をポジティブにとらえたクェンティンは、顔を近づけてきた。
どうすればいい!? 私のせいでクェンティンとリリーシャさんの仲が悪くなるのは……!
だが、自分の気持ちには逆らえず、とっさにクェンティンを押しのけていた。
「あの! 心の準備がまだだから、ちょっと目を閉じててね!」
「分かったよ、リリーシャ」
逃げようとした私に気づいたクェンティンが目を開けた。怪訝そうに眉をひそめている。
「リリーシャ? どこ行くんだよ?」
「トイレ! ここで待っててくれるかな?」
「分かった。いつまでも待っているよ!」
私は、投げキッスしてきたクェンティンのハートをサッと避けて、ドアを閉めた。
クェンティン・ノースブルッグの愛情に音をあげた私は、彼を置き去りにして、そのままそこから逃げ出したのだった。
クェンティンといい、ジュリアスといい、妙に癖のある相手に出会ってしまう。異世界の人が変わっているからか。それとも私が高い確率でジョーカーのカードを引きすぎているのだろうか。
「……あれ?」
ふと、校庭の隅に視線が止まった。
「あんなところに、銅像が立ってる。二宮金次郎みたいなのかな……?」
校庭の隅に妙な銅像があった。
興味本位で私はそれを見に行った。この時は、異世界を少しでも知りたいという好奇心が先行していたのだ。
二メートルぐらいの高さの銅像だった。太陽光を反射して光っている。この銅像の男は威厳がある顔をしていた。両手は腰にやっていて、ローブをまとっている。
ポカンとしながらそれを見ていると、足音が近づいてきて何気なく振り返った。
老齢の夫人がそこに立っていた。全てを許しそうな優しい目をしている。
「素敵な銅像でしょう?」
「……貴方は?」
「この魔法学校の校長のベルナデット・バーンズです。ベルナデット校長と呼んでください」
「っ!」
この学園の人ではないような気がして、つい誰何してしまった。まさか校長先生だとは思いもよらない。校長先生を知っているリリーシャとしては不自然だったかもしれない。
私は慌ててお辞儀した。
「お、おはようございます、ベルナデット校長先生っ!」
「おはようございます。貴方のことも良く知っていますよ。でも……リリーシャさんと呼んだ方が良いかしら?」
「えっ!?」
彼女は、私の事を知っているのだろうか。校長先生だとしたら、報告を受けるのは当然なのかもしれないが。それ以上何も言えない私に、ベルナデット校長先生は優しそうな笑みをくれた。
「……魔人がね、遥か昔に願いを叶えてこの学校を守ってくれたの。力を使い果たしてこの銅像になったと言われているわ」
「じゃあ、この魔法学校の守り神様なのですね!」
「そうね、リリーシャさんの事もきっと守ってくれるわ」
私は校長先生の事が大好きになった。そうだ、この銅像がきっと守ってくれる。
その時はそう思っていたのだ。まさか、後にこの銅像が事件を起こすとは知らずに。
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クレア先生に無事再会できた私は、女子寮の一人部屋を案内された。もとは、相部屋だったらしいのだけど、私がボロを出すといけないというので、クレア先生が一人部屋にしてくれたのだ。たしかに、言い訳を繕って疲れるよりは、独りのほうが気楽でいい。
部屋を移動する私を、生徒たちは同情の目で見送っていた。記憶喪失だとクレア先生が一言漏らすと、あっという間に広まってしまったのだ。同情の視線はそのためだった。
私の一人部屋は南向きの暖かな部屋だ。木のベッドとふかふかの布団、勉強机を、クレア先生が可視編成で簡単に移動させてくれた。どれもピンクといういかにも女の子らしい色合いだ。
クレア先生は、リリーシャは『ファルコン組』という三クラスの内の一つのクラスの生徒だということを教えてくれた。高等部の一年ファルコン組である。隣の教室には『アウル組』と『ホーク組』が続いて並んでいるらしい。
クレア先生の指示通り、新しいデータキューブを手に私はファルコン組の教室までやってきた。中からシャード先生の声がしている。すでにショートホームルームが始まっているようだ。
ドアを開ける。教室の中には同年代の生徒が三十人ほどいた。男女共に入り混じって、机を前に座っている。
ちょうど、中ではシャード先生が一人の生徒を前に、自己紹介を促していた。
「ジュリアス・シェイファーです。魔法は割と得意です。よろしく」
女子が容姿端麗なジュリアスを見て、色めき立っている。休み時間になったら質問攻めなこと間違いなしだ。
まさかの、ジュリアスと同じクラスだ。それはまだ良い。教室の中には、あのクェンティンまでもが居たのだ。
しかしクェンティンは、ずっとここで待っているとか言わなかったか。
私はドアを閉めようとした。教室を替えてもらえないか。今ならまだ間に合うか。その事をクレア先生に伝えようと思った。
「リリーシャ!」
私の学校生活、終わった……。
呼んだのはクェンティンではない。クェンティンと同い年の女子だ。私は見覚えがあることに気づいた。初めてこの異世界に来たとき、医務室にクェンティンと共に居たひとだ。
教室を替えてもらうことはもはや手遅れだ。私はこの教室でやっていく覚悟を決めた。
「えっと……」
私は目の前の少女を見つめた。彼女は気の強そうな顔つきで、ショートボブの髪の毛を持っている。
しかし、この少女の名前が出てこない。確か、『あ』が頭に付いていたような?