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九枚目 「パンツも良いけど、百合も良い」

 轟音が響き渡ると、刹那、地響きの如く地面が揺れる。

 それはまるで、地震のようだった。

「ひぃぃ?!」

 聞き慣れない鳴き声に、俺は心底恐怖する。どんな猛獣が鳴いているのだろうか。

 呻き声混じりのその声が轟く中、俺は情けない声を出してから、またオルフェリアにしがみついた。

 …………うん、右手にオルフェリアのおつぱい。柔らかいよ、もみもみ。

「じゃから揉むでないと言っておるっ!!」

「ご、ごめん。こんなに恐ろしい鳴き声を聞いたの、初めてだからさ」

「ま、まあ、反省しているならば許してじゃろう」

 オルフェリアは顔を赤らめたまま、こほん、と咳払いをする。そして、言葉を続けた。

「……じゃが、わらわもこんなことは初めてじゃ」

 そう言うと、オルフェリアの表情は見る見る強ばっていく。

 美人顔なのに、そんな顔をしたらもったいないと思う。

「いや、まさか。この森には人間や猛獣をうまく進めぬよう、結界魔法を張り巡らせてある。じゃから、ここまでなにかが来るなどあり得ぬ。……じゃが、〈ザンムグリフ帝国〉の使者が来たとすれば――」

 オルフェリアの言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏にとある人物が浮かび上がる。

 あのマキラという、鋭い目付きの怖いお姉さんだ。

 あのときの殺意に満ちた顔を思い出すと、俺の中で眠っていた、彼女に対する恐怖心が甦る。

 駄目だ。思い出したくない。

 そう考えていた俺は、ふと大事なことを思い出す。

 いや、待て待て貞胤くん。こう言うのを世間一般で何て言うんだっけ? そうそう、「フラグが立つ」とか言いましたよね?

 巨大ブランコに乗るオープニングが有名な某アニメのように、涙ながらに「フラグが……フラグが立ったわ!」的な感じに叫んじゃいそう。

 今、その話はいらなかったね。ごめん。

 それはそうと、まずいでしょ、やばいでしょ。このフラグは。

 このままじゃ、「マキラさん、来てください」って言ってるようなものじゃないか!!

 それよりも、オルフェリアさん。あなたもフラグ立てまくってますよ。

「……まさかな、そんなわ――むぐっ!」

 俺はフラグを立てまくるオルフェリアの口をとっさに塞ぐ。

 このまま喋らせておくと、本当にあの怖いお姉さんが来そうな気がするんだ。

「オルフェリア、やめておけ! それ以上余計なことを言うな!」

「なっ、なにが余計なのじゃっ?! わらわはただ、憶測を呟いて――」

「だから、それ以上余計なことを言うなっていってんだよ! それは俺の世界では、そういうこと言っていると、本当にそうなってしまうことを『フラグが立つ』と言うんだっ! だから、このままじゃあのマキラっていう怖いお姉さんが、この場所へ本当に来ちまうんだよッ!」

 俺は、オルフェリアにでもわかるように、必死に説明する。

 だが、俺の必死の説明も虚しく、彼女は首をかしげるだけだった。

「わらわは『〈ザンムグリフ帝国〉』とは言ったが、『マキラ・ゾマ』とは一言もっておらぬぞ?」

「いや、そんなことはどうだっていいっ! とにかく、『〈ザンムグリフ帝国〉』や『マキラ・ゾマ』って単語、禁止なッ!!」

 俺は怒鳴るように言うと、オルフェリアは不服そうな表情を浮かべてから口を開く。

「わらわよりも、そなたの方が言っていると思うのじゃが」

「そんなことはないッ! 俺は『〈ザンムグリフ帝国〉』の『ザ』の字も、『マキラ・ゾマ』の『マ』の字も言ってない!!」

 胸を張って言うと、彼女は冷ややかな視線を向けて言う。

「たった今、二つの単語を言ったじゃろう」

 そう言われた俺は、はたと気が付き、固まってしまう。

 確かに、オルフェリアの言う通りだ。俺は、二つの単語を口走っている。

 特に脳内は酷い。「もう、このフラグを回避できませんよ」と誰かに言われそうなほど回収しているだろう。

 これはマズイ、マズイぞ。俺、やっちまったな。

 これはもう、あの方が来るでしょう。間違いなく。

「まあ、そんなものはそなたの世界の迷信じゃろう? 当たるわけがないのじゃ」

 オルフェリアは呑気にそんなことを言った、その時であった。


「やっと見つけた」


 少しハスキーがかった声が、森中に凜と響く。

 その聞き覚えのある声を聞いた俺の背筋は、すぐ凍り付いてしまう。

「その声は……」

 オルフェリアもその声に聞き覚えがあるらしく、動揺し、困惑していた。


「まさか、〈忌まわしき魔女〉が()()で、それも、その正体は()()()()()()()()()、『オルフェリア・グランヴァーレ』だったとは。誰も思わなかっただろう」


 すると、大きな木々を猿のように身軽な動きで飛び回る影があった。

 そして、その影は俺達の方へと向かってくる。

 その光景を見たオルフェリアは、とっさに黒いローブのフードをかぶろうとするが、その動きよりも先に、黒い影は俺達の元に姿を見せた。

「おかしいと思っていたんだ。本物の〈忌まわしき魔女〉、リヴ・ワーノラは確かに処刑したはずだった。なのに、〈忌まわしき魔女〉は生き続けている。魔女が不老不死という噂を耳にはしたが、リヴの体は全てバラバラにして、各地に埋めた。そう、〈忌まわしき魔女〉が生きているわけがないのだよ」

 俺達の耳にがしゃりという音が入ったときには、俺もオルフェリアも知った人物が剣を構えてこちらを睨み付けている。

「その衣、『魔法道具』だな。察するに、『変化(へんげ)の衣』といったところだろうか。貴様はそれをまとったところで、どうしようとしていたのだ? まさか、今更なにかに変化でもして、『私は〈忌まわしき魔女〉です』などとほざいてやり過ごそうとでも思っていたのか?」

「……マキラ・ゾマ」

 オルフェリアが小さな声でそう言う。

 そう、その人物とは、白銀の鎧をつけたマキラだった。

 あんな重装備なのに、よく身軽に動けるものだな。

 そう思いながら、俺は小鹿のように足を震わせて、オルフェリアの影に隠れて動向を伺う。

「どうやって結界魔法を……」

「〈ザンムグリフ帝国〉には、〈忌まわしき魔女〉が作った『魔法道具』や、『魔法武器』があることを忘れたか? ああ、そうだった。貴様は()()だから知るわけがないか」

 そうマキラが告げると、オルフェリアの肩が震える。

 今さっきから『偽者』とかいってるけど、なんの話だ? それと『今は無き王国』って、今さっきオルフェリアが話してくれた国のことなのか? それより、マキラはオルフェリアのことを『姫君』とか言っていたか? じゃあ、オルフェリアって……お姫様ってこと?

 うーん。俺には、伏線が多すぎてわからないぜ。 

「わらわは偽者などではないっ! あの人の意思や知恵を引き継いだのじゃっ!」

 オルフェリアら強く叫ぶが、マキラは無表情で即答する。

「そんなことはどうでもいい」

 マキラは自分が握る剣の先を、オルフェリアの喉の辺りに突き付けてからニヤリと笑った。

 やはり、俺にとってマキラの瞳が怖い。彼女の瞳の色が赤みがかっているからかもしれないが。

 俺はとっさにオルフェリアから離れ、逃げようと試みる。

 マキラに勘づかれぬよう、慎重に、ゆっくりと後退していく。

 だが、やはりそんなに世の中上手く行くわけがない。

「それに、野蛮人。私がここに来た目的は、貴様なんだ。逃げれば殺す。いや、どちらにせよ殺すんだが」

 マキラは冷たい視線を俺に向け、言葉を淡々と連ねた。

 その言葉を聞いた俺の背筋がまた凍る。

 俺のことを、殺す気満々って感じですか?

「やめるのじゃ、マキラ! キドウはただの被害者で、わらわが巻き込んでしまっただけなのじゃっ!! じゃから――」

「被害者だと? ……馬鹿を言うな。そいつは加害者だ」

 マキラは感情の無い表情で俺を睨む。

 怖い。彼女から溢れ出る殺意がひしひしと感じる。

 それよりも、俺はこの世界に来てから、たいした変態行為はしていないはずだ。

 おっぱいを揉んだのは、オルフェリアだけなはず。

「お、俺がなにしたって言うんだ」

「さあ、私も教えてほしいぐらいだ。貴様はナティス様になにをした」

「ナティスに……? 俺はなにも……」

 俺はその言葉を聞いたとたん、ナティスに浴びせた暴言の数々を思い出す。

 気まずそうにしているオルフェリアも、きっとそのことを思い出したのだろうか。彼女のこめかみの辺りから一粒の雫が流れ落ちた。

「貴様が消えたあと、ナティス様はお食事を口に運ばなくなった。今日までなにも口に運んでいないのだ!」

 そのことを聞くと、ナティスのことを思い出す。

 彼女は、マキラが剣を振りかざすとき、暴言を吐いた俺を助けてくれようとした。

 確かに、ナティスの見た目は珍獣で、鏡餅だけど。彼女の根はいい子なんだって察しがつく。

 だから申し訳ないと思っているし、謝りたいとも思っている。

 だけど、そこまで追い詰めてしまったなんて、思ってもいなかった。

「な、ナティスは体調とか……大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないっ! ナティス様は、ナティス様は――」

 マキラはそこまで言うと、彼女の表情が段々と暗くなる。

 まさか。と思い、慌てた俺はオルフェリアよりも前に踏み出してマキラに訊ねた。

「ナティスがどうしたって言うんだ?!」

 マキラは涙を目に溜め、憎しみの眼で俺を睨んでから叫ぶ。


「あのふくよかで、包容力があったナティス様が……。私の愛する、ぽっちゃりのナティス様が痩せてしまったではないかっ!!」


 その言葉を聞いた俺とオルフェリアは、口をあんぐりと開けてから、お互いの目を合わせた。

「え、痩せた?」

「そうだ、痩せてしまったのだ! 私の愛するぽっちゃりナティス様が。好き嫌いがなく、なんでも美味しそうに食べるナティス様が、痩せてしまったのだ!!」

 マキラは発狂しそうな勢いで俺達の目の前まで迫ってくると、俺達に向かって狂ったように叫び散らかしてきた。

 うん、マキラさん。唾が飛んできてるよ。

 ……この唾液、舐めていいかな?

「ナティスのことを思うのならば、痩せてよかったのではないかの? 肥えていると、早死にすると聞いたのじゃが」

「確かに。太っていると、成人病とかにかかりやすいんだぞ」

 オルフェリアの意見は正しい。だから、俺はそれに便乗してそう言う。

 だが、それを聞いたところでマキラの怒りが鎮まるわけがなかった。

「なにを言っているのだ。私はぽっちゃりしたナティス様を愛していると言っている! ナティス様がぽっちゃりしていなければ、私が満たされんのだ!!」

「ちょ、それって自分勝手だなッ」

「民衆を束ねる者ならば、ふくよかの方が権力も主張できる! ぽっちゃりしたナティス様でなければ、私は、私は……!!」

 胸を押さえながら、苦しそうに言うマキラ。

 この人が、一体なにを言っているのか理解できない。

「それに、汚らわしい男になど、ナティス様をとられたくない! せっかくミトラス様がくださった機会。逃してしまったら、もう二度と……!」

 どういうことでしょう。

 確かに「ナティス様を愛している」とか、「汚らわしい男になど、ナティス様をとられたくない!」など。彼女は百合(ゆり)的な発言を連呼していますね。

「す、すいません、マキラさん。マキラさんは、ナティスのことを『愛してる』とおっしゃいましたが、それは恋愛対象として、ですかね?」

 俺は勇気を振り絞り、訊ねてみる。

 すると、マキラは今にも襲ってきそうな形相をしながら告白してくれた。

「ああ、好きだ。愛している!」

 それを聞いた俺とオルフェリアは、また目を合わせる。

 うん、予想はしていたけど。予想できてたけど……まさか。

「まさか、そなたは……」

 マキラさんが百合、だったとは……。

 そう考えていると、オルフェリアとマキラがどんどん百合の関係に見えてくる。

 あ、ヤヴァイ。ムスコ、久しぶり。元気だった? ああ、毎回のように元気だったな。ははは、スマンスマン。

「この感情が世界の〈理〉に反する、とでも言いたいのだろう? 知っている。だが、今の世界を見てみるがいいっ! 【シンヴォレオ】には男という男が死に絶えたじゃないか! ミトラス様はこの世界に汚らわしい男など不要だと、そうおっしゃっているのではないのか?!」

 百合……。女子と女子の絡み合い。

 むちっとした体をお互いに寄せ合い、擦り合わせて……ッ!

 ああ、ダメッ! 俺がそこに入ったら、百合じゃなくなっちゃうッ!

 俺はその光景を見て、オカズにするから……。

「ミトラス様はそれ望んではいないのじゃ! ミトラス様も、このことは想定外――」

「知ったような口を聞くなっ!! 貴様にミトラス様のなにがわかるというのだ!!」

 ああッ!! そ、そうそう。パンツ以外は脱いでね。

 う、うん。そう、そうッ!! ああ!! いい、いいよその光景ッ!!

「わらわはミトラス様と――」


「ああッ! いいよ、いいよ! マキラッ、オルフェリアッ! すっごい良い! エロいよ、ああ! すっげーエロいッッ!!」


 俺は興奮のあまり、大声を上げてしまう。

 二人の凍てつくような視線で我に返った俺は、何事も無かったかのように振る舞った。

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