八枚目 「異世界のことは、理解し難い」
目の前で焚き火が勢いよく燃えている。焚き火の中に入り込んでいたゴマ粒のような小さな実が、熱せられて爆ぜると、これまた小さな火の粉が踊っては消えてゆく。
侘しい光景を見ながら、俺はオルフェリアから貸してもらった黒いローブで肌の色を隠すと、小さくなってから物思いに更ける。
ああ、恥ずかしい。
今すぐ日本に帰りたい。
もしくはあれを無かったことにしたい。
黄色い塗装が剥げて青色になってしまった、タヌキっぽい猫型ロボットが居たなら、「お願いだよぉ~! タイムマシン乗らせてよぉ~」と情けない声を出しておねだりするというのに。きっと彼ならば、「仕方がないなぁ、サダタネくんはー」とか言いながら、快く貸してくるに決まってる。
なぜこんなにも帰りたいかと言えば、二十三歳にもなる大の大人が粗相をしでかしてしまったからだ。
だからこそ、そこで俺のパンツを洗ってくれているオルフェリアに合わす顔もない。
だが、もとはと言えば彼女の差し出された手料理(?)のせいだと言うことは、内心わかっている。
だが悪気なく、好意で作ってくれた手料理(?)を邪険に扱うことができずに、俺はそのことを心の奥に仕舞いこんだ。
でも、やはりこの異世界来てからと言うもの、良いことばかりが起きるわけではないので、俺は早く家に帰りたいと心から思ってしまった。
だが俺が元の世界に帰るには、オルフェリア〈送還術〉で帰るしかなく、その〈送還術〉は相当な魔力を消耗するらしい。彼女の魔力を〈送還術〉が使えるまで回復させるには、あと一日待たなければならないのだ。
苦痛だ、拷問だ、絶望だ。俺と言う人間が情けすぎて、オルフェリアの顔すらまともに見れない。
「気にするでないぞ、キドウ。わらわは全然気にしてないからの」
オルフェリアは木と木の間にロープを張り、洗い終えた俺のパンツを干しながら笑顔でそう言ってきた。
気を使って言ってくれてるとは思うんだけどさ、それって逆効果なのよな。俺、そんなこと言われちまったら、悲しすぎて今すぐにでも泣けそうだわ。
「それにしても、異世界の服は変わっておるの」
オルフェリアは俺のパンツやズボン、そして上着のシワを綺麗に伸ばしながらそう言った。
彼女、料理以外は普通に出来るようで、俺はほっと胸を撫で下ろす。
だって、好きになった人が家事も洗濯もできないのは、男にとって痛手だと思うんだ。
別に「女は家庭のことをするものだ!」とか言いたいわけではなく、せめて美味しいご飯や綺麗な洋服は、大好きな人に用意してもらいたいと俺は思うんだ。
そう頭の中で考えながらうんうんと頷いていると、オルフェリアはてきぱきと動かしていた手を急に止める。
「……それより、キドウ。気になったのじゃが、なぜわらわのパンツがそなたの服の中に入っておるのじゃ?」
「げッ、見つかっちゃった?」
オルフェリアが冷ややかな目で俺の顔を見てきた。彼女の手には、小屋で漁っていた時に見つけた、オルフェリアのパンツが数枚と、一番最初に手に入れたナティスのパンツがある。
「パンツまでかぶって、変わり者じゃな、と思っておったのじゃが」
「あ、いやぁ……その、ですね」
俺は薄ら笑いを浮かべながら、黒いローブに付いているフードを深くかぶってから知らん顔をして見せた。
「まさか、そなたの世界にはパンツが無かったんじゃな。そんなに珍しかったかの?」
「あ、いやいやいや! 俺の世界では、パンツは主流ですよ! 多分、こっちの世界より高性能ですよッ! それに、オルフェリアが洗ってくれたそれなんて、ボクサーブリーフって言って、男用のパンツなんだぜ?」
ネズミ色のパンツを指差して、誇らしげに俺は言う。
俺のパンツはボクサーブリーフで、最近はデザイン重視の前開き穴がないタイプが主流なのだが、俺にとって前開き穴は重要なので、デザインより前開き穴重視にしている。そう、その前開き穴は俺のこだわりポイントなのだ。
すると、オルフェリアはこだわりポイントを不思議そうに見ながら俺に尋ねてきた。
「ふむ……! そなたの世界は凄いのじゃな。……なあ、キドウ。このぼくさーぶりーふとやらは、ここに穴が開いておるぞ?」
「あ、それはわざとなんだ」
オルフェリアにそのことを尋ねられて嬉しくなった俺は、立ち上がりこの前開き穴の説明をする。
「ほら、ここからムスコが『こんにちはー』って出てこれるだろ? これがあると、小便の時に便利だし……もちろん、あんなことや、こんなことにも使えるんだよ……うへ、へへへ、うぇへへへ」
俺のボクサーブリーフの内側から手を入れ、前開き穴から指を出して説明した。
すると、俺の動作を見てオルフェリアは顔を赤らめてから、目をそらしてしまう。
「その説明は、な、生々しいのじゃっ! その顔もやめいっ!」
「機能性の良さをアピールしているだけなのにぃ……うぇふぇふぇ」
俺はニヤッと笑いながらオルフェリアを見る。
やっぱり、初々しい反応は新鮮でたまらないなぁ。これだけでムスコが元気になってしまうから不思議だ。
ローブの下は全裸なのだが、この黒いローブのお陰で股間にピラミッドが建設されることがない。俺は、安心しながらオルフェリアの初々しい表情を楽しんだ。
「こほん……。まあ、乾くまで待つかの」
耳まで真っ赤になっているオルフェリアを見て、俺はニヤニヤしていた。
大きな木々に遮られてしまっていて、太陽を拝むことができないが、その木々の隙間から木漏れ日が漏れる。その木漏れ日はオルフェリアを照らし、輝かせていた。
そんな彼女に目を奪われる。
本当に……本当に、綺麗で神秘的だ。
こんなこと言ってしまうのは申し訳ないんだが、ナティスがこの世界の女王様をするよりも、オルフェリアが女王様をした方がいいんじゃないかと思う。
ほら、肉団子と宝石。天辺に飾るなら、宝石の方が見映えがいいじゃん。
それにしても、本当に……――。
俺がオルフェリアに見とれていると、その視線に気が付いたのか、彼女と目が合ってしまう。
「ふむ、そうじゃな。この世界……【シンヴォレオ】のことを話していこうかの。キドウは何についてを聞きたいかの?」
真っ直ぐな瞳を直視することができずに、目をそらした俺は、質問された瞬間にこの世界の〈理〉について思い出した。
男なら下心ぐらいある。「恋」という漢字は「下心」と書くように、恋をしている男は下心ばかりが脳内を支配している。そう、それが男という生き物なのだ。
テレビとかでよく見る清純ぶってる男はぶってるだけであり、そういう男ほど、その心の中には下心ばかりだと思っていた方がいいだろう。
だが、男の頭の中が下心ばかりだからといって、「男は浮気する」などと決めつけて欲しくもない。
男は「恋」という感情よりも「愛」という感情が勝ったとき、はじめて一人の女性を見るようになるのだ。
「愛は真心、恋は下心」
と、誰かが言ったように、真剣になれば浮気なんてしない。それが男なんだってわかってほしい。
さて、前置きはここまでとして。
恋をしてから愛に変わっていくのに、この世界の〈理〉とやらは、恋をせずに愛せ! と言っているようなものだ。
と言うよりも、実際問題、俺は画面の向こう側に居た嫁達にしか、恋をしたことがない。
もちろん、人を愛したことなんてない。
回りくどく話していたが、簡潔にいうと、だ。
俺だって、ハーレムしたいもん。
恋もしたいし、浮気だってしてみたい。
結婚前提にじゃなくて、勢いでえっちしたいのだ。
ほら、えっちだって相性の良し悪しがあるっていうじゃん。
だから、体のお試しだってあったっていいわけだと思うんだよね。
……うん、これが言いたかった。最低だとか思われたって構わない。
そう、俺はオルフェリアが言っていた、「この世界ではハーレムをしない方がいい」という言葉に納得できていないのだッ!
「あのさ、オルフェリア」
「なんじゃ?」
「本当に、この世界ではハーレム出来ないの?」
俺がそう聞くと、オルフェリアは嫌悪感を顔に出しながら答えた。
「……そなたはしつこいのぉ。出来ないと言っているじゃろう? まさか、そなたはわらわが嘘をついていると思っていると言うのかの?」
「別にオルフェリアが嘘をついていると思ってないさ。ただ、信じたくないだけだ。俺は異世界に来たなら、チートなハーレムができるはずなんだって。そうお決まりパターンがあるんだって信じていたし、楽しみにもしてた」
そこまで言ってから一息吐くと、かぶっていたフードを取り、オルフェリアをを見た。
俺の目に映った彼女は、申し訳なさそうに項垂れている。
「それに、俺の世界の〈理〉と、この世界の〈理〉が大きく違いすぎて、理解し難いんだ」
思っていることを口に出すと、オルフェリアは「うむむ」と唸り、頭を悩ませている。
「逆を言えば、わらわにとってそなたの世界が理解し難いのじゃが。確かに、この世界でのそなたの存在は異例の例外じゃ。じゃが、そこまでミトラス様が許してくれるなんて思っておらぬ。それに、そなたの世界ではその『はーれむ』とやらが日常茶飯事だったとしても、わらわの世界では普通ではないのじゃ。普通ではないと言うことは、出来たところでこの世界……【シンヴォレオ】の人々には受け入れ難い話なのじゃよ」
その話を聞く限りでは、ミトラス様の決めたことは絶対ってわけですか。
でも一部、気になる部分があったな。
気になるって言うより、訂正したいってのが正しいかもだけど。
「あ、オルフェリアさん。誤解を招いてるようなので訂正しますが、俺が住む国ではハーレムが日常茶飯事なんかじゃありません。実を言いますとですね、俺の国でも一夫一婦ですよ、はい。ただ、俺の国とは他に、一夫多妻の場所がいくつかあるみたいだけど」
そう言い終えた俺は、オルフェリアの顔を見ていると、彼女の目がが見る見る大きくなっていく。
「そなたの世界には、国と国が共存しておるのか?」
「え、うん。世界ってくくりなら、たくさんの国が共存しているなぁ。……確か、百九十五ヶ国、だっけ?」
それを聞いたオルフェリアは目を真ん丸く開き、口をパクパクさせる。
「ひゃく、きゅうじゅう、ご…………じゃと?」
オルフェリアは信じられないと言わんばかりの顔をしている。
最近、丁度テレビを見たときに、確かそういってたと思うけど。間違えたかな?
「キドウが住まう世界は、百九十五もの国が共存できるのか……。凄い、凄いのじゃ!」
あんなにも驚愕していた彼女は、次に興奮したかのように言葉を叫ぶ。だが俺が、「この数は凄いのか」という言葉を発しようとした瞬間、彼女の興奮はすぐに冷めてしまう。
「わらわの世界では、二つの国すら共存できぬと言うのにな」
苦しそうな表情をして、彼女はそう吐き出すように言った。
その言葉の意味も、オルフェリアの表情が何を物語っているかもわからなかった俺は、彼女に気を使うことすらせず呑気に言葉をかけた。
「二つの国すら? えっと、じゃあ、俺が最初にいたところが〈ザンムグリフ帝国〉だっけ? その他に国があったのか?」
すると、オルフェリアは重い表情のまま口を開く。
「うむ、あったのじゃ。七年ほど前まで、わらわ達〈三眼族〉が納める国がの」
オルフェリアがそこまで言った、その時だった。
急に森が騒ぎ出す。
聞いたこともないような鳴き声が森一帯で聞こえたかと思えば、二本足で走る魚のような生き物や、顔は豚なのに、体が馬という生き物など。俺が居た世界では見たこともない、世にも奇妙な生物が俺達の前を通りすぎていく。
「ななっ、なんだ?!」
見馴れない生物に驚いて飛び上がった俺は、とっさにオルフェリアに抱きついた。
ああ、やっぱり女の子って柔らかいもんなんだね。
「どうしたというのじゃ……? って、キドウ! どこを触っておるのじゃあっ!」
俺は自分の手のひらの中に何を掴んでいるのか見てしまった。
おっぱいだ。俺、おっぱい触ってる。
初おっぱいだよ、柔らかい、柔らかい、やわ……。
「もももももも、揉むでないわぁぁああ!」
オルフェリアはそう叫ぶと、俺の手をその柔らかなおっぱいから引き剥がしてしまう。
「いいじゃんかー。不可抗力だってー」
「良くないのじゃ! それより、森の様子がおかしい」
俺が膨れっ面でオルフェリアの胸の感触の余韻に浸っていると、次の瞬間、大きな動物の悲鳴のような声が森中に響き渡った。