六枚目 「エロいことを考えると、血がよく出ます」
どうしてこの異世界の救世主になりうるかもしれない鬼童貞胤様が、こんな目に遭わなければならないのかと考えると、どうも腑に落ちない。
もっとちやほやされてもいいのではないか?
そう思いながら、俺は顎が浸かるぐらいまで温泉に沈んでいた。
どうしてまた温泉に入っているの? と、思っているだろ。そりゃあ一瞬だったとしても、全身凍り付けにされた日にゃ芯まで冷えるに決まっているだろう。
そうして、俺は改めてこの温泉に入っているというわけだ。
「だから、悪かったと言っておる」
俺の視界に入ってきたのは、黒いローブのフードを深くかぶった婆さんだ。彼女は温泉に足を入れ、申し訳なさそうにしながらも、ふてくされてそう言う。
「痴女め。あんな格好で俺を誘っていたくせに」
「そ、それは、何度も説明しているじゃろう! 温泉に浸かっているときに嫌な予感がして、慌てて家に戻ってみれば案の定、そなたが〈記憶玉〉に触れようと――」
「それで、慌てたからお得意の変装も、服も忘れたって話だろ? もう聞き飽きたよ」
俺は呆れ顔のまま、婆さんにいい放つ。すると、顔のしわを伸ばすかのように頬を膨らましていた。
「そうじゃがっ……!」
「それに、俺に本当の姿を見せてしまったというのに、なぜ未だに婆さんの姿をするのか……意味不明だ」
「う、うむむ……。それもそうじゃの」
そう聞いてか、婆さんは顔を赤らめながらフードを取る。すると、みるみる肌は若返り、白色だった髪の毛は綺麗な黄金色に変化していく。瞳の色は相も変わらず藍色の、まるで人形のようなその姿を俺はまじましと見とれていた。
……うん、やっぱり俺好みッ!
「これでいいかの?」
恥じらい顔のまま、その藍色の瞳で俺を見つめてくる彼女。
あどけなさが残っているようだが、大人びた風貌。身長はさりげなく俺よりも高いが、足の長いすらっと八頭身ッ! 地球ミスコンとかに彼女が出れば、充分上位に食い込む容姿だ。
とにかく可愛い! とにかく俺好み! 日本に居るビッチどもとは大違い、段違い!!
その容姿を見ているだけで、萎えていたムスコさんも、今では元気よく温泉の中で暴れております。
「そうそう。神様なんだから、もっとこう……堂々としてなくちゃいけないと思うんだよ」
俺は勝手に暴れるムスコを両手で押さえつけながら、彼女に聞いた。
すると、彼女はさらに顔を赤くして俺に吼えてくる。
「ばばばば、馬鹿を言うでないっ! わらわが神様など、冗談でも言えぬわっ!」
「……あれ。ってことは、君って神様じゃなかったってこと? 俺の早とちり? じゃあ、君にはなぜ額に目があるんだ?」
「キドウの世界には、わらわのような三つ目がおらぬのか。わらわは〈三眼族〉という誇り高き種族なのじゃ。〈三眼族〉は魔力を使うときだけ、この額の目が開くのじゃぞ?」
そう言うと、彼女は温泉に浸していた足を地面に着け、立ち上がる。そして、また足下が光ったかと思えば、閉じていた額の目がかっと開く。
その瞬間、彼女の手のひらには、火の玉が踊っていた。
やはり、何度見ても三つ目の彼女は気持ち悪いという印象ではなく、神秘的で美しいという印象だ。
でも実の話……、俺は彼女の名前を忘れてしまっている。
所々記憶がなかったり、驚きの連発だったり、現実逃避したりで、ことの始まりが一番曖昧になってしまっていた。
パンツ拾ったまでは記憶が明確なのに、彼女と〈契約〉したのははっきりと覚えているに、肝心の名前を忘れてしまっているから問題である。唯一、覚えているのは最初が『オル』というところだけだ。
俺は濁った温泉の中を沈みながら進み、彼女の近くへと移動し、申し訳なさそうに第一声を発した。
「あのさ……」
「なんじゃ、キドウ」
「君の名前って、オル……なんだっけ?」
俺がそう聞くと、彼女はぽかんと俺を見る。
彼女の手のひらで元気よく踊っていた火の玉も、その発言のせいかぼうっと消えてしまい、額の目も閉じてしまった。
「えっと、聞いてます? オル…………なんとかさん」
俺はそう言ってから、慈悲を乞うように上目使いで彼女を見る。
「わらわはオルフェリアじゃっ!! そなたは召喚した主の名前すら忘れたのかっ!」
彼女……いや、オルフェリアは険しい表情で顔を真っ赤にして叫ぶ。
そっか、彼女の名前はオルフェリアだったか。ここのところ色々ありすぎて、少し記憶から消えかかっていたよ。
まったく、俺としたことが。こんな美女の名前を忘れてしまっていたとは!
この鬼堂貞胤……一生の不覚ッ!
「ああ、そうだった。オルフェリアだったな。ごめん、ごめん。あまりにも超展開が多すぎて、所々記憶が……」
「ううむ、そうじゃな……。わらわもなんの説明もなしにこの世界、【シンヴォレオ】に召喚してしまったしの。その点はわらわの責任じゃな。申し訳なく思っておる」
俺が下手に出たお陰か、オルフェリアも申し訳なさそうに言う。
……本当は、嫌われなくて良かった。とか思ってしまったのは秘密だ。
「では、そなたが温泉から上がってから、この世界のことを説明するかの。また魔力を使ってしまったから、明日すぐに還すことが出来なくなってしまったからの」
オルフェリアはそう言うと、木陰においておいた靴を履く。その時、彼女の仕草――耳に髪の毛をかける仕草――を見たとき、俺の心は高鳴った。
やっと出逢えた、俺だけのヒロイン。
地球の至るところを探したって、こんな神秘的かつ、萌え要素がふんだんに盛り込まれた女の人なんて、滅多に居ないだろう。
日本に帰ってエロゲーしながら賢者タイムを味わい、最後に空虚を感じるより、こっちの世界で最愛の人と結ばれ、見事に童貞を卒業できるかもしれない。
そう、俺は彼女と結ばれればいいのだ。いや、むしろ結ばれたい。
なぜなら、俺は彼女に一目惚れしてしまったからだッ!!
「では、温まるまでゆっくり浸かってくるがよい。わらわは先に家に帰って、ご飯の支度をしておくのじゃ」
股間で暴れる小さなモンスターを押さえ付ける俺に、オルフェリアは可愛らしく笑ってくる。
その笑顔はやはりあどけなさが残っていた。多分、俺よりも若い。年齢は、推定十七、十八歳ぐらいだろうか。
まあ、歳が五つ離れていたとしても、俺は気にしないのだが。
それよりも、この子と結婚したらどうなるのかという妄想が膨らむ。
俺があの小屋に帰ると裸エプロン姿で迎えてくれて、「お帰りなのじゃ、キドウ。先に温泉に浸かるかの? それともご飯を食べるかの? それとも…………――わらわを先に食べるかの?」とか言いながら、エプロン下に隠れる所をちらりと見せつけ、俺を誘ってきて……ッ!!
ああッ、やっぱり俺はエロゲー脳だよッ! 仕方がないだろ、俺は至って健全な男子だッ!! 女の子のこと――詳しく言うと、えっちなこと――は、全てエロゲーから学んだしなッ。
でも、妄想だけはやめられない、止まらない。
だって目の前にいる、俺だけの女神様――オルフェリアがいるのだから。
やばい、このままではムスコが暴走モードに入ってしまう。活動限界にするしかないが、こんなところで抜けるわけがない。
そう脳内を思考が駆け巡っている最中、俺の鼻からお水様が出てくる感じがする。
なんだよ、しっかり温まっているというのに。また鼻水出てきたのかよッ。
「キドウ? そなた、のぼせたのではないか?! 鼻から血が……」
「え、えあ? ……本当だ」
俺はそれに指先で確かめると、触れた所だけ真っ赤に染まっていた。
今さっきから、ずぴってすると変な味がするのはこのせいか。
「早く上がった方がいいと思うぞ?! それとも、また具合が悪いのではないか? ならばわらわが手を貸そう」
「いや、大丈夫だからッ! こっちに来ない方が……」
俺は慌ててそう言うが、オルフェリアはまったく聞いてない。
彼女はローブを脱ぎ捨てると、あとの服は着たまま温泉に入ってきた。
オルフェリアの濡れる下半身、そして今にも大事な部分が透けて見えそうな胸元。
なんて、エロ――こほん。美しいんだろう。
ああっ! これはもしや、「背中を流すのじゃ、キドウ。わらわの胸で……の」とか言っちゃって、その柔かな肉まんを、俺の背中に押し当てて――ッ。
あああぁぁあッ!! ヤバイよ、ヤバイよ! 色々とヤバイよ!!
俺の妄想が暴走すると同時に、ムスコは暴走モードに突入する。
やばい、穴があったらぶちこ……いや、入りたい。
いや、だが俺、冷静になれ。
ムスコのこんな状況を見られたら、またオルフェリアに凍り付けにされるんじゃないのか?
いや、だがしかし、「ああ、なんて大きいのじゃ……。やはり、わらわは活きが良いのが好きじゃ」とか言ってくれて、オルフェリアが口を大きく開けて……ッ!
いや、いやッ! そんなことはない。多分そんなことはないはずだ。
頼む、俺の脳内ッ! 冷静になれ、なるんだッ!
「オルフェリアッ! 聞いてくれッ!! 今来ると、俺の元気なムスコが……いや、俺の理性が――ッ」
俺がそう言った瞬間だった。妄想が膨らみすぎたせいなのかはわからないが、俺の鼻から血が止めどなく出てくる。それも、だばだばと。
そんな俺の姿を見たせいか、オルフェリアは緊迫した表情でこちらに迫ってくる。
駄目だ。オルフェリア、来ちゃ駄目だ……!
来ちゃ駄目だ、来ちゃ駄目だ、来ちゃ駄目だ、来ちゃ駄目だ……来ちゃ駄目だッ!!
オルフェリア、お願いだ。来ないでくれ。俺はもうそろそろ、本能という名の獣に支配されそうだ。
俺の中にいる獣が、『んなもんヤっちまえよ、貞胤。どうせここは日本じゃないんだ。どうにかなるって』とか囁いてくる。
ああ、確かにそうだ。この世界には警察なんて居ないだろう。だったら、逮捕されることなんて気にしなくたっていい。
もう、いっそのこと襲って、彼女を食べてしまおうとか思ってしまう。
でも、ピュアな俺が『えっちは付き合ってからだよ、貞胤。日本のヤりポンチみたいになっていいのかい?』とか言ってくれている。
そうだ、そうだよなッ! 俺は愛し愛されてから、えっちしたいんだよッ!
俺は、日本のヤりポンチとは違うのだよッ!
「だだだだ、駄目だッ!! 来ちゃ駄目だッ!! 俺達はまだ……まだ付き合ってない! 順序を踏まなきゃ駄目なんだッ!!」
「なにを言っているのじゃっ! そなたの血の量……尋常ではないぞ?!」
オルフェリアは緊迫した面持ちでを叫んでくる。それを見るなり、俺はそんなに尋常じゃないほど鼻血が出ているということに気が付いた。
白く濁っていた温泉が、なんだが地獄絵図と言うのだろうか。俺のいる辺りだけ真っ赤なのだ。
俺はその光景を見た瞬間、驚きのあまり立ち上がる。
「な、な、なんじゃこりゃぁぁあぁああぁぁ!!」
「きゃあぁっっ!!」
その刹那、オルフェリアが悲鳴をあげてから目を手で覆い隠す。
あ、まずった。俺のムスコがふるふるポンチだった!
まずい、このままでは……また、凍り付けに!
そう思って俺は身構えたが、オルフェリアは魔法を使おうとはしてこない。
「こここ、これを……腰に……っ!」
オルフェリアは、俺のムスコ直視しないように視線を背けながら、布を差し出してくる。
「あ、ありがとう……」
俺は素直にその布を受け取ると、手早く腰に巻く。
その腰に布を巻いた時、いつの間にやら元気だったムスコ様が萎びていらっしゃるのに気が付いた。
なんだが立ち眩みもする。
……もしかして、鼻から血を出しすぎたとか?
「うーん、なんだか立ち眩みが……」
「ほれ。なら尚更わらわの家に行くぞ? いまさっき、そなたはお腹が空いていると言っておったではないか。わらわの料理で栄養を取るがよい」
オルフェリアはそう言いながら俺に手を差し伸べてくれる。
俺はその手を取り、自分の血で真っ赤に染まってしまった温泉から脱出した。
その時、俺の心臓はばくばくと高鳴っていた。
実は、女の子と手を繋いだのは、これが産まれて初めてだったからだ。
柔らかくて、温かい。手の感触だけ、でこんなにも緊張するというのに、えっちなんてしたらどうなってしまうんだろうか。
俺は心臓の音がバレないかドキドキしながらも、半面、嬉しさを噛み締めながらオルフェリアと共に小屋へと向かった。
……俺の鼻血、止まってないんだけどね。