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二十一枚目 「そんな神様なら、信じない」

お待たせいたしました。

五月病には十分お気をつけくださいませ。

 そして、必死にクトゥリの後に付いていくと、この城の中では一番といっていいほどの大きな扉に差し掛かる。

 装飾も艶やかで、まるでステンドグラスのようだと見とれてしまった。

「こちらが謁見の間になります」

「でけぇ……」

 見上げるほどのでかい扉。

 このサイズの人間、この世界にはいるのだろうか? と思いながら大きな扉を眺めていると、その扉の両端には外壁辺りで見た門番のような人物が二人佇んでいた。

「おはようごさいます、クトゥリ様!」

「御苦労様です、クトゥリ様!」

 胸に拳を当て、今まで会った門番にそっくりな扉番の二人はクトゥリに挨拶をする。

 この扉番達があそこにいた門番と同一人物なのか、はたまた姉妹なのか、ただ似ていると言うだけかはさておき、このやり取りからすると「だから『様』と付けなくていいのですが」と、クトゥリが嫌悪感を露にしながら会話が続きそうだな。

 俺は自信満々にクトゥリの返答を待った。

「……扉を開けてください」

 だが、悲しいことにその予想は見事に外れる。

 二度あることは三度ある、と言うではないか!

 どうした、ちっぱい! なんでいつものやり取りをしないんだちっぱい!

 そう考えても、今さっきのようにクトゥリは俺の心を読もうとはしない。それどころか、眉をひそめながら、虚ろな瞳で扉を見つめているのだ。

「は、はいっ!」

 様子がおかしいことに扉番も気付いたのだろう。困惑した表情のまま胸に拳を当てると、次に扉を押し始めた。

 そして、大きな扉が人ひとり分通れるほどになると、クトゥリはなにも言わずずかずかと入っていってしまうのだ。

「どうしたのでしょうか」

「クトゥリ様のあの表情、久しぶりな気が」

 扉番は動揺を隠すことができず、二人で話始める。

 丁度通れそうな幅を遮らていて、俺はその場に佇んでいた。

 呆然と立ち尽くしていると、中の方からクトゥリの声が聞こえてくる。

「キドウ様、早くこちらへ」

 冷たい口調で聞こえてくるその言葉が、俺の中の恐怖を煽った。

 俺、また知らず知らずのうちになんか仕出かしたのか……?

 見に覚えのない恐怖を感じながら、謁見の間の中に入ろうとする。だが、扉番の二人は俺の姿に気付いていないのだろう。話に夢中で道を開けてはくれない。

「あ、あのぉ……」

 俺は勇気を振り絞り、蚊の鳴くような声を出した。だが、案の定扉番にその声が届くことはなかった。

 すると、扉番の二人に遮られていた扉がさらに少しずつ開いていくのが見えた。

「貴様らの仕事とは、喋ることか? 違うだろう。……それに、貴様らは図体がデカイ分、邪魔だ。端に避けろ」

 その扉を開けたのは、マキラであった。

 背丈、横幅ともに扉番に劣っているマキラだが、気迫という部分においては、圧倒的にマキラの方が上である。

 その気迫に押された扉番達は、「はいぃ」と情けない声を出すと、持ち場であろう扉の両端へと移動していった。

「マ、マキラ。ありがとう」

「それはいいから、さっさと中へ入れ」

 その表情は真剣で、冗談を言ったものなら斬られてしまうのではないかと思うぐらいであった。

 俺は息を飲み込んでから、ゆっくりと謁見の間とやらに足を踏み入れる。

 すると、そこは映画やアニメ、ゲームの世界でよく見かける、俺がイメージしていた通りの謁見の間であった。

 ただ、そのイメージと少しだけ違う場分があるとするならば、両端に兵士や騎士が大勢立っているはずなのに、マキラとクトゥリ以外に人の気配が全くないのだ。

 辺りを見回しても、肝心のナティスとオルフェリアの姿が見えない。

 不思議に思いながら呆然としていると、急にぐいっと誰かに腕を掴まれる。

「貴様、本当に帰る気なのか?」

 腕を掴んだまま、眉間にシワを寄せていうマキラ。

「……そう、だけど」

「本当に、本当にそれでいいと思ってるのか?」

 マキラの真剣な眼差しが俺に突き刺さる。

 昨日はあんなにも喜んでくれたと言うのに、今日のこの態度はいったいなんなのか?

 不思議そうにマキラを見つめていると、その影から険しい表情のクトゥリが顔を覗かせる。

「キドウ様は、オルフェリア様の話を聞いていたのでしょう?」

「話って……。いや、俺だって色々と混乱してるからさ。あのさ、どの話か教えてくれないか?」

「そうですね、クトゥリの質問の仕方はおかしかったですね。申し訳ありません。オルフェリア様がおっしゃっていた、〈召喚術〉について……いえ、〈禁忌〉にまつわる話のことです」

 その話を聞くなり、俺はぽん、と手を叩いた。

「ああ。なんだか『魔に堕ちる』とかなんとか言ってたあれ、かな? それがどうしたって言うんだ?」

 そう言うなり、急にマキラが怖い顔をして俺の胸ぐらを掴んでくる。

「貴様! 『魔に堕ちる』という意味を知らずにあんな軽い口を叩いたというのか?!」

「えっ、だって、俺……、この世界のこと、知らないしッ!」

「『知らない』で済まされては困るのだ! ナティス様のせっかくのご慈悲を貴様が踏みにじることになるのだぞ?!」

 マキラの唾が降り掛かる中、俺はその意味の半分もわかっていなかった。

「だから、それを教えてくれなくちゃ、俺はそれらを知ることができないんだけど…………」

 俺が弱々しく言うと、二人はまるで「無知は罪」とでも言いたそうな表情で俺を睨み付けてくる。

「『魔に堕ちる』ということは、『人ならざる者に堕ちる』という意味です。〈禁忌〉を犯した人間は、人間として輪廻転生することができません。『人ならざる者』……つまり、この世界で〈禁忌〉を犯せば、ただの()()へと変わり果ててしまうのです」

「化物……って。あの、猿とかウツボカズラみたいな感じか?」

「あれは古来から存在している種類の生物達です。それらとは違い、新たに生まれた生物……、『魔に堕ちた』人間のことを、この世界の人々は〈()()〉と呼んでおります」

 クトゥリの口からそれを聞いた俺は耳を疑った。

 〈魔物〉と言えば、よくRPGに出てくる魔王が従えているモンスターとかのことを〈魔物〉と呼ぶだろう。

 だが、この世界にも〈魔物〉は存在し、その〈魔物〉と言うのが『魔に堕ちた』人間の成れの果てだと言うのだ。

「で、でも。俺が帰る話とその話がどう関係してるんだよッ」

「……貴様は馬鹿か? 馬鹿すぎて呆れるぞっ!」

 マキラは鋭い目付きで俺を睨むと、胸ぐらを掴んできた。

「貴様は〈禁忌〉の術、〈召喚術〉でこの世界に呼び寄せられた。もちろん、本当ならばその時点でオルフェリアは〈魔物〉と化すはずだ。だが、現にオルフェリアが〈魔物〉と化していないのは、この【シンヴォレオ】の神であるミトラス様にお会いし、〈禁忌〉を犯すことを許されたからだ」

「お、おうッ。確かにそんなことを言ってたっけか」

「貴様はよそれを聞いてなんとも思わないのか? オルフェリアは()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っていた。……では、貴様が一旦元の世界に帰り、オルフェリアがまたこの世界に貴様を召喚したら……どうなると思う?」

「どうなる、と言われても……」

 俺は困り果てた表情でマキラを見つめる。すると、マキラは俺の胸ぐらから手を離し、落ち着いた表情でまた口を開く。

「いや、どうなるという聞き方では貴様にはわからないか。言い直そう。()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 マキラの言葉を聞いて、やっとその意味を理解した。

()()()()()()()?」

「…………二度目、だな」

 俺はその言葉を自分の口に出したとき、崩れるようにその場に座り込む。

 その言葉を口にして、やっと頭で理解することが出来た。

 ……いや、口にすることでやっと認めることが出来た、という方が正しいのだろうか。

 どちらにしても、無知な俺はこのままオルフェリアと二度と会えなくっていたのかもしれないのだ。

 俺は認めたくなかった。でも、それが事実だということはマキラとクトゥリの瞳が物語っているのだ。

「…………クソッ! 俺は何てことをしようとッッ!」

 自分自身に腹が立った俺は、何度も何度も太股を拳で殴り続けた。

 自分の太股だったとしても、手加減なしで殴っていたのだから痛い。

 だけど、そうでもしないと無知で無力な自分が許せなかったのだ。

「俺は、なんで軽々しくあんなこと言っちまったんだよッ!! クソッ! なんで俺はこんなにも馬鹿なんだよ……ッ」

 俺は歯を食いしばりながら、自分自身の不甲斐なさに涙を堪えた、そのときだった。

 あの綺麗で大きな扉がほんの少しだけ開いたのだ。

「ふむ、サダタ――……おほん。キ、キドウが部屋にいないと思ったら三人ともここに居たんじゃの」

 すると、大きな扉の隙間からひょっこりと顔を出したのは、オルフェリアだった。

 彼女はきょとんとした表情でこちらを見ている。

 俺はオルフェリアの顔を直視することができず、目をそらして俯く。

「もう、マキラもクトゥリも迎えに来ないからおかしいと思っていたんです。三人でわたくし達を驚かそうと思っていたのですか?」

 次に姿を現したのは、甘い幼女声のナティスであった。

「…………キドウ様? どうしたのです? お顔の色が悪いようですが……」

 俺の様子がおかしいことに気付いたナティスは、側に寄ってくると俯いている俺の顔を覗き込んでからそう言った。

「本当じゃの。これから元の世界に変えれるというに、そんな暗い表情をしてどうしたというのじゃ?」

「――ッ!」

 何気なく覗き込んできたオルフェリアの表情は普段通りで、これから〈魔物〉になるかもしれない者の表情とは思えなかったのだ。

 その普段通りすぎる表情を横目で見てしまった俺は、また感情を抑えることができなくなっていた。

「……いいのかよッ! お前は俺をもう一度召喚すると、〈魔物〉になっちまうかも知れねぇんだぞ?!」

 相手が女の子だというのに、俺はオルフェリアの肩を強く掴みそう叫んでいた。

 この世界にの住人なら、〈禁忌〉と言うものがいかに恐ろしいことなのかわかっているはずなのに。

 なのに、余計に平然とした表情のオルフェリアに苛立ちを覚えたのかもしれない。

「痛い……。サダタネ、痛いのじゃ」

「これから、もっともっとお前のことを知りたいのに。どうして、平然とした態度で〈禁忌〉を犯そうとするんだよッ!」

「…………、なにを言っているのじゃ」

「お前は自分で言ってただろ?! 『〈禁忌〉を犯すことは許されぬ。わらわも魔へと堕ち、二度と人間として転生出来ぬ』って。だったら、なんで一度しか許可されていない〈召喚術〉を使おうとするんだよッッ! 俺をもう一度召喚することは同じ〈禁忌〉じゃねぇのかよッ!!」

 そう叫ぶと、オルフェリアはあからさまに悲しそうな表情で俯く。

 オルフェリアは素直だから。だからこそ、俺のその言葉が図星なのを隠し通せないんだ。

「なんとか言えよ! お前がいなくなっちまったら、俺は……ッッ!」

「…………わらわは召喚したそなたを利用し、ミトラス様のご好意ですら裏切り、【シンヴォレオ】を滅びへと誘おうとしておったのじゃ。このぐらいせねば、ミトラス様に顔向けができぬ。――――否」

 そこまで言うとオルフェリアは顔を上げ、潤んだ瞳をこちらに向け、辛そうな表情をして笑う。

「そなたたちに、顔向けができぬのじゃよ」

 その笑顔を見た瞬間、俺の心が締め付けられるようだった。

 たぶん、他の三人も同じことを思ったのだろう。悲しそうな表情のまま、俯いてしまう。

「わらわにはもう、このくらいしかできぬ。もう、わらわのことを心配する人間などこの世界には居ないからの。じゃから、わらわが魔に堕ちるだけで世界が救えるなら、わらわは――」

「――なに言ってるんだよ! 俺はそんなの嫌だッ!!」

 オルフェリアの無責任な言葉に、俺は黙っていることなんてできなかった。

「お前は身勝手だよ!! 心配するやつが居ない? 俺達がいるだろ?! みんなの気持ちを踏みにじるなよ!! だったら最初から言えよッ!! オルフェリアが魔に堕ちるくらいなら、俺は元の世界に帰れなくったっていいッッ!」

「…………、駄目じゃ。そなたは帰るのじゃ」

「なんでそんなこと言うんだよ! 俺はオルフェリアのことを――」

「帰るのじゃ! そなたは元の世界へ帰り、両親や友人に別れを告げるのじゃっ!!」

 そう言ったオルフェリアの顔を見て、俺は声が出なくなってしまった。

「そなたは見たであろう? わらわの記憶を。わらわは家族に、あまつさえ家臣達ですら、別れを言えなかった」

 泣きながらも、真剣な眼差しを向けるオルフェリア。彼女の健気なその姿を見て、どんな言葉をかければいいというのだろうか?

 俺はそのまま、言いたかった言葉も言えなくなってしまった。

「逃げて、逃げて、最後に追い詰められたわらわは崖から落ちたのじゃ。そして、気付いたときにはリヴに、〈忌まわしき魔女〉に助けられておった」

 涙を拭いながらも淡々と過去を喋るオルフェリアに、俺達はそっと耳を傾ける。

「傷が癒えた頃には、もう〈グランヴァーレ王国〉は、〈ザンムグリフ帝国〉に落ちた数日後であった。こっそり〈グランヴァーレ王国〉へ行ったがの、そこはただの瓦礫の山じゃった。親しき者達の死に顔ですら、見ることができなかったのじゃ。……じゃから、じゃからサダタネ。せめて、そなたにはわらわのような思いはさせたくないのじゃよ」

 そこまで話したオルフェリアの目からは、もう涙が流れることはなかった。

 彼女なりの俺に対する配慮なんだろう。

 でも、だからって……。

「ですが、だからといってオルフェリアさんが〈禁忌〉を犯す理由には……」

 俺が思っていたことをそのままオルフェリアに伝えたのは、ナティスであった。

「ミトラス様はこの世界の救済を願っていた。じゃが、〈召喚術〉は強大な魔力を使うために術者を選ぶ。それが可能なのが、わらわ達のような強大な魔力を持つ〈三眼族〉なのじゃよ。じゃが、わらわしか〈三眼族〉は生き残っておらんからの、わらわしか出来ぬことなのじゃ。じゃが、わらわはミトラス様の願いすら裏切る行為をした。じゃから、そのくらいのことをしなければ、わらわはミトラス様にも、そなた達にも顔向けができぬのじゃよ」

 無理矢理作った笑顔がひきつっている。

 オルフェリアは作り笑いが下手だ。心配させまいと笑っているのかもしれない。これが一番なんだと思っているのかもしれない。

 だからこそ、そんなオルフェリアに余計に腹立たしくなった。

「自分勝手なことばかり……ッ! そんなこと、神様がそう思ってないかも知れねぇじゃねぇか! 第一、そのミトラス様? 本当に実在するのかよ?! 本当に居たらな、直接言ってやるッ! 〈禁忌〉がなんだって言う前にな、神様ならもっと自分の世界に住む人間を大切にしろって!!」

「なっ!! 貴様、ミトラス様に対して失礼な言い方を……!」

 そのミトラス様とやらを侮辱されたことに腹を立てたのか、マキラか目を吊り上げて食いかかってくる。

 でも、俺もそれを気にしているほど心に余裕なんてなかった。

「信仰されてる神様なんてな、人間が作り出した都合のいい神様ばかりなんだよ! 居るんだったらなぁ、この世界の救世主になるかも知れない人間に挨拶しろっていうんだ!!」

 神様が居る居ないなんて、この際どうだってよかった。

 自分を信仰する人間に、こんな思いをさせることしかできない神様なんて俺は信じない。信じたくなかった。

 第一、俺はこの世界の人間ではない。

 信仰していない神様のことをどう言おうが、異世界人の勝手だろう。

「この世界を救うかもしれない人間と話が出来ない神様の願いなんて、知ったこっちゃねぇッッ! そんな礼儀知らずの神様の願いなんぞ、聞く耳も持てねぇよッッ!」

 俺はどうしようもない怒りを、言葉に変えて吐き出すことしかできなかった。

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