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十八枚目 「胃袋を掴むと言うことは、ハートを射止めることにも繋がる」

 だが、俺には一つ気になることがあった。

 クトゥリのことである。

 だって、「朝食を持って参ります」とか言っていたくせに、手元には料理が乗っている様子がないのだ。

「では、私もこっちに座ろう」

 朝食のことで真剣に考えていると、マキラは嬉しそうに俺の隣に来る。

「マキラ、ちゃんと恩を返せよ?」

 俺は小声で念を押す。だって、「恩を仇で返す」と言う言葉もあるし……な。

「……その、わかっている」

 マキラは咳払いをしてから小声でそう言った。

「では、クトゥリ。仕切り直しで朝食をお願いします」

「かりこまりました」

 クトゥリはナティスの言葉で動き出す。

 この前「クトゥリはナティス様の命令にしか従わない」と言っていたのは本当のようであった。


 そして、朝食を楽しみに待っていると、目を疑うような光景を目の当たりにした。

 なんと、クトゥリは当然のように換装魔法を使って、そこから料理を取り出しているではないか。

「お、ちょ、クトゥリさん!」

「なんでしょうか、キドウ様」

「お前……ッ! 殺人道具をしまっている異空間に料理入れて運んでくる馬鹿はいないだろうがッ!!」

 俺がそう騒ぐが、誰もそこを気にしていないらしい。

 どうするんだ、俺の朝食に肉片とか付いてたらさ!!

「キドウ様、クトゥリの異空間には新品の武器しか入っておりません。それに、武器の場所と料理の場所は別にしております。ご安心ください」

「ちょ! どんだけ器用なんだよ! どちらかと言えばご都合主義な感じじゃねえか! 安心できねぇよ!!」

 俺はそう言うと、またクトゥリは意地悪そうに笑った。

「……では、要りませんね」

 クトゥリは悪い顔をしたままオルフェリアの目の前に料理を並べていく。

 だが、その料理は出来立てのように湯気が舞い上がり、食欲を誘う美味しそうな匂いもしてくる。

「まあ、魔法は使いようじゃな」

「物は使いようみたいに言うなよ!!」

 オルフェリアに突っ込みを入れた時点で、クトゥリはナティスの目の前に料理を並べていた。

「あまり騒ぐな。貴様の唾が飛び散って……汚い」

「仕方が無いだろ! 俺はこの世界に来てから日が浅いんだ!!」

 俺はつい立ち上がり、マキラに怒鳴り散らかす。

 この世界で貴重な男だって言うのに、この扱いは酷すぎるだろ!

「もういいよ! どうせ俺なんて……」

「まあまあ、キドウ様。ご機嫌を直してくださいませ」

「そもそも、お前がからかうからだろ!!」

「ですから、お詫びの印です」

 クトゥリはそう言うと、オルフェリアに用意したのと同じ料理を並べていく。

 サラダや魚、パンにスープなど。

 どんな植物や生物がこうなったのかとか、この際追求しないとして、まともな食事を見たときの俺の感動ったら半端なかった。

「うおおお! 目玉焼き! サラダに……パパパン! パンツはオカズだけど、パンだよ、パン!!」

「落ち着くのじゃ、キドウ」

「そうですよ、キドウ様。腰を落ち着かせてください」

「はっ、はいっ!」

 年下であるオルフェリアとナティスに注意され、俺は素早く椅子に座る。

「お待たせいたしました。では、お食べください」

 ナティスがそう言うと共に、マキラとオルフェリアはナイフとフォークを持ち、馴れた手つきで料理を口に運ぶ。

 てか、あまり気にしていなかったけど、ナイフとフォークは変わっていないのか。と思いながらも、俺は馴れない手付きで料理を口に運ぶ。

「……この魚、美味い!」

 口にいれた瞬間、中でほろりと溶けて無くなってしまった。

 この口の中で溶けてしまう食感はマグロの大トロに似ているが、あれのように油がクドくなく、さっぱりとした味なのだ。

 魚嫌いな俺は感動しながらも、次にスープをすする。

 さらりと飲めて、喉越しがさっぱりしているが、少しクリーミー。

 さらにサラダも頬張ると、しゃきしゃきしている中に香ばしい香りが口に広がる。

美味(うま)い、美味い、美味いーッ!! こんな美味しい料理なら、毎日食いてぇッ!!」

 感動のあまり、がっつくように食べていた俺を冷ややかな目で見ているのは、隣に座るマキラであった。

「キドウ……、もっと行儀良く食えんのか? ナティス様の前だぞ?」

「だって、だって美味いもんは美味いんだもんッ!! コレを作った料理人さんはどんな子なんだ?! どうせ可愛いコックさんなんだろ?! 俺、どうせならこんな料理が作れるお嫁さんがいいッ!!」

 食べるのと喋るのが忙しすぎて、周りに気を配ることなんて忘れていた。

 俺は今あるだけの料理を無理矢理口に詰め込むと、すぐさま水で流し込む。

 その時やっと、辺りが妙に静かだと言うことに気が付いたのだ。

「……あれ、どうした?」

 俺は辺りを見回す。

 隣にいたマキラは、なんだか顔色が悪い。

 マキラの視線の先を見ると、それはナティスの方であった。

 ナイフとフォークを握り締めながら、ぷるぷる震えているではないか。

 勿論、けしからん乳も右往左往と小刻みに震えてます。

「あれ、ナティス……?」

「こここここ、これれ、つつ作ったのは、クトゥリですよおおお」

「……え」

 今にも泣きそうな顔で言うナティス。

 その事実を聞かされた俺は、すぐに壁際に立っているクトゥリを見た。

 ……うわあ、すっごい冷たいジト目で俺を睨んでるよッ!

「……これ、クトゥリが?」

「そうですが、なにか?」

「いやぁ、人って見かけによらないもんだねぇ」

「どういう意味ですか」

「いやぁ、本当に凄い凄いー……あーははは…………」

 俺はこの場を丸く収めようと、薄ら笑いを浮かべながらそう言ってやり過ごそうとする。

 だが、目の前に居たオルフェリアが、いきなりばしゃん! と、机を両手で勢いよく叩いた。

「ひぃッ! ……どど、どうした?」

 なんだろう。

 修羅場に憧れていたのに、あんなにも修羅場を経験してみたかったのに。

 今ではただ、この状況が怖いですッッッ!

 俺は小さくなってオルフェリアの様子を伺った。

「キ、キドウは料理が上手い女が好きなのだなっ!!」

 しかしながら、オルフェリアの顔付きは怒ってるとかショックを受けているとかではなく、希望に満ち溢れている。

「わらわも作れる料理の種類を増やさなければな……!!」

「……え」

「キドウに食べさせてやった、あの料理じゃ! 独特な味じゃが、美味かったであろう?」

「…………え?」

「今度はあれをスープに入れて煮込んでみるのじゃ! 創作料理とは、わらわもなかなか頭が回るのう!」

 ……どうしよう。

 あの黒光りに手を加える気だ。

 …………てか、あのせいで俺が粗相したこと、気が付いてなかったのか。

 どうしよう、修羅場よりこっちの方が怖い。

「えっと、オルフェリア? あのな、アレじゃなくて違うりょ――」

「そそそそそ、そう言うかかか考え方もあったのですすすね! わわっわ、わかりました! クトゥリ!! わたくしにりり料理を教えなさいいい!!」

 俺がなんとかオルフェリアにあの得たいの知れない料理の進化を阻止しようとしたが、ナティスが顔を真っ赤にしながら目を泳がせて叫ぶ。

「ナティス様。ですが、料理人やクトゥリが居ますので、なんだかんだでナティス様が料理をする利点などないかと……」

「わたくしはやります! やるったらやるのです!」

 クトゥリが止めようとしても、ナティスは子供のように頬を膨らませて駄々をこねた。

 ……と言っても、まだまだ十四歳の子供か。

「止めるでない、クトゥリよ! 『胃袋を掴む』ということは、『相手の心を射止める』とも聞いたことがあるのじゃ! じゃからわらわ達はやるのじゃ!」

「そうですっ! 負けませんからね、オルフェリアさん!」

「望むところじゃ、ナティス!!」

 やる気満々な二人は、楽しそうに火花を散らす。

 こう見てると、オルフェリアも子供っぽいところがあるよな……とか思ってしまう。

「では、キドウにどちらが美味かったか決めて貰おうかの」

「そうですね、そうしましょう!」

 なんか勝手に盛り上がってる……。

 どうしよう。二人とも料理下手だったりして。

 俺の胃……保つかな。

「く、食えるモン作ってくれよッ!!」

「あたりまえです!」

「そうじゃ! 美味かった料理を選んでくれと頼んでいるのじゃ。キドウは選べば良い」

 オルフェリアのそのどや顔は自信があるのだろうか。

 ……その対決、待ち遠しくありません。


 俺はげっそりした面持ちで溜め息を吐いていると、オルフェリアとナティスの表情が変わり、お互いの目を見てから俺に話しかけてきた。

「選ぶ、で思い出したのじゃが…………キドウ、そなたに選んで欲しいのじゃ」

「……なにを」

 俺はクトゥリが追加でくれたパンをちぎって口に運びながらそう言う。

「この世界に来てくれるか、そなたの元いた世界に帰るか、じゃ」

 そう言うオルフェリアの表情が真剣であった。

 ナティスも心配そうに俺を見つめてくる。

「キドウ様がこの食卓に来る前まで、オルフェリアさんと話していたのです。わたくし達の都合だけでキドウ様をこの【シンヴォレオ】に召喚してしまいました」

「そなたにもそなたの世界があり、そなたの都合があったはずじゃ。身内の者も心配しているじゃろう?」

 そう言われると頭を悩ます。

 確かに突然居なくなったワケだから、心配しているかもしれない。

 ただ、この世界【シンヴォレオ】と俺の世界、地球じゃどれだけのタイムラグがあるのかわからないのだ。

「……あのさ、俺がこの世界に来て何日が経つ?」

「六日目じゃの」

「そんなに経ってたのかよ! 召喚されたばかりの頃はいろいろありすぎて日数計算もしてなかったけど……。一週間も行方不明なら、母ちゃんが心配してるだろうなぁ」

 母ちゃんもなんだかんだで毎日電話掛けてくるもんな。多分、母ちゃんは大騒ぎしているに違いない。

 会社も無断欠勤しすぎていて、本当にどうなるかわかったものじゃない。

 まだ新人なわけだし……。

「無理に、とは言わないのじゃ。そなたが帰ってしまっても、誰も責めたりはせん」

「【シンヴォレオ】の人間が全滅したとして、この世界が滅びるわけではないですし……ね」

 ぎこちなく笑うナティスの表情を見ていられなかった。

「もしもの話だけど、俺が帰ったとして、他の男を召喚することができないのか?」

「無理な話じゃ。【シンヴォレオ】の〈禁忌〉を犯すことは許されぬ。わらわも魔へと堕ち、二度と人間として転生出来ぬ」

 オルフェリアの話……矛盾してないか?

 〈召喚術〉を使うことが〈禁忌〉ならば、俺を召喚したことも〈禁忌〉になるはずだ。

 なのに、オルフェリアは魔に堕ちてはいない。

「え、でも……俺を〈召喚術〉で召喚したのは〈禁忌〉ではないのか?」

「わらわはの、()()()()()()()()()()のじゃ」

 それを聞くと、隣のマキラさんの顔がみるみる強ばっていくのがわかった。

「馬鹿なことを! ミトラス様に会えるわけが無いだろう! 【シンヴォレオ】の神だぞ、そんな容易く会えるなど……」

「それがわらわの目の前に現れたのじゃよ。『我が世界【シンヴォレオ】の〈理〉を破壊しかねん〈召喚術〉を、汝に一度だけ許可しよう』と言っての。現に、わらわは〈禁忌〉を犯したというのに、魔へと堕ちてはおらん」

「だがっ……」

 マキラが納得できないのはよくわかる。

 神様って会える存在ではないはずだ。

 地球に居たときだって、芸能人にお目にかかることのなかった俺だから、神様に会える確率なんてゼロパーセントに近いだろう。

「マキラ、ミトラス様のことはあとで話してもらいましょう。ですが、今はキドウ様のことが先です」

 マキラを宥めるように、ナティスは笑顔で言った。


 そう言われても、正直困る。

 確かに初めてこの世界に来たとき、この世界に召喚された真実を聞かされたときには帰りたいと強く願っていた。

 だけど、今はと言えば残りたい気持ちも少なからずあるのだ。

 この世界に興味があるのも本当だ。

 魔法がある世界。女性しかいない世界。

 ……でも、母ちゃんや父ちゃん、会社の上司や同期。そんなに居ないが友人など。

 きっと、心配していることだろう。

 …………、それに。

 『むちきゅん☆魔法少女』がプレイ出来ていないのが心残りだ。


「……帰るよ」

 少し沈黙が流れていたこの部屋に、俺の声がはっきりと響いた。

 その声を聞いたそれぞれが、少し寂しそうな表情をする。

「そ、そうですよね。わたくし達の都合を押し付けては申し訳ないですもの……」

 ナティスは瞳を潤ませながら、小刻みに震えていた。

 俺はその続きを話そうと口を開くが、オルフェリアに先を越される。

「そうじゃな。せめて手土産でも持たせてやろう」

 なんだか、勝手に話が進んでくんですが。

 俺は負けじと言いかけていた言葉を発しようとした。

「でもな、俺――」

「マキラ様も寂しいでしょう。同じような変態が居なくなるので」

「クトゥリ……貴様、殺すぞ」

「やめてくださいませ、マキラ様。ナティス様の御前(ごぜん)で、そんな乱暴なお言葉を……」

「貴様、無理と言っているだろう」

「そんなこと…………、ありません」

 クトゥリは意地悪そうにまた笑っている。

 そんなクトゥリの顔を見て、顔を真っ赤にして怒っているマキラ。

 ……怒りたくなる気持ち、わかるなぁ。


 でも、そんなことを考えている場合じゃない。

 ちゃんと自分の意思を伝えないと。

 俺はこほん、と咳払いをしてから、

「待ってくれないか、みんな」

 と、真面目な顔でそう声を発する。

「改まってどうしたというのじゃ?」

 オルフェリアは俺の顔を見るなり、心配そうに話しかけてきた。

「いや、その話には続きがあってさ。最後まで聞いてほしいんだ」

 俺はそう言うと、一息吐く。

 そして、改めて彼女達の顔を見ながら話した。


「一度、元の世界に帰ってから、両親に話をして、今してる仕事もきちんと辞めてきたいと思ってるんだ。まだ、やり残してきたこともある。だから、俺は『一旦、帰る』という形を取りたいんだ」


 そう話したとたん、ナティスの瞳がキラキラと輝いた。

「では、ではっ!」

「ああ、最終的にはここにいようと思う。俺になにができるかわかんないけどさ」

 俺の言葉に、なぜか泣き出すナティス。

「キドウ様が、キドウ様が残ってくれますって、マキラ、クトゥリぃーっ!」

「良かったですね、ナティス様」

 あまりにも嬉しかったのか、うわんうわんと声をあげて泣くナティスを、宥めるように頭を撫でるクトゥリ。

「私は嬉しくないのだが、な」

 複雑そうな表情を浮かべているマキラ。

 そうだよね、マキラにとって俺はライバルになっちゃうんだもんね。

「ありがとう、キドウ。そなたはこの世界でなにかをしようと考えなくていいのじゃ。そなたが好きになった女子(おなご)と恋愛をし、家族を作る。たったそれだけでいいのじゃよ」

 そう笑って言ってくれるオルフェリア。

 この六日間で見た中で一番の彼女の笑顔は、俺にとって最高の手土産になったかもしれない。

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