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十六枚目 「華麗なる、ビフォーアフター」

 ……え?

 俺はその少女の言葉を聞いて耳を疑う。

 今なんて言った?

「ご、ごめんよ。も、もう一度言ってくれないかな?」

「え、あ、はい。わたくしは、ナティス・レイヴィン・ザンムグリフです」

 彼女は自分のことを『ナティス』だと名乗った。

 え、まって。確かにすこしぽっちゃりとした美少女だけども。あれ?

 あの鏡餅のようなナティスはどこへ行ってしまったんだい?

「あ、えーっと。俺の知っているナティスとは姿が違うようですが……」

「だから、お前と会ってから痩せてしまったと言っただろう」

 俺が困惑していると、扉の方から凛とした声が聞えてくる。

 扉の方を見ると、そこには腕組みをしたマキラの姿があった。

「痩せたって……マキラ、これは尋常じゃない痩せ方だぞ?」

「だから心配しているんだ。貴様、ナティス様が倒れたりしたら容赦――」

「マキラっ!! 良しと言うまで、わたくしやキドウ様に近付かないようにと言ったでしょう!!」

 ナティスは鬼の形相でマキラに怒鳴る。すると、マキラは怒られた犬が耳を垂れ下げるかのようにしょげていた。

 あれ、なんだかマキラも可愛く見えてきたぞ。


 ……って、まてよ。そうは言ったって、一週間とかそこらしか経ってないよね?! それにしてはこの痩せ方病的でしょ?!

 ナンテコッタイ!!

「君はナティスだったのか! それにしてもその痩せ方は病的だ!!」

「はい? 確かに体が軽くなったような気がしますが……。ですが、お医者様に見てもらいましたが、至って健康体だ、とおっしゃってくれましたよ?」

「ほ、本当か?」

「はいっ」

 ナティスは俺に天使のような笑顔を向ける。

 おおおおおお、おお、結婚しよ。


 うん。俺、この子と結婚するわ。

 一生ヒモ生活ッ! 一生子作りッ!!

「ナティスが可愛いくなったから結婚します! さあ、子作りしようッ!!」

 つい興奮してしまった俺は、ナティスの手を握りそう告白した。

 すると、ナティスの顔が見事に真っ赤になるのだ。

 ……可愛い!

「え、あっ! キドウ様……、ここ、子作りは、まだ……」

「なに言ってるんだッ! 〈契り〉も子作りもなんら変わらんだろう!! よし、もうこうなったら今からしよう! えっちしよう! 羞恥プレイも乙なものだッ!! なんなら全員まとめたってかまわないぞッ!」

「え、え、ええええっ?! ままま、まってくださいっ、キキキドウ様……!! ちち、〈契り〉と言うのはは、けけけ結婚する際の、せせ〈契約〉であって……けけ決して、だ男女がままま交わるこここ子作りとはかかかか関係ないのですがっ!」

 慌てるナティス可愛いよ。その動作に合わせて、爆乳がたゆんたゆ――


「ナティス様から離れてくださいませ、この変態野郎様」


 なんか額にぶっささったような……って。

 これ、クトゥリの……クナイ?

「いぎゃあああ!!」

 額から抜き取ると、大量の血が出てくる。

 死ぬッ、死ぬッ、死ぬううううう!!

「クトゥリまで!! キドウ様が死んでしまいますっ!」

「いえ、ナティス様のお体が第一です。それにしぶとい男ですから、死にません。……残念ですが」

 クトゥリは最後の言葉を言い放つとき、本当に残念そうな表情をする。

 ……こいつ、俺を殺したいって言うのかっ!!

「最後の『残念ですが』って、なんだよ!! 俺を殺したいのか!!」

「別に、殺したくなんてありません」

「そのジト目が信用なんねえんだよッ!」

「そうですかー、申し訳ございませーん」

「このメイドめぇッ!!」

 俺は怒りにまかせてクトゥリを追いかけ回す。

「あ、あのっ、キドウ様」

 そんな俺を引き止めるように、ナティスは俺を呼び止めた。

「どうした?」

「キ、キドウ様? えっと……、子作りは、その。わたくしが元服したら、で」

 そう言うと、ナティスはもじもじしだす。顔を赤く染めて、目が泳いでいるのだ。

 ああ、かーいい。

 ……って、元服?

 ふと思った。そう言えば、ナティスっていくつなんだ?

「……ナティス、君って何歳なんだ?」

「えっと、十四になります……ね」

 それを聞いて、俺は唖然とする。

 十四歳?! 俺と十も離れてるけど、犯罪じゃんッ! ……まあ、異世界だから関係ないか。

 そのくせ、このけしからん乳をぶら下げているのか!!

 けしからん乳だ。……重たそうだから、紳士な俺がこの乳を持ってあげよう。

 そんな俺の下心を見抜かれたのか、クトゥリが俺を背後から襲いかかってきた。

「ブオッ!!」

「これも機会ですので、今から楽にしてさしあげましょう」

 クトゥリは俺の首に腕を回し、本気で絞め殺そうとしてくる。

 本当に女なのか?! この腕っ節、男並だろう?!

「ぐおッ! 死ぬ、しう……!!」

「クトゥリ、おやめなさい!!」

 ナティスの力強い声が響き渡ると、すぐにクトゥリは俺から離れた。

 ……こういうときのナティスは、女王様って感じだよなぁ。

 なんとか生命の危機を脱した俺は、大きく空気を吸い込む。

 うん、ウマイ。


「でも、どうなされたのですか? 使用人達が怯えていましたよ? 『キドウ様が酷くお怒りなのです』っておっしゃっていましたが……」

 ナティスは心配そうに言ってくる。

 その言葉を聞いて、俺は大きく溜め息を吐いた。

 ……だって、思い出したくなかったんだもの。

「……そこの隅にいらっしゃる、偉大なる〈三眼族〉の人に聞いてみたらどうですかー」

 俺はどっしりとソファーに座ると、いやみったらしく大声で言う。

 すると、部屋の隅に居たオルフェリアはぴくりと大きく跳ね上がった。

「よかった、そこにいらっしゃったんですね。〈忌まわしき魔女〉……いえ、オルフェリアさん、とお呼びした方が宜しいのでしょうか」

 俺から見る彼女の後ろ姿は、とても小さく感じる。

 ……まあ、自業自得なんだろうけど。

 小さくなっているオルフェリアのところに近付くナティス。

 大丈夫なのか? 恨まれてる人間に無防備に近付いて。

 まあ、戦闘狂のマキラさんと、最強のメイド・クトゥリさんがいるから大丈夫か。

「顔を上げていただけませんか、オルフェリアさん」

 俺は不機嫌そうに見守っていると、何時間かぶりにオルフェリアの姿を見た。

 少し、顔が疲れているようにも見える。

 が、俺は同情することもなく、それを見守った。


「生きていてくれて、本当に良かったですっ!」


 オルフェリアの顔を見るとすぐに、ナティスが彼女に飛びついた。

「……嘘を言うでない」

「本当ですよ、本当に会いたかったのです。あなた様の詳細だけがわからず、〈ザンムグリフ帝国〉は行方を捜しておりました。どこかで亡くなってしまわれたのだと思っていましたが、そんなことはなかった。本当に、本当にミトラス様に感謝しなければなりません」

「なぜ、わらわなどの安否など……」

 オルフェリアの顔がより険しくなるのがわかった。

 そのせいか、マキラやクトゥリは警戒している。

 そんなこともお構いなしに、お人好しの女王様はオルフェリアの顔を間近で見ながら話した。

「わたくしは、ずっと謝りたかったのです」

「なにを、今更謝ろうと言うのじゃ」

「お父様やお兄様のしてきたことを。〈グランヴァーレ王国〉にしてしまった過ちを。わたくしが変わって謝りたかったのです」

「取り返しの付かないことをしておいて、よくもぬけぬけと!!」

 オルフェリアは涙を浮かべながらそう叫ぶ。

 だが、ナティスは怯むことはなかった。

 ぽたぽたと涙を流すオルフェリアに優しく抱き付くと、頭を撫でだす。

「言い訳にしかなりませんが、あの頃、わたくしはまだ七つでした。幼かったわたくしは、城の中にずっとおりました。そんな怖ろしいことが起こっていたなんて、夢にも思っていなかったのです。だからこそ、生きていてくれたあなた様に感謝し、そして、わたくし達〈ザンムグリフ帝国〉の過ちを謝罪したかったのです」

「なにを、なにを……」

 すると、オルフェリアからそっと離れたナティスはそのまま座り込むと額に床をつけて土下座をした。

「本当に、本当にごめんなさい」

 彼女の誠意が伝わったのか、息を切らして泣き出すオルフェリア。

「わらわは……わらわは……」

 必死になって涙を拭うオルフェリアを見て、俺も少し大人げなかったか、とも思えてしまう。

「顔を上げてほしいのじゃ、ナティス様……」

「はい……。わたくしのことは呼び捨てでよろしいですよ、オルフェリアさん」

「ナティス……。わらわも、謝りたい」

 そう言うと、オルフェリアは俺の顔を見てくる。

 少し気まずく思えた俺は、俯いてから改めてオルフェリアを見た。

「そなたに復讐をしようと考えていたのじゃ。ナティスとキドウが仲睦まじくなったとき、わらわと同じ思いをさせてやろうと思ったのじゃ。……そなたの目の前で、キドウを殺そうと思っていた」

 そう言うと、またオルフェリアは真っ直ぐな瞳で俺のことを見る。

 気まずさに押しつぶされそうだったが、俺はあえてオルフェリアを直視することにした。

「じゃが、わらわは思い出したのじゃ。母上の言葉を。『復讐は、悲しみしか生まない』とおっしゃっていた、母上の言葉を。わらわはなんて馬鹿なことを考えていたのかと、キドウを召喚したときに後悔したのじゃ」

 オルフェリアの言葉に余計に警戒心を顕わにするマキラとクトゥリ。

 だが、俺とナティスだけは真っ直ぐ彼女を見つめて、耳を傾けた。

「『愛することが何よりも難しい』とおっしゃっていた母上の言葉が、今はよく染みるのう」

 そう言うと、オルフェリアは涙を零しながら笑って俺に言った。


「わらわは、そなたのことを……好きになってしまったみたいなのじゃ」


 顔を真っ赤にして、泣きながらそう言うオルフェリア。

 …………え、今なんて言った?

「キドウに嘘を付き続けることが辛くなって、言わなくても良いことを言ってしまったのじゃ。今は後悔しかないがの」

 まって、耳糞詰まってるのかな。

 どうしよう、脳内変換とかしちゃったのかな。

「嫌われてしまうことが怖くてキドウに言っが、それが逆にキドウを傷つけてしまったのじゃ。わらわは本当に、本当に駄目な人間じゃの」

 服の袖で涙を拭いながら、淡々と思いを打ち明けるオルフェリア。

 だが、黙っていられなかったのか、ナティスが口を挟んだ。

「……ちゃんと謝れば良いと思います」

「……じゃが」

「好敵手が現れたのは困りますが、このままではわたくしがスッキリしませんっ!」

 そう言うと、ナティスはオルフェリアの背中を押し、俺のところまで連れてきた。

「さあ、オルフェリアさんっ! ちゃんと謝ってくださいませ!」

「う、うむ……」

 そう言うと、オルフェリアは俺の顔を見る。

 ……うう、気まずい。

「キ、キドウ……」

「な、なんだよ」

 なんだかぎこちない。

「……本当に、本当にすまなかったのじゃ」

 オルフェリアがそう言うと、彼女の後ろに居たナティスが小声で口を挟んでくる。

「ダメですっ。誠意を伝えるならば、その言葉遣いは良くないと思いますっ」

「うう、じゃがわらわはこの喋り方で……」

「言い訳はダメです!」

「うう、わかったのじゃ…………」

 そう言うと、オルフェリアはその場に跪き、額を床に付けてから俺に言った。

「ごめんなさい」

 俺はそんなオルフェリアの姿を見て、慌てふためいた。

「いや、いやッ! べべべ、別に俺、俺、おおおお」

 目が泳いでいる俺に向かって、今まで黙ってみているだけであったクトゥリまで口を突っ込んでくる。

「キドウ様も謝った方が良いかと。キドウ様のことですから、話を聞かずにお怒りだったのでしょう?」

 そう言われると、図星です……としか言えないよ。

 俺は頭を掻いてから、照れを隠すように上を見ながら言った。

「俺からも……、ごめん」

 だが、やはりうるさい奴が黙っていなかった。

「キドウ様もダメダメです!! ちゃんと謝ってください!」

 なんでそんなにナティスが怒るの……。

 でも、その怒り方がまた可愛いんだけど、さ。

 俺はふうと溜め息を吐いてからしゃがみ、ずっと土下座しているオルフェリアの肩を叩いた。

「オルフェリア。その、顔を上げてくれないか」

「……キドウ」

 顔を上げたオルフェリアは、案の定泣いてる。

「やっぱり泣いてたな」

 そう言って俺は、オルフェリアの涙を拭う。

「わらわは、キドウに……嫌われたくないのじゃ」

「うん、気持ちはわかったって。俺は別にオルフェリアを嫌っちゃいないよ」

「キドウ……っ」

 俺が言葉を発する度に、彼女の目から涙が溢れてくる。

「全く、泣き虫だな。オルフェリアは」

「初めて人を好きになったから、仕方が無いじゃろう!! わらわだって、そんな」

 また泣きながら顔を真っ赤にするオルフェリア。

 ずるい、ずるいよ。

「俺からも、ごめん。話を聞かないで、勝手に怒って。勘違いして。本当に、ごめんなさい」

「いいのじゃ、いいのじゃっ! そなたは謝る必要が無いのじゃっ!」

「だけど、オルフェリアを責めた。君が悲しい思いをしたことを、その……〈記憶玉〉だっけ? あれで見ていたのにな」

 俺はそう言うと、オルフェリアを抱きしめていた。

 強く、強く。離れないように、力強く。

「キドウ――」

「本当に、ごめん」

 その言葉を聞いたオルフェリアから、力が抜けていくのがわかった。

 オルフェリアの優しくて甘い匂いが、俺の嗅覚を刺激した。

 だが、俺はそれ以上に鼓動が早くなっていた。

 俺は人生で初めて告白され、それも告白してきた女の子をこれまた人生で初めて抱きしめているから、その鼓動は早くなるばかり。

 


 俺の心臓は、爆発寸前だった。

 ……本当に爆発、しちゃうかもしれない。とか心の中で呟いた。

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