十四枚目 「至るところ、女性ばかり」
少しずつ外壁が近付いてくる。
なんだよ、これ。この高さ……まさか、巨人が進撃とかしてくるんじゃないのか?! っていうレベルの高さでしょ。
もう、ここの世界の人々の文明レベルがどのくらいかもわからないから、ここまでしか突っ込めない。
……って言っても、俺だって文明がうんたらとか突っ込めそうな知識無いし。
そして、段々と入り口らしきところへと近付いてきた。
門番というのか。唯一入れそうな入り口の両端に、重装備で大きな槍と斧を構えた人間が佇んでいた。
「お帰りなさいませ、クトゥリ様」
門番の声が聞える。女性的な声だな……。
体格がなかなかの大柄だから男と見間違えたのだが、門番の声を聞いてはたと思い出した。
……そうだ、この世界は『女』しか居ないんだったな。
「クトゥリに『様』なんていりません。呼び捨てで結構です、と何度おっしゃればわかるのですか」
「いえ、クトゥリ様はクトゥリ様です!!」
「さあ、ナティス様がお待ちでしょう。早く城へお向かいくださいませ」
謙遜するクトゥリを尻目に、重装備の彼女達は嬉しそうにそう言った。
「ところでクトゥリ様。そちらの方は?」
大きな槍を持った門番がオルフェリアに指を向けてクトゥリに訪ねる。
……頼むから、今のオルフェリアを刺激しないでくれッ!
「指をさすのは失礼ですよ。……彼女は〈忌まわしき魔女〉様です」
「これは申し訳ありませんでしたっ! ですが、この前この国にいらっしゃった〈忌まわしき魔女〉……様とは、お姿が違うようですが」
「こちらが本来のお姿のようです。……さあ、無駄口を叩いていないで、早く門を開いてください」
「はっ、はいっっっ!」
ジト目のクトゥリさんの冷静かつ冷たい言葉は、門番達を震え上がらした。
大きな斧を持った門番は、懐から黄金色に輝く鍵のような物を取り出す。
そして、なにもないところに鍵を差し込む素振りをし、手首をひねっているのだ。
「なにもないじゃん、あそこ」
「高度な結界魔法が門から壁に至るまで張り巡らされているのぅ。あの鍵も、解除魔法が施されているのじゃ。じゃが、あの鍵はここの結界にしか使えぬ、特殊な『魔法道具』じゃろう」
未だに震えているオルフェリアのが、俺に小声で教えてくれた。
「でも、鍵穴はあそこにあるじゃん」
俺は門の真ん中にある鍵穴を指さす。
「あれはまやかし物じゃ」
「まやかし物? ……ってことは、フェイクってことか」
「ふぇいく? それはそなたの世界の言葉かの? たぶん、そういう意味じゃろう。結界を解除するには、あそこでしか出来ぬということじゃ」
小声で答えてくれるオルフェリアは、少しだけ落ち着きを取り戻しているようにも思えた。
だが、未だに握る彼女の手から震えが感じる。
やはり、落ち着いているわけではなく、落ち着いているように振る舞っているだけなのであろう。
そして、大きな斧を持った門番が特殊な鍵で結界の解除を行うと、同時に大きな扉が消えていくのだ。
「門の意味ないじゃんッ!」
「これもまやかし物だった、ということじゃろう。……さすが、リヴじゃな」
つい突っ込んでしまった俺の言葉に、冷静に答えてくれたオルフェリア。
扉が消えていく瞬間、彼女の震えがいっそう強くなったのは、手を握る俺だけがわかっていた。
ゆっくりと馬が前進し、門をくぐり抜けようとしたとき、二人の門番の声が俺の耳に届く。
「それにしても、あんな三枚目の男がナティス様の?」
「ナティス様に選ぶ権利がないとはいえ、あんな男では……」
……おいコラ。
確かにイケてるメンズじゃねぇよ。
二枚目じゃなくて、三枚目だよ。
ッて言うかな、俺だってあんな鏡餅はゴメンだよッ!!
「また門番達が無礼な発言を……。お許しくださいませ、キドウ様」
クトゥリは俺にそう言ってくる。
ほんとだよ、まったく!! とか思っていたが、とうのクトゥリにも感情がこもっていないことがわかる。
……お前もそう思っていたのか。
そんなことを思っていると、馬はどんどん外壁の内側へと進んでいく。
そして、門を潜り抜けた瞬間、俺は目を疑うしかなかった。
日は沈んで闇に包まれたというのに、煌めく街並み。
一つ一つの家には明かりが灯り、あちらこちらに外灯まで備わっている。
ぱっと見では、俺らの世界と変わらない。
科学が進歩すれば、魔法のようになるとは聞いたが、逆を言えば魔法も応用次第で科学と同じことが出来るのではないか? と、思ってしまった。
次に目を奪われたのは、夜道を歩く芳しい女性達である。
他の人影といえば、暗がりの中で元気よく遊ぶ天使のような子供達。
それをよくよく見れば、その子供すべて幼女なのである。
俺はやっとこの光景を目の当たりにして、自分がどんな世界にいるのか理解できた。
……なんて世界へ来ちまったんだ。
なんて……なんていう天国へ来ちまったんだよォッ!!
「本当に女ばかりじゃねぇかッ!! ひょおおお!!」
俺はつい、感極まって叫んでしまう。
すると、そこにいた全ての女の人が俺のことを見る。
……もしかして、注目の的ってやつゥ?
「あれが、ナティス様……の?」
「やだぁ。なにあの人、気持ち悪いわぁ」
周りで俺達を見ているご婦人達が、そう話している。
…………ん? 聞き間違えかな。「きゃー、この世界で唯一の殿方よ! 神々しいわ!!」とかじゃないの?
……心外だ。
「ナティス様には選ぶ権利がないのよ。……お労しい」
「なんであんな気持ち悪い男なのかしら? ナティス様に相応しくないわ」
なんか、ボロクソ言われてる気がするんですが。
……泣いて良いですかね?
そんな俺をよそに、ご婦人達の暴言は止まることを知らない。
「それに、あの女はなんなの? ナティス様の旦那様になられるお方と、なぜ一緒に乗馬してるのよ」
「あの額の一文字……、あれは〈三眼族〉じゃない? 〈ザンムグリフ帝国〉に敗れた、まぬけな〈古族〉がまだ生きていたなんて――」
――その言葉を聞いた瞬間、俺の中にある何かが切れる音がした。
「おまえらにオルフェリアのなにがわかるって言うんだッッッ!!」
気が付くと、俺は怒りにまかせて叫んでいた。
「勝とうが負けようがな、生きていれば勝ちってもんなんだよ!! 俺のことをボロクソ言ったっていい。だがな、オルフェリアのことを言ってみろ、女だからって容赦しない――」
「キドウっ! やめるのじゃ!!」
俺を止めたのは、他でもない。――オルフェリアだったのだ。
「だけど、だけどッッッ!!」
「いいのじゃ。……もういいのじゃ、キドウ」
オルフェリアは俺の手を握る。
彼女の手からは、また震えを感じるのだ。
俺はその震えを感じると、少しだけ冷静になれた。
冷静さを取り戻した俺は、オルフェリアの顔色を覗う。
彼女の瞳には、今にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「オル……」
俺は言葉を詰まらせる。
すると、オルフェリアは頬を赤く染め、笑顔でこう言った。
「気持ちだけで、その言葉だけで、わらわは嬉しかったのじゃ。……ありがとう、キドウ」
にっこりと微笑む彼女の頬を、一滴の涙が伝う。
俺は、心臓が飛び跳ねそうになった。
別に、彼女の好感度を上げようと思ったわけじゃない。
だけど、だけど。
……この笑顔は、犯罪だ。
「民衆ども、口を慎め」
すると、最近聞いていなかった声が街の中に響く。
「これ以上の狼藉、このマキラ・ゾマが黙ってないぞ」
馬に跨がって颯爽と現れたのは、百合で戦闘狂のマキラであった。
彼女の姿を見たご婦人達は、言葉を発することもなくその場から離れていく。
その光景を見て、俺は内心ほっとする。
「マキラッ……! 無事だったのか!」
「無事だっただと? 愚問だな。これでも私は近衛騎士団をまとめる者だぞ?」
「はは、そうでしたねぇ」
マキラの凛とした態度は相変わらずで、俺は少しだけ嬉しくなった。
「申し訳ありません、オルフェリア様。〈ザンムグリフ帝国〉の民が、無礼な発言を……」
クトゥリは俺のときと打って変わって、申し訳なさそうに話す。
この扱いの違い、なんなのだろうか……。
「……いや、大丈夫じゃ」
オルフェリアは涙を見せまいと、目を擦りながら言う。
強がりだな、オルフェリアって。
「私からも謝らせてもらう。民が無礼な発言をして、申し訳ない」
「いや、気にしておらん」
珍しく、マキラが深々と謝罪する。なんか意図があるのだろうか。
だけど、オルフェリアは顔を見せようとはしない。
「このままここに居ては、注目の的でしょう。早く城へと向かいましょう」
クトゥリがそう提案するので、俺は首を大きく縦に振った。
「そうだな、行こうッ!」
このままここにいたら、どうなるかわかったもんじゃないしな。
……特に、オルフェリアが心配だ。
そして、街の中に続く大きな道をひたすらまっすぐ進み、あの大きなお城を目指す。
後ろから聞こえる鼻のすする声が気になっていたが、どう声をかけてもいいかわからないまま、城に到着してしまったのであった。
***
城に着くと、そこにはまた大きな壁が聳え立っていた。
外壁ほどではなかったが、城壁もそこそこの大きさである。
「おかえりなさいませ、マキラ様、クトゥリ様」
「ああ、只今帰った」
「だから、クトゥリには『様』がいらないと……」
「いえいえ、クトゥリ様はクトゥリ様ですから!」
ここの門番、外壁のところに居た門番によく似ているな。それも、声も似ているし、あっちでやったやり取りと同じようなことまでやっている……!
まさか、みんな姉妹……とかじゃないよな。
「さあ、ナティス様がお待ちかねです。中へどうぞ」
大きな剣を持った門番は、外壁のときと同じような鍵を取り出す。
だが、遠目から見ても、外壁に使った鍵とは形状が異なっているのがわかった。
門番は、また何もないところでその鍵を捻ると、大きな扉がみるみる消えていく。
さすがに二度目だから、もう突っ込もうとも思わない。
「ご苦労。…………ああ、あとは、くれぐれも私語は慎むめ」
マキラは馬の手綱を引きながら、どすの効いた声を発して門番を威圧する。
「は、はひっ!!」
大きな槌を持った門番は、恐怖に怯えた声を発っしてから姿勢を正した。
彼女もきっと、マキラさんのあの瞳を見てしまったのだろう。
蛇に睨まれた蛙の状態になった。と言うのは、まさしくこのことなのだろうな。
などとそんなことを考えながら、俺は門番達を哀れむような目で見ていた。
「わかればいい」
マキラは門番達の様子を伺ってから馬を器用に操り、城の中へと向かう。
「ではキドウ様、オルフェリア様、参りましょう」
クトゥリがそう合図すると、それを待っていたかのように俺とオルフェリアを乗せた馬が城の方へと前進する。
マキラのお陰なのか、門番達は怯えきっていて、私語どころか呼吸をするような素振りも見せない。
……逆に心配になっちまう。
そして、ほんの五分ほどだろうか。
順調に歩みを進めていくと、途中でピタリと馬の足が止まる。
どうしたのか? と思っていると、マキラとクトゥリの二人は馬からひょいと降りていた。
「さあ、キドウ様、オルフェリア様。馬から降りてくださいませ」
そう言われたから、俺は馬から下りようとする。
乗馬したこともなかったから、馬から下りるのが上手く出来ずにずるりと落っこちてしまう。
「いてッ!」
「大丈夫かの? キドウ」
普通に馬から下りたオルフェリアは、俺を心配するように手を差し伸べる。
「だ、大丈夫だ!」
俺はオルフェリアの手を借りることもなく立ち上がった。
なんだか、俺……オルフェリアの顔をまともに見れない。
そんな気まずい雰囲気の中、クトゥリは口を開く。
「では、客間の方へ案内いたします。その後、ナティス様のご様子で謁見いたしますので、その間は客間でごゆっくりとおくつろぎくださいませ」
クトゥリはそう言い終えると、「では、付いてきてくださいませ」と言って歩き出す。
この馬はどうするんだよ! って思っていたら、この城の使用人だろうか。少し薄汚れた服を着た女の子達が馬を連れて行った。
それを見てから、俺とオルフェリア、そしてマキラはクトゥリの後を付いていく。
城の正門はそこまで大きくもなく、俺の二倍から二倍半ほどの大きさである。
そこには今までに会った門番とは違う、普通サイズの女性が二人、扉の両端に佇んでいた。
その者達は、マキラと同じ紋章の入った鎧を身にまとっている。
……多分だが、彼女達も騎士なのだろう。
「いつもご苦労。モーリン、ティナ」
マキラが凛々しい声で話しかけると、モーリンとティナと言う女騎士は胸に手を当てて高々に声をあげた。
「は、はいぃっっっ!」
「マキラ様も、いつもお疲れ様ですっ!」
顔が真っ赤だけど、この子達大丈夫かな? 熱でもあるんじゃないのか?
「マキラ様のお帰りをぉ、心待ちにしていたのですぅっ!」
モーリンちゃんかな? 目を輝かせながら、マキラに接近していく。
「こら、モーリン! お客様もお見えなのよ? 態度を改めなさい!」
「ふぇー……。ごめん、ティナぁ」
「それは、マキラ様に言いなさい!」
「ふえぇ、ごめんなさい、マキラ様ぁ……」
なんだろう、二人ともカワイイ。
「それよりも、外では体が冷える。扉を開けてくれるか?」
「申し訳ありません! 今すぐに!」
ティナと言うしっかり者の子が扉を押して開く。
「あれ、ここは鍵を使わないのか」
「そのようじゃの」
「こちらには結界魔法が施されておりません。さあ、早く中へどうぞ」
ティナはそう言うと、礼儀正しくお辞儀をする。
「では、参りましょう」
扉が開くと、クトゥリは口を開き城の中へと入っていく。
「マキラ様ぁ、こちらお二方は……」
「余計な詮索をするな。こちらはナティス様の大事な客人だぞ?」
「こらっ! モーリンったら!! ……申し訳ありません。どうぞ、ごゆっくりとお過ごしくださいませ」
モーリンの耳を引っ張って、ティナが扉をそっと締めた。
俺ってこの世界でたった一人の男だし、オルフェリアも珍しい種族だから、目立ってしまうのは当然なのだろう。
だが、めっきり元気がなくなってしまったオルフェリアのことが心配で仕方ない。
「客間はこちらになります」
クトゥリがそう言うので、俺は彼女に視線を向ける。
そこには、無駄に広い空間が広がっていた。
そこは広い玄関というのか……大広間というのか。
こういう家……というよりも、城なんて入ったことないから、この広さだけに圧巻させられる。簡単にまとめるなら、ザ・金持ちって感じの空間だ。
天井にはこれまたご立派なシャンデリアみたいなのが飾られていて、その周りをくるくると光の玉が回っていた。
あの光の玉は、闇を照らす魔法なんだろうな。
俺達はその広い廊下……と言えばいいのかわからないが、そこを少しだけ歩き、玄関から一番近い扉へと案内される。
そこまで移動する間に、何人かのメイドさんが会釈してくれた。
このメイドさん達、みんなパンツ穿いていないのかと思うと……思いっきり萎える。
「キドウ様、こちらへ」
鼻の下を伸ばしながらメイドさん達を見ていると、クトゥリがそのジト目を細めてそう言ってきた。
……怖い。
「キドウ様、早くこちらへ」
「は、はいッ!!」
クトゥリには俺の考えが見透かされているようで、俺は恐怖心に駆られながら俺は早足で客間へと足を踏み入れた。
その客間という室内も、目を奪われそうな品物で埋め尽くされている。
たぶん、高そうなソファー。
いびつな形をした、高級そうな置物の数々。
安定のシャンデリア。
俺には縁のないものばかりで、目が回りそうになった。
「では、こちらにおくつろぎください。使用人が軽食をお持ちになると思いますので、そちらもご自由にお召し上がりください。……それでは、クトゥリとマキラ様は先にナティス様のところへ行きますので」
クトゥリはそう言うと、深々と頭を下げる。
「……私も行かなければならないか」
「当たり前です」
「わかった……」
マキラはあからさまに嫌そうな態度で歩き出す。
クトゥリは扉から出ていくときにも俺達に深々とお辞儀をすると、「失礼いたしました」と行ってからゆっくりと扉を閉めて出ていった。




