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十二枚目 「この世界の女性が恐ろしいと感じ始めた、今日この頃」

 ああ、痛い。

 この世界に来てから、ムスコが何回凍ったんだろうか。

 もうそろそろ使い物にならなくなるんじゃないかな。

 ……まだ使ったことないんだけどな、ぐすん。

 俺はヒリヒリと痛む股間を擦りながら、申し訳なそうな顔で三人に言う。

「……お、おまたせしましたー…………ッ」

「では、参りましょう」

 クトゥリは何事もなかったかのようにそう言って歩き出すと、その後に続いてマキラ、そしてオルフェリアと俺は並んで歩き出した。

 オルフェリアと言えばあんなにも泣いていたというのに、今ではすっかり落ち着いてしまっている。だが、その代償と言うのか、ものの見事に目が腫れてしまっていた。

 彼女の目はいつもならくっきり二重なのに、一重になっていて、なんだか眠たそうにも見えてしまう。

「……オルフェリア、大丈夫か?」

 気休めにその台詞を言うと、オルフェリアはぎこちなく俺に笑いかけ、「大丈夫じゃ」と言ってみせる。

 だが、すぐにオルフェリアの表情は曇ってしまい、俺もどうすれば良いかと途方に暮れていた。

「キドウ様、もうすぐ魔女の結界の外でございます。外には猛獣達がうようよとおります。故にしっかりクトゥリ達に付いてきてくださいませ」

「お、おうッ」

 クトゥリのその言葉に、俺の胸は高鳴る。

 この胸の高鳴りは、恐ろしい、という感情からではない。

 だって異世界の猛獣だ、普通なわけないじゃないか。きっと、ゲームとかに出てくるモンスターとかの類いと似てるに違いない。

 どんな猛獣なんだろう? とか、生で猛獣見れるとか、凄くね? とか、きっと猛獣と言えど獣っ娘とか、擬人化だよな。とか、パンツは穿いてるのかな、とか。そう、俺の頭の中には「期待」の二文字しかない。

 まあ、ご察しの通り、俺にとっては一番最後が重要なんだッ。うん、そうそう。パンツだよね、世の中。

 …………はい、なんかごめんなさい。生きててごめんなさい。

 俺は好奇心旺盛に辺りを見回していると、クトゥリよりも前に出たマキラは一本の短剣を取り出す。

 それは黄金色に輝く、高価そうな短剣であった。

 マキラはその短剣をただ一振りすると、彼女の手前の空間に亀裂が走る。

「なんだ、あれ」

「これが、自称〈忌まわしき魔女〉様の言っていた結界魔法だ。さあ、もたもたしていないで行くぞ」

 マキラが俺に向けてそう言う間にも、亀裂から破片が落ち、人が一人通れそうなほどの穴が開く。

 それを見たクトゥリが先陣を切りその穴を通ると、続いてマキラが何事もないかのように通っていった。

「あの短剣で、なんで結界が崩れるんだ?」

「あの短剣は〈魔法武器〉じゃよ。結界魔法を無効にしてしまう解除魔法で作られた武器じゃ」

「へえ、魔法ってのも奥深いんだなぁ」

 俺はつい、その物珍しい結界魔法とやらを眺めていると、オルフェリアは俺をちらりとみてから歩みを進める。

「無駄口を叩いておらんで、さっさと通った方が良いぞ? この結果はすぐ修復してしまうからの」

 そう言うと、オルフェリアはその穴を通っていく。

 俺は、それを見るなり慌ててオルフェリアの後を追いかけた。

 その結界とやらに出来た穴を慌てて通ったせいか、呼吸が乱れてしまう。普段、あまり運動をしていないからであろう。

 俺は呼吸を整えながら、結界の方に振り向いた。

「本当だ、亀裂がもとに戻った……」

「キドウ様にとって、こちらの世界は物珍しいのかもしれませんが、早く行きましょう。でないと――」

 そうクトゥリが言いかけた時であった。

 どこからともなく、奇声のような音が聞こえてくる。

 その音を聞いたオルフェリアは、慌てて俺の手を掴む。

「キドウ、走るのじゃ!」

「えッ、なになにッ?!」

 なにもわからない俺は、なされるがまま引っ張られていく。

「また厄介なのと遭遇したな……っ!!」

 マキラは俺を護衛するためか、オルフェリアと俺の後ろに回る。

 厄介なのって、どんなのですかッ。

 俺はオルフェリアに手を引かれ、クトゥリの後を追いかけるように走る。

「数が多いな」

 マキラは険しい表情をしつつも、愉しそうにそう言う。

 本当に戦いたいたかったんですね、マキラさん。

 だが、確かに鈍感な俺でも、回りに無数の影が見えるのがわかる。

 あれはなんなのだろう、と目を凝らして見てみると、それは猿のような生き物であった。

 だが、それは猿に似ていても猿にあらず。確かに顔は猿に似ているが、顔以外に毛という毛はなく、(ただ)れた皮膚が痛々しく見えていた。

 キモッ! 猿のゾンビみたいッ!

 奴らは「キッキッ」と声をあげ、話ながら動いているようだ。そして、奴らは顔を見合わすと、その中の一匹が俺に向かって飛び掛かってきた。

「ひぃぃいぃッ!」

「戦いたいのなら、私と戦えっ!」

 俺が悲鳴をあげると、マキラがその化け物をよく手入れされた剣で一切りする。

 胴体が真っ二つになった猿顔の化け物は、高い声をあげて絶命する。

 この化け物……、血が緑色だ。気持ち悪い。

「な、なんだよ、こいつらッ!」 

「こいつらは()じゃな」

「ええッ?! こ、こいつが()だって? ……ないない、そんななわけがないッ!」

 俺は驚きのあまりそう叫ぶ。

 だが、器用に後ろを振り向きながらクトゥリが話しかけてくる。

「キドウ様の世界にも、猿が居るのですか」

「お、俺の世界の猿ってのは、少し狂暴だけど、愛くるしくて、可愛らし動物だぞッ?! 芸を教えれば覚えるし、人間の言うことだって理解する頭のいい動物だ」

「ほう、キドウの世界に居る猿は愛くるしいのか。是非この目で見てみたいものじゃ。じゃが、【シンヴォレオ】の猿は人を喰らう(どう)(もう)な猛獣じゃよ」

 危機感溢れるシーンなはずなのに、この余裕綽々な感じはなんだろう?

 オルフェリアに笑顔が戻ったのは喜ばしいことだけど。だけど、この三人から「緊迫感」と言うものが全然感じれないのが、俺にとってとてつもなく恐ろしい。

「さて、逃げるのはやめにしていいだろうか? 私は戦いたい、剣を振りたい、殺したいっ!」

 マキラさんはそう言うと、両手に剣を持ち、身軽な動きで木を登っていく。

 木の幹を普通の地面を走るかのように登っていく姿は、アニメや映画でみるような感じだ。

 つーか、あり得ない。重力を無視した登り方だぞッ!! 

「キーーッ!!」

「ギャーー!!」

 木の上で猿達の鳴き声と悲鳴をが交差する。

 すると、頭上から緑色の雨がばしゃりと降ってきた。

「キモッ、キモいぃぃッ!!」

 間一髪と言うべきか、その緑色の雨は俺の上に降ってはこなかった。だが、辺り一面に散布する緑色をした血の雨や、猿の肉片が気色悪くて見ていられない。

「あひゃ、ひゃはははっ! 手応えがないっ、ないぞ猿ども!!」

 マキラさん、楽しそうでなによりです。

 てか彼女の行動、人間業では出来ないでしょ、普通。あんな重そうな鎧を身につけて、猿と互角の速さで木々を行き来しているんだもの。あれこそ、世間一般で言う『チート』ってやつでしょ!

「もっと強い奴はいないのか!! あひゃひゃひゃ!」

 あの狂気に満ちた声が頭上に響く。

 ……あの人、やっぱり怖いですッ!! 敵に回したくありませんッ!!

「まったく、マキラ様には困ったものです。キドウ様、オルフェリア様、クトゥリにしっかりと付いてきてくださいませ」

「でも、マキラはどうするんだ?」

「あの方はほっておいて大丈夫でしょう。さあ、早くナティス様のところへ向かいましょう」

 そう言うと、クトゥリは綺麗なフォームで走り出す。

 本当になんなんだ、このメイドさん。

 オルフェリアは俺の手をしっかりと掴んだまま走り出す。

 俺は二人の速度についていくのがやっとであった。


 だが、そこまで上手くいかないことを、俺は良く知っていた。

 俺達の目の前に、今までとは比べ物にならないくらいの大きな影が落ちてくる。

 普通の猿と比べても、見事なまでに大きくて強そうな猿であった。

 その大きさと言えば、二階建て一軒家に相当する大きさなんじゃないかな?

「猿のお(かしら)の登場ですね」

「お、お頭? ……ってことは、ボス猿ってことかッ!」

 俺はその一際大きな猿をまじまじと見つめた。

 鼻はテングザルのように膨らんでいて、顔や体には無数の傷痕。(たてがみ)の至るところに赤い模様が入っている。

 そりゃ、これだけ大きければボスにしたくもなるよ。

 その大きな猿は俺達を睨んでから、大きな声で吼えてきた。

 マキラが殺した今までの猿なんて可愛いものなんじゃないかと思うぐらい、その大きな猿はおぞましい。

「どどど、どうすんだよッ?!」

「殺してしまうしかないでしょう」

「わらわの魔力がもう少し回復していればのぅ……」

「大丈夫です。オルフェリア様の手は煩わせません」

 そう言うクトゥリは、両手を左右に真っ直ぐ伸ばす。すると、その両手の先には魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣はオルフェリアが魔法を使うときの魔法陣とは少し形状が異なっていた。

「空間魔法の類い、じゃな」

「ご明察のとおりです」

 クトゥリは両側に出現した魔法陣に手を入れる。右手は右側に出た魔法陣に、そして左手は左側に出た魔法陣に。そして、クトゥリはゆっくりとその魔法陣から手を抜き取ると、その両手には剣が握られていた。

 マキラの攻撃を受け止めたときに出した武器って、こうやって出していたのか。納得……って。

「どんなメイドさんだよッ!!」

 つい俺は叫んでしまうと、クトゥリはそのジト目で俺を見てくる。

「めいどさん、とは、クトゥリのことを言っているのでしょうか? この世界では侍女といいます。それにクトゥリは侍女の前に暗殺者をしていましたので、この手の魔法は得意なのです」

 え、マジで?! なに、メイドさんでアサシンとか、どんな設定だよ!!

 なに、ナティスの周りって、こんな怖い人達ばっかりなわけ?!

 なんだか、ナティスの元へ行くのが嫌になってきたというか……億劫(おっくう)になってきた。

「換装魔法、と言うやつかの? 一部の者達しか知ることの出来ない魔法じゃったような」

「そうですね。この魔法は〈(いん)〉という一族しか扱えません。クトゥリはその一族の一人でした。……今では〈陰〉と名乗ることすら出来ませんが」

 無表情でそう話すクトゥリを()()に、俺達の目の前で目を光らせていたボス猿が動きを見せる。

 大きな咆哮で俺達を威圧してきたのだ。

「今は呑気にお喋りしている場合では無さそうじゃ」

「そうですね」

 俺は恐怖のあまり、オルフェリアに抱き付いた。

 だが、ただ抱き付くだけでなく、例のごとくラッキースケベを装ってオルフェリアの胸を掴み揉みしだく。

「キドウっ!」

「いでッ!」

 痛いッ! 俺、オルフェリアに思いっきり顔殴られた。

 父ちゃんにも殴られたことないのにッ!

 ……って、あったわ。

「ではオルフェリア様。キドウ様のことはお任せいたしました」

「わかったのじゃ」

 そう言うと、クトゥリはマキラと同じく身軽な動きで木を登っていく。

 ……この世界の女性って、みんなこんな感じなのか?

 不安になってきた。

 もしかしたら、いや、ナティスなんてすっごい馬鹿力で、城一つすぐに壊しちゃうとかのレベルなんじゃね?

 そんなことを考えてしまうと、やっぱりナティスに会いたくなくなってきた。


 俺が思いに更けていた最中、あのボス猿の悲鳴と言うか、雄叫びが森に響く。

 目をそらしていたほんの一瞬、何が起こったのか俺には見当がつかなかった。

「おい、どうなってんだよ。…………なんだよ、あの剣はッ!」

 目を疑った。

 幻なんじゃないかと、目を擦ってみたが、瞳に映るその光景は本物なのだ。

 その大きなボス猿の脳天に突き刺さる、巨大な剣。

 あのボス猿の手にならちょうど良さそうな(つか)の大きさの剣が、そのボス猿の脳天に突き刺さっているのだ。

「あの、ほんの一瞬でじゃと」

 さすがのオルフェリアでも驚いたようだった。

 無理もない。脚長のメイドさんとはいえ、オルフェリアよりも小柄で華奢なのだ。…………胸は特にちっぱいだし、と補足しておこう。

「ですから、クトゥリは暗殺者でしたので、殺すのは得意です」

 クトゥリはそのまな板のような胸を張り、誇らしげにそう言った。

「じゃが、それにしてもこの大きさを……」

「落下と同時に換装魔法で大きな剣を出してしまえば、クトゥリでも容易に扱えます」

 うん、反動をつけたって言いたいんだろうね。

 でも、あの短時間でここまでのことをするのだから、彼女の実力は相当なのだろう。

 遠くで戦闘狂の愉しそうな声が響いてくるけど、戦うことが好きなマキラとは違って、クトゥリは本当に淡々とボス猿を殺してしまった。

「ナティスの周りは、ある意味危険じゃな……」

「うん、俺もそう思う」

 オルフェリアと俺は小声でそう言い合う。

「大丈夫です。クトゥリはナティス様に、『むやみに殺しはいけません』と言われておりますので、そうそう人を殺しはしません。ですが、今回はお二方の安全を優先し、殺してしまいましたが。だから、怖がらないでくださいませ」

 その感情の無いジト目、やめてくれないかな。

 だって、「ただ、例外はあるからな。覚悟しろよ」的なオーラを放ってるんだけどッ! 怖いよ、ちっぱいメイドさんッ!!

「さて、早く参りましょう。日が沈んでしまいます」

「お、おうッ! ……でも、マキラは」

「大丈夫です。あの方ならすぐ追い付きます」

「でも、マキラ――」

「キドウ、早く行かねば、夜の森は危険じゃ。マキラならば大丈夫じゃ!」

 そう説得された俺は、またオルフェリアに手を取られ走るはめになった。

 俺、体力無いんだけどな。


――クトゥリを先頭に森を走り抜ける俺達。

 まだ森の中で響くマキラの愉しそうな笑い声が、俺には虚しくこだまして聞こえたのだった。

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