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十一枚目 「ノーパンなんてダメ、絶対」

「あはっ、はははっ! そうか。……貴様は強いのか」


 マキラの赤い瞳が、鈍く光ったのがわかった。

 彼女の嬉しそうな表情を見て、俺のはったりは見事に逆効果であったことを悟る。

 と、いうよりも、だ。俺は自分でマキラのことを『戦闘狂』だと分析したのに、すっかり忘れて突っ走ってしまったらしい。

 『戦闘狂』と言えば、三度の飯より戦闘が大好きだ。ならば、『戦闘狂』の目の前に強いやつが現れれば、戦いたくなるのは当然の心理なのだろう。

「〈三眼族〉に、未知の武術……。あはっ、ひゃひゃひゃ! ゾクゾクするっ! 戦いたい。余計に貴様らと戦いたくなってきたじゃないか!!」

 パンツを取られた衝撃よりも、強いやつと戦えることがよっぽど嬉しいのか。パンツを取られて動揺していたマキラはすぐ元通りになってしまう。

 やっちまった。俺、死亡確定。

 だって、マキラのあの表情、「オラ、ワクワクしてきたぞっ」って言いたそうだもの。

「キドウっ! 無理するでないぞ!! わらわが補助するからのっ!」

 そう言うオルフェリアの瞳が、キラキラと輝いている。あの様子では、彼女も信じきっちゃってるようだ。

 補助してくれるのは嬉しいんだけど。多分、補助してくれたところで、攻撃を食らえば死亡確定ですよ。

 だって、俺自身にチートな力があるわけじゃないもの。

 どうしよう。はったりだなんてネタばらししたら、殺される。

 いや、マキラのあの目付きを見ていればわかるぞ。

 ……言わなくても殺される。

 なんでこうなったしッ!

 俺は、かぶっていたマキラのパンツごと頭を抱えた。

「さあっ、さあっ! 早く、はやくゥっっ!!」

 マキラの興奮が最高潮に達したのか、改めて両手に握った剣を構え直すと、俺に向かって攻撃を仕掛けてこようとする。

 背を向けて逃げようとも思ったが、あのマキラのことだ。逃げたところで、すぐに殺されるだろう。

 生きることをあきらめた俺は、ふっとオルフェリアの顔が目に入る。

 ならば、最後くらいはオルフェリアにカッコいいところを見せたてから死にたい。

 俺は勇気を振り絞り、震えながらもよくわからないポーズをとる。そして、死の恐怖と戦いながら、俺はその場でマキラの攻撃を待った。

――ああ。また、俺は。

 どこで選択肢を間違えてしまったんだろう。

 俺の人生は、どの選択肢を選んでも詰むようにできたクソゲーのようだ。

 やはり、この世界に来てからろくなことがない。

 良かったことと言えば、オルフェリアと出逢えたことぐらいか。

 だけど、このまま俺の人生終わってしまったらどうなってしまうのだろうか。

 もしかしたら、今度こそ俺のことを哀れに思った神様がチーレム転生させてくれるかもしれない。

 ……なんて淡い期待を胸に心の中で嘆いていると、突如、空から声が降ってくる。


「まったく。マキラ様には困ったものです」


 森の中に澄んだ声が響いた。

 すると、次の瞬間だった。大きな木々の上のほうからなにかが降りてくる。

 マキラのときとは違って、その姿は俺の目にはっきりと映った。


――メイド、さん?


 俺とマキラの間に舞い降りてきたのは、それは足の長いスラッとしたメイドさんだった。

 それよりも気になったのが、そのメイドさんのスカートの中身が見えたということだ。

 いや、パンティが見えたのならば、「うひょおおおぉッ!!」と歓喜の雄叫びを上げたんだろうが、今回は声すら出ない。

 だってメイドさん、下、穿いてなかったんだもの。

 ノーパンですよ。ノーパン。穿いてないように見える、じゃなくて、穿いてなかった。

 信じられません。俺、ノーパン見ると萎えるんだ。

 変な性癖だって思われるのは重々承知だ。でも、パンツがないとムスコが元気にならないんだよッ!

 そう、パンツを穿くから人間なんだッ!

 そんなことを思っていると、いつの間にか動きを止めたマキラが(しか)めっ面でメイドさんを見ていた。

「……なぜここに来た、クトゥリ」

 メイドさん――いや、クトゥリと呼ばれたメイドさんは首を傾げてから淡々と喋る。

「なぜ? とは愚問です。それをお聞きになると言うことは、マキラ様が今している状況も『なぜ?』と、お伺いしなければなりませんが」

「いちいち面倒臭い女だな。……なぜここに来たと聞いているぞ、クトゥリ」

「それは、マキラ様自身のお胸に手を当てて、マキラ様のお心に訊ねてみたほうがよろしいかと」

 クトゥリと呼ばれるメイドさんが喋る度に、マキラの表情が怖くなっていく。

 そして、マキラは面倒臭そうに舌打ちをしてから、両手に持った剣をクトゥリに向かって振り下ろした。

「この、侍女風情がっ!」

 俺はその瞬間を直視できず、目を閉じる。だが、目を閉じたと同時に、鈍い金属音が鳴り響いた。

 その音を聞いた俺は、恐る恐る目を開ける。

 すると、クトゥリの手には小さな剣が握られていて、その剣でマキラの攻撃を受け止めていたのだ。

 あのメイドさん、いつの間にあんな剣を出したのだろうか。

「マキラ様は馬鹿ですか? 大馬鹿野郎ですか? クトゥリはナティス様の侍女です。クトゥリはナティス様の命令にしか従わないことを、お忘れですか?」

 その言葉を聞いたマキラの顔色がみるみる変わっていく。

「これは、ナティス様のご命令か?」

「はい。マキラ様から、キドウ様と〈忌まわしき魔女〉を助けるようにと、仰せつかっております」

 クトゥリの言葉を聞いたマキラは、両手に持っていた剣を、がしゃりと落とす。そうしてから、そのまま崩れ落ちるように膝をついた。

「マキラ様の行方がわからないと、ナティス様は『キドウ様と〈忌まわしき魔女〉が危ないです。兵を用意していては遅いですから、クトゥリ、あなたに任せます』、とおっしゃっていただきました」

「……やはり、ナティス様はあなどれんな」

 マキラの表情は興奮していたときとは逆で、すっかり青ざめてしまっている。

 なんだ。なんだか俺、助かったみたいだ。

 その状況を見た俺は、張り積めていた緊張の糸がぷつりと切れると、俺はそのままその場にしゃがみこんだ。

「ナティス様はクトゥリを選んで正解です。このままでは、ナティス様の旦那様になられるであろうお方が、亡骸に、もしくは切り刻まれてしまっているところでした」

 そう言うと、クトゥリは俺の方を向く。

 おかっぱ頭で黒色の髪の彼女は、橙色の瞳でこちらを見てくる。

 ……そんなにそのジト目で、俺を見つめないで。

「――あなた様が、キドウ様でしょうか?」

「そ、そうだけど」

 クトゥリは俺をしばらく凝視してきた。時間が経つにつれて、そのジト目が細くなり、冷ややかな視線を送ってくる。

 ちょっと、そのジト目と冷たい視線のコラボが良い感じッ! ……パンツ穿いていれば、なお良かったんだけど。

「キドウ様、はっきり申しても宜しいでしょうか?」

「……へ?」

 クトゥリはいきなりそう言うので、俺は拍子抜けしたような声で返事をしてしまう。

 そして、クトゥリはそのジト目をさらに細めて俺にぴしゃりと言ってきた。

「気持ち悪いですので、今すぐに死んでくださいませ」

「えっ?! 俺を助けに来てくれたって言うのに、その言葉はないでしょ!! それも、初対面でッ!!」

「では、クトゥリからも申し上げます。初対面で、女性が下半身に身に付ける衣類を頭にかぶられた姿を見てしまいましたら、誰も『気持ち悪い』と思い、誰もが『死ね』とも言いたくなりましょう」

 そう言われて、俺は自分の頭にマキラのパンツをかぶっていたことを思い出す。

 ……ああ、初対面でこの姿はさすがにまずいか。

 頭にかぶったパンツを手に取ると、俺はふてぶてしく言い放つ。

「すまなかったな。だけど、パンツを穿かないで見せびらかす痴女に、どうのこうのと言われたくないッ」

 言い返してやった! とか喜んでいたのだけれど、クトゥリといえばきょとんとしているだけであった。

「パンツを穿いていないことは、おかしいことなのでしょうか? 逆に、侍女であるクトゥリがパンツを穿いていますと、色々と問題になってしまいます。まさかとは思いますが、異界ではパンツを穿くことが常識なのでしょうか?」

 それを聞いて、俺は首を傾げる。

 メイドさんがパンツを穿いていると、問題になる……だと?

 ここはどんな世界だよ。

 じゃあ、どういうことだ?

 オルフェリアもナティスも、ましてやマキラもパンツを穿いていたというのに、どうしてメイドさんは穿けないんだろう?

 謎が深まるばかりだ。

「キドウ様? ……固まってしまいましたが、クトゥリ、何かおかしなことでも聞いてしまったのでしょうか」

「すまぬの、クトゥリとやら。キドウはわらわ達が想像する以上の特殊な世界から来た人間なのじゃ。わらわ達の常識とは違うようなのじゃよ」

「そうなのですか」

 そうなのですか、じゃねぇ。俺はまったく納得できてないぞ。

 よし、ここは直球に聞くしかない。聞くんだ、聞くんだ貞胤ッ!!

「な、なぁ、クトゥリ……さん。どうしてあなたがパンツを穿くと、問題になるんだ……じゃない。ですかね?」

「パンツとは、上流階級の方々が穿かれる、たいへん高価な物でございます。ですので、下流であるクトゥリを始めとした庶民の人々には、穿くことの許されない代物なのです」

「うむ、そうなのじゃ。じゃが、キドウの世界では、全ての人々がパンツを穿いているらしいのじゃよ。男もパンツを穿くというのは、さすがのわらわでも驚いたのじゃ! キドウなんて、高性能な『ぼくさーぶりーふ』なるものを穿いておるのじゃぞ!」

 新しい知識を披露するオルフェリアのことを、なんだか子供っぽくて可愛いとかも思ったが、それ以上に驚愕する。

 だって、どこに行っても、パンツはあるものだと思っていた。なのに、まさか「パンツが上流階級しか穿けない」なんてこと、考えたこともなかった。

 ナティスは一国の女王様だからわかるとして。マキラは、騎士団長をしているくらいだから、パンツを穿いていてもおかしくないはずだ。

 オルフェリアに至っては、今さっきマキラが言っていた「今は無き王国の姫君」なんだとしたら、パンツを穿いていても頷ける。

 そう、俺はたまたまパンツに恵まれていただけなのだ。

 これがもし、パンツの無い世界にトリップしたら、と思うと、鳥肌が立つ。

 …………うん、そんな恐ろしいことは考えないようにしようか。

「……ところで、ひとつお伺いしたいことがあるのですが」

 そんなパンツトークを終わらせるかのように、クトゥリは俺を見つめてから話し出す。

「……なんだ?」

「〈忌まわしき魔女〉様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」

 そうクトゥリが聞くと、すぐ、俺に近付いてから耳打ちをしてくる。

「――それと、そこの上から目線な金髪のお方は誰でしょうか?」

「うん、えーっと」

 俺はオルフェリアの顔色を伺った。

 やはり気まずそうに、というか、困った表情をしている。

 まあ、ずっと違う姿で過ごしていたのには、理由があるのだろう。だから、バレることもできたらば避けたいはずだ。

 なんとか俺なりにオルフェリアのフォローしようとするが、彼女の正体を知ってしまっているあの人物が黙っているわけではなかった。

「その金髪女だが、そいつは元〈グランヴァーレ王国〉の姫君、オルフェリア・グランヴァーレだ。その証拠に、魔法を使えば第三の目が開くぞ」

「オルフェリア・グランヴァーレ……? ああ、知っています。確か、七年前の【統一戦争】のとき、唯一、遺体が見つからなかったお方ですね」

 マキラがクトゥリにそう話すと、オルフェリアは段々と俯く。

 【統一戦争】とか、なんだか物騒な話になってきたな。

 そう思って聞いていると、オルフェリアが顔をあると、彼女の目には涙が溜まっていた。

「…………あれは野蛮なそなた達、〈ザンムグリフ帝国〉の者共が起こした、ただの【略奪戦争】ではないかっ! 勝手に【統一戦争】などと呼ぶでないわっ!!」

 オルフェリアは顔を真っ赤にし、悔しそうな表情を浮かべると、俺が今までに聞いたことのないぐらいの大声で叫ぶ。

「わらわは、わらわ達がなにをしたと言うのじゃ! なぜ、父上を……なぜ、母上を。なぜ、なぜ、民達をっ!!」

 衝動的ではあるのだろうが、オルフェリアの真下に魔法陣が浮かぶ。

 この感じではまずいことになると悟った俺は、オルフェリアを宥めることにした。

「オ、オルフェリアッ! 落ち着けッ!!」

「止めるでないっ! やはり、やはり、わらわは〈ザンムグリフ帝国〉を許せぬっ! 憎らしくて、たまらないのじゃ!」

 暴れるオルフェリアの肩を掴むが、怒りに身を任せて暴れているからか、なんとか押さえているのがやっとだった。

「オルフェリア、落ち着けッ! お前の憎らしい気持ちもわかるが、復讐したってなんにもならないぞ!」

 俺がそう叫ぶと、暴れていたオルフェリアの動きがぴたりと止まる。

 わかってくれたか、と安堵したが、オルフェリアの表情を見てしまったとき、俺は言葉を失った。


「わかっておる。……わかっておるのじゃっ。母上もそう……言って…………ひっ、おった……」


 彼女の瞳から、止めどなく涙が溢れ出ていたのだ。

 泣きじゃくる、と言うのが合っているのかもしれない。

 彼女は力なくそこにしゃがみ込み、息を荒げて泣き出した。

「復讐は……だめ、じゃ……ひっく、と。…………わかって。だか……ら」

 オルフェリアは、途切れ途切れに言葉を言う。

 俺は、どう言葉を掛けて良いのかもわからなくなった。

 だって、あの時に見た記憶は、やはりオルフェリアの過去なのだ。

 詳しくはわからない。

 でも、彼女は辛く、悲しい七年間を過ごしたことは明白だろう。


 ただ泣くオルフェリアを見かねたクトゥリは一息吐くと、オルフェリアと視線を揃え、淡々と話し始めた。

「でしたら、是非ともナティス様にお目にかかり、あなた様自身、ナティス様とお話しなさってください」

「じゃが、じゃ……が」

「会っていただいて、それでもクトゥリ達〈ザンムグリフ帝国〉をお恨みになると言えば、それまででしょう。それに、クトゥリはナティス様より『キドウ様と〈忌まわしき魔女〉を連れてくるように』と仰せつかっておりますし」

 そう言うと、クトゥリは俺に視線を向けてくる。

 そのジト目は、きっと「フォローしろよ」って言っているに違いない。

 俺は地面に着いていたオルフェリアの右手を取り、ぎこちなく話す。

「えっと、その。……まぁ、女王様が呼んでるんだ。行こうぜ、オルフェリア」

「じゃが」

 うじうじするオルフェリアの姿を見ていたら、俺は少しだけイライラする。

「あああああああ、じれったいッ! 俺にこの世界の観光ぐらいさせろッ!! 案内しろッ!! それがお前が俺をこの世界に呼び寄せた罪滅ぼしだッ!!」

 そう言うと、俺は強引にオルフェリアを立たせる。

 オルフェリアはウサギのように真っ赤になった目をまん丸くさせて俺を見た。

「では参りましょう。森の外に馬を用意してあります」

 クトゥリはそう言うと先頭を切って歩き出す。

「ナティス様のご命令ならば仕方がない。猛獣どもは私が始末しよう」

 それに続き、マキラも歩き出した。

「じゃあ、行こうか」

 そう俺が言葉を掛けると、俯いたままのオルフェリアが小さく頷く。

 俺はオルフェリアの手を取り、二人の後を付いていこうとする。

 だが、俺は何か忘れていることを思い出した。

「って、ああッ!! 待って待って、お二人さんッ! 俺、服着てないわッ」

 そうそう、大事な服や財布、スマフォまで忘れていくところだったぜ。

 俺は二人を呼び止めると、徐ろに黒いローブを脱ぎだす。

「貴様っ、またそれを!」

「……殺していいでしょうか」

 みんな、なんで険しい顔で俺を見ているのでしょう。

 ん? あ、そっか。パンツ穿いてないから、フルポンチだった。

 って、あれ。この展開って、マズイような。

「じゃーかーらー……、一言断ってから脱ぐのじゃああぁあぁあぁぁっ!!」

 あんなにも大人しくなっていたオルフェリアから、また例の如く魔法を繰り出す。

「ちょっと、あ、や、いぎゃぁああぁあぁああぁああぁぁぁあッッッ!!」


――その後、大事なムスコに七色に輝く天然のモザイクがぶら下がったことは、一生忘れることは出来ないだろう。 

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