十枚目 「仕方がないので、じいちゃん直伝の奥義を使うことにした」
俺が妄想と現実の狭間を彷徨って、あげく衝動的に叫んでしまったおかげで、少し妙な間が空いてしまう。
なんか真面目な話をしていたみたいだったけど、大丈夫……かな?
俺はムスコと同じようにしょげながら、二人のことを見ていた。
すると、マキラの方がぴくりと動くと、手に持っていた剣を改めて俺に向ける。
「……貴様、やはり殺す。即座に殺す。切り刻んで殺す」
「ひぃいぃいいぃぃぃぃいッ!!」
また彼女の赤い瞳が鈍く光ると、その瞳で俺を睨み付けてきた。
怖い、怖い! 怖すぎますッ!
「つらつらと無駄話してしまったな。こんな話をしたところで、冥土の土産にもならんだろう」
そう言うと、マキラは腰にぶら下げていたもう一本の剣を抜き取ると、構えて見せた。
うん、これって二刀流ってやつだね。
俺はその構えを見ると、すごすごと後ろへと下がり、オルフェリアの影に隠れた。
「貴様らの首を持って行ったら、ナティス様はなんと褒めてくれるか……! ああ、考えただけでもゾクゾクするっ!」
体をよじり、くねらせながら、マキラは嬉しそうに言う。そして剣の派を一舐めしてから、怪しい笑い声を上げた。……うん、変態っぽい。
おっと、いっけね! 俺も負けないぐらいの変態だった!
「マキラ、ここはわらわの顔に免じて、退いてはくれぬか? キドウだけでもいい。見逃してはくれぬかの?」
オルフェリアがそう説得する。
だけど、マキラは顔をしかめてから鼻で笑うように言い放った。
「貴様は馬鹿か? 私が見逃すとでも思ったのか?」
「見逃しては、くれぬかの?」
俺と話しているときには出さなかった低い声でオルフェリアが言う。だが、マキラは不敵笑みを浮かべてから、次の瞬間こう言った。
「お断りだっ!」
マキラが言葉を放ったと同時に、素早く二つの剣で斬りかかってくる。
俺は怖くて、つい目を閉じてしまう。
その斬撃の衝撃波が俺の頬をかすめ、その場所に切り傷を作った。
頬がヒリヒリと痛む中、俺は恐る恐る目を開く。
すると、そこには俺には信じられない光景が広がっていた。
「あははっ! やぁっぱり、〈三眼族〉は一筋縄ではいかないなぁ!」
マキラはオルフェリアに向かって何回も何回も剣を振りかざす。ただ、俺にはマキラのその動きが速すぎて、何回振りかざしているのかわからない。
だが、オルフェリアは平然とした面持ちでマキラのことを見つめている。
俺は横からオルフェリアのことを覗いてみた。彼女の第三の目が開眼しているのだ。
「ひ、ひゃひゃぁっ! やっぱり実戦が愉しいなぁっ! 最近はずっと指導ばかりだったから、飽き飽きしていたところだったんだっ!!」
マキラが何回も剣を振りかざすが、オルフェリアに当たるどころか、一定の位置で止まってしまっていた。いや、むしろ止まっていると言うより、弾かれている、に近いだろうか。
「なんだよ、これ。どうなってるんだよ?!」
「障壁の魔法じゃよ。じゃがキドウ、ここは危ないから下がっておるのじゃ。マキラ・ゾマは本気じゃ。本気でわらわ達を殺そうとしておる」
オルフェリアがそう言うと、少しだけ苦痛そうな表情を浮かべる。
マキラからの攻撃を受け止めるのが辛いのだろうか。
そう思った俺はたまらず、「大丈夫か?」と訊いたが、「ああ、大丈夫じゃ」と返されるだけであった。
「キドウ、お願いじゃ。お願いじゃから、後ろへ下がっていてくれんかの? そなたをこれ以上傷付けたくない。そなたを無事に元の世界へ戻したいのじゃ」
そう言うと、オルフェリアは苦しそうに笑う。
その笑顔になんの意味があるのか、次の言葉を聞くまで俺にはわからなかった。
「それが、そなたをこの世界に召喚し、この事態に巻き込んでしまった、わらわができる唯一の罪滅ぼしなのじゃから」
その言葉を聞いた俺は、彼女がなぜ苦しそうに笑うのかがわかってしまう。
だから、俺はなにができるわけではないが、この場に止まろうとした。
「じゃから、離れろといっておるじゃろう!」
俺がどうしようかとわかったのか、オルフェリアはそう叫ぶ。そうしてから、右の手のひらを俺に向けた。
すると、彼女の手から強風が巻き起こり、俺はオルフェリアから強制的に遠ざかってしまう。
「オルフェリアッ!」
俺は今出せる最大の声で叫んでみたが、返答すらなかった。
「オルフェリアッ! この風を止めてくれッ!」
何度叫んでも、この風が止む気配がない。
鈍感な俺でも、このパターンはなんとなく想像がついた。
オルフェリアは、俺を召喚したことを後悔している。
詳しい理由はわからない。知ろうとも思わない。
でも、あの表情からオルフェリアの決意も伺えた。
たぶん、だけど。
彼女はマキラと本気で戦い、俺に被害がないよう、彼女を殺そうとしている。
これが俺を巡る、愛憎劇や修羅場とかだったら嬉しかったのだけど。
……とか、少しだけでも考えてしまう俺、いっぺん死んでこい。
これが俺の考えすぎならばいいのだろうけど。
でも、このままではどちらかが死ぬ。そんな気配がしてならないのだ。
「オルフェリアッ!!」
そう言えば、オルフェリアと出会ってまだ三日ほどか。
たったの三日だったけど、楽しかった。
もし、彼女にもしものことがあったら。俺は今後、後悔しか残らないだろう。
あんなにも可愛らしく、あんなにも健気で。
そうか。俺は、オルフェリアのことを……。
そういうことばかり考えていると、思考は悪い方向ばかり行く。
駄目だ、駄目だぞ、鬼童貞胤!
このままでは鬱展開まっしぐらじゃないか!
こんな風、どうってことないはずだ!
台風が来る度に、ビニール傘片手に遊びに行くじゃないか!
避難警報が出ても、知ったこっちゃないって言いながら、暴風の中を飛ぼうと試みたときのことを思えば、こんな風可愛いものだ!
俺はそう自分自身に言い聞かせ、奮起する。
「あれを使うしかない……ッ!」
俺は拳を握り締め、吹き荒れる風の中を進みだした。
風の中は音がしない。しない、と言うよりも聞こえない。そして、視界も真っ白で見えない。
だが俺は、前に進もうと試みる。
一歩がこんなにも重いのか。
だけど、ここで臆していては、なにも救えない!
吹き荒れる風が肌をかすめていくと、傷付いた頬がヒリヒリと痛む。
大丈夫だ、いける。
俺は自分自身を励ましながら、一歩一歩着実に進んだ。
四歩半ほど進めたときだろうか。風の向こう側がうっすらと見えてくる。
その先に、未だ攻撃を受け止めているオルフェリアと、その攻撃の手を休めないマキラの姿があった。
「――キャハっ、はは!!」
はっきりとはよく見えないが、攻撃を繰り出すマキラの表情は輝いていた。
戦うことが好きそう、というか。彼女の場合は戦うことで死ぬか死なぬかのスレスレを楽しみ、それで快楽を得ている感じなのだろう。
まさかとは思っていたが、マキラは『戦闘狂』に間違いないのだと確信した。
確か、伝説級のアニメに登場する、M字デコ王子もあんな感じじゃなかったか? いや、それより、あそこの主人公も立派な戦闘狂だと思うのかだが。
そんなことを思いながら、確実に進む。
「どうした、〈忌まわしき魔女〉っ! 私の攻撃を防ぐのが精一杯なのか? 久しぶりの実戦というのに、これではなんの歯ごたえもないぞ!」
あともう少しのところまで来たときだった。
マキラが挑発するかのようにそう言うと、ニヤリと笑ってからまた言葉を続けた。
「そうか、きっかけが欲しいのか。ならばひとつ良いことを教えてやろう。貴様の父親……〈グランヴァーレ王国〉の国王を殺したのは、この私だよ」
それを聞いたオルフェリアの表情は怒りを帯び、歯を食いしばっているようだった。
このままではまずいぞ。殺し合いなんて、俺は見たくない。
「貴様の父親の首を持っていったからこそ、私は近衛騎士団、副団長へと昇進した。そして、〈忌まわしき魔女〉様のおかげで……。あの〈魔女の呪い〉のおかげで、私は団長にまで上り詰めた! 全ては〈グランヴァーレ王国〉のおかげだよ! あひゃひゃ!」
狂ったように笑うマキラ。
その言葉を聞いて、憎しみの表情を浮かべるオルフェリア。
まさか、オルフェリアの過去にそんなことがあったなんて知らなかった。
鬱展開も嫌だけど、あんなオルフェリアの顔なんて見たくない。
俺は渾身の力を振り絞り、力強い一歩を踏み出す。すると、すぐにふっと体が軽くなった。
「抜けたかッ」
後ろで吹き乱れている風の障壁を横目で確認し、俺は息を飲み込んだ。
もし、あれを使って失敗したとしたら、俺は死ぬかもしれない。
でも、ここで引き下がっては漢がすたる。
俺は漢だ、漢だぞッ!!
せっかくの童貞卒業チャンス、失ってはいけない。
そうだろ、じいちゃん。俺はじいちゃんの教えてくれた奥義、忘れてないぜ? だから、じいちゃんが教えてくれたあの奥義、使わしてもらうからな。
じいちゃんが教えてくれた奥義に、色々な技を織り交ぜた真・奥義……!
俺はオルフェリアから貸してもらったローブに手を掛ける。
「貴様の父親は、惨めに命乞いをしていたぞ! だが、容赦なく首を切り落としてやったっ! ひゃはは! ほぅら、早く戦おうじゃないかっ」
「……そなたがそこまで言うならば、容赦はせぬ」
オルフェリアが声を低く発した瞬間、俺はローブを思いっ切り広げる。そして、全力で声を出した。
「オルフェリアッ!! マキラッ!! コレを見ろッ!!」
俺の声にとっさに反応してしまった二人は、見事に驚愕していた。
オルフェリアは俺を見るなり、顔を真っ赤にする。対してマキラは、俺を見るなり青ざめていた。
……うん、いい反応だ!
「キキ、キドウ?! そ、そそ、その立派なもの、ものを、みみ、み、みみみ見せつけるでないわっっ!!」
「あ、あいつ……なんてものをっ!」
俺のムスコがそんなに立派なのかッ! 自信が付いてきたぞ!
……いや、これは準備段階だ。
予想通り、マキラには『男』に態勢がない。そのせいか、攻撃の手を止めて体ごと目をそらした。
オルフェリアは純粋なのか、相変わらずの反応で何よりだ。
実は自分の体を使って、相手に無理矢理隙を作ったのだ。
そう、あの伝説の格闘技・セクシーなコマンドーを使ってみたのだ。……実戦に使えるとは思っても無かったけど。
だが、俺にはこの微かな隙が欲しかったんだ。
俺は右手を自分の前に出し、その右手に全神経を集中させる。
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
やればできるッ! 俺はあの……あのじいちゃんの孫だッ!
失敗なんてしない! 俺にはちゃんと、主人公補正がついているはずだ!
俺は不安と共に、決意を胸に声を荒げる。
「俺の股間が光って唸るゥッ!! パンツを脱がせと轟き叫ぶゥッ!!」
手を力強く握ると、俺は一気にマキラに詰め寄る。
それに気付いたマキラの動揺はすぐにわかった。だが、確実に俺の方が早いッ!
「くらえッ! ひぃッさつゥッ!」
そして、目にも止まらぬ早業で、俺は右手を動かす。
「鬼童宗貞直伝ッ! 奥義『おぱんてぃ脱がし』ィッ!!」
そう言うと俺の手には、一枚のパンツが握られていた。
教えてもらってから、一度も使ったこと無かったけど。まさか、本当にこんなに上手く取れるとは……!! ぱねぇっす、じいちゃん!!
そんな感動も束の間、マキラが今までとは打って変わって、可愛らしい声を上げた。
「きゃぁっ! なんだっ?! なぜ、なぜ私のパンツがぁっ!! 貴様、何をしたんだっ! どうやって鎧を脱がさずに、私のパンツだけをっ?!」
俺の手に握られた生暖かい青色のおぱんてぃを見て、マキラが叫ぶ。
すかさず俺はそのぱんてぃをかぶると、どや顔で言ってやった。
「俺の技を他人に教えるわけがないッ。この技は、一子相伝だからなッ!」
まあ、一子相伝は嘘だけど。
「まさか、貴様がこんな技を……っ!」
マキラはパンツを取られて気になるのか、内股のまま驚いた表情を見せる。
「俺は鬼童武術の後継者なりッ! 本気を出せば、二人とも全裸に出来るんだぞッ!」
うん、真っ赤な嘘だ。ただの変態紳士なじいちゃんが編み出した、変態の技だ。
全裸に出来るんなら、この世界に来た瞬間……いや、日本で使ってるよ。
「そなたがこんな大技を隠しておったとは……! じゃから、あの風の魔法を潜り抜けてこれたのかっ……!」
オルフェリアも、俺の大嘘に騙されてくれている。
でも、その風の魔法とやらを潜り抜けれたのは、ただ無我夢中で進んだだけだから、この奥義とは関係ないんだけど。
……まあ、せっかくだから黙っておこう。
得意気な表情で二人を見ていた俺だったが、大事なことをすっかり忘れていたのだった。
 




